シトリー
ガタガタと揺れる車内はひどく静かだった。
そもそもセイラの村には車などなく、馬車での移動が主だったため、セイラ自身何を話すべきか、そもそも乗っていていいのかすらひどく迷っていた。
そわそわと膝を擦り合わせちらちらと助手席に座るウェインと、運転席に座る美しい女性を見ていると
視線がうざったいとばかりにウェインが口を開く。
「小娘、何がそんなに面白い」
「だ、だって、私、こんな、車なんて乗るの初めてで、しかも私今土埃まみれじゃないですか…なんだか、申し訳なくて…」
目を伏せ不安そうにしている彼女の耳に、涼しげな、柔らかい声が響く
「大丈夫ですわ、セイラ様。貴女様はウェイン様の契約相手。これから頑張ってはもらいますが、屋敷まで歩かせるなんて無粋な真似はさせません。」
浅黒い肌に真っ黒な長い三つ編みを揺蕩わせた女性はセイラを安心させるように微笑む。
「あら、私うっかりしておりましたわね、まだ名前を名乗っておりませんでした。」
そういうと彼女は恥ずかしげにはにかみ、運転を続けながらセイラに語りかける。
「私ウェイン様にお仕えさせていただいております。メイドの悪魔、シトリーと申します。これから貴方様の教育係ともなりますので、覚えていただけますと嬉しいですわ。」
胸元に片手を添え、ゆったりとした口調で自己紹介を終えたシトリーにセイラは慌てて口を開いた。
「あっえ、えっと!!私、セイラです!!セイラ=カップバーン!!…えと、よろしくお願いします!シトリーさん!!」
「ふふ、元気そうでよかったです。さあ、もう直ぐお屋敷ですので、少し景色を見て疲れを癒していてください。」
慌てるセイラを微笑ましげに見つめたシトリーはゆっくりと車の速度をあげ、山の奥深くへと車を走らせていった。
真っ黒な車が通ったあとは自然と獣道のように隠され、ざわ、と一度だけざわめいた森はまた無言に戻り穏やかに息をするのみになっていく。
まるで、初めから車など通らなかったのように。