『本性』発現2
――午後七時。たどり着いたのは、とある分譲マンションの前。
依頼人の佐藤さんの自室があるマンションである。
新築らしく、きれいな白塗りの外装が眩しいくらいだ。
私が住んでいる、築三十年のボロアパートとは格が違う。
エントランスに入ると、そこには管理人室に監視カメラ、セキュリティインターフォンがあり、不審者は簡単には入れないようになっている。
佐藤さんに連れられ、五階の五〇五号室――彼女の自室に向かう。
「少し散らかってて、お恥ずかしいんですが……」
そう言って、鍵を開け、中に入るよう促す佐藤さん。
部屋を見て、私は愕然とした。
――きれいじゃないか――
この部屋を少し散らかっているなどと表現されては、私の部屋などゴミ屋敷以外の何物でもなくなってしまう。
……いやいや、掃除はしてますよ?
ただ、ね。他にもやらなきゃいけないことがあったり、ね。色々あるのよ、私にも――
「……顔色悪くなってるけど、どうしたの?」
「風邪~?」
双子に話しかけられ、誰に向けるわけでもなく、心の中で言い訳を重ねていた私は我に返る。
「い、いやなんでもないのよ、おほほほほ~」
「……頭、大丈夫?」
「壊れた~?」
あ、危ない危ない。今は仕事中なんだから、しっかりしなきゃ……
何か双子に失礼なことを言われた気もするが、気を取り直して――
「――では、少し確認させていただきます」
私はそう言って、佐藤さんの部屋に入り、ぐるりと見回す。
入り口のすぐ右には洗面所やトイレ、浴室があるようだ。
左にはキッチンがあり、奥にリビング。薄型テレビやタンスや本棚が見える。
そして、リビングの一番奥、ベランダに近いところに問題のベッドがあった。
双子も同じように周囲を確認し、ベッドの近くを調べだした。
「……確かにベッドの下には隙間がないわね」
「ダンボール~♪」
双子の言うとおり、ベッドの下にはダンボールが詰められており、人が入るようなスペースはどこにもない。
双子ばかりに任せてはいられない。私も何かしなければ!
「被害にあった下着はどこに?」
私が尋ねると、佐藤さんはベッドから少し離れたタンスを指差す。
「そこの二段目が下着です……」
恐怖を思い出したのか、消え入りそうな声で佐藤さんが答える。
盗られてはいないものの物色された形跡はあったのだから、気味が悪くて仕方がないだろう。
私は許可を得て、一応、中も確認させてもらう。
きっちり整頓された下着が収納されているのを確認した。
う~ん……やっぱり、きれいに収納されてるなぁ……
「夜宵!」
「やっちゃ~ん♪」
また余計なことを考えそうになったところで、双子に呼ばれた。
玄関付近にいた双子の傍に寄り、尋ねる。
「どうかした? 月見里シスターズ?」
「だからその呼び方やめい!」
「あははは~♪」
電車内と同じように見月ちゃんは大笑いしてくれたが、月見ちゃんは怒った。
まぁ、仕事中にこんなジョークを言うのも不謹慎だった。以後は自重しよう。
「ごめん、見月ちゃん、月見ちゃん。それで、何か分かったの?」
私の質問に双子は左右に首を振る。
「な~んにも。ベッドには特に不審な点はないし、さっきベランダも調べたけど、鍵がかかっていれば普通は出入りできないわね。この入り口のドアの鍵もピッキングされにくい型だし」
「セキュリティ万全~♪」
先程見たマンションの玄関のセキュリティもかなりのものだ。つまり、この部屋の鍵さえかかっていれば、外部からの侵入は難しいということになる。
「勿論、外出時は鍵をかけてますよね?」
私の確認に、少し離れたところにいる佐藤さんは頷いて答える。
双子はさらに、部屋中を――それこそ人が入れそうな場所なら全てを確認したようだが、不審な点はなかったという。
「ただ……」
しかし、月見ちゃんが一言、付け足した。
「さっきの電車のときから、な~んか変な感じがするのよ……すっごい気持ち悪い感じ」
「キモい~……」
それに関しては私も同意見だ。
電車のときから感じている、正体不明の違和感。もしかしたら、これが佐藤さんを悩ます原因なのかもしれない。
「ま、とりあえずこの部屋を『観察』してみるわ。見月ちゃん、任せていい?」
「お任せあれ~♪」
そんな会話のあと、見月ちゃんが何やら真剣な顔つきで部屋中を見回し始めた。
「あ、あの、何を……?」
不安になったのか、佐藤さんが話しかけてくる。
「ご心配なく。ここを隈なく調べてるだけです」
月見ちゃんはそう返したが、実のところ、本当にそうなのだ。
隈なく、この部屋を調べているだけ――ただし、『本性』を使って、だ。
見月ちゃんと月見ちゃんの『本性』は、二人とも同じ『観察』というものだ。
その効果は『観察対象になったものの詳細や知りたいことを即座に知ることが出来る』というものである。
例えば、対象物が料理であれば、それに使われている材料や作った人が分かり、さらには栄養成分なども分かる、ということだ。
今は佐藤さんの部屋を対象にしているため、この部屋に関することなら何でも分かる。
ただし、何でも調べてしまうと、佐藤さんのプライバシーを害してしまう。
だから、調べる事柄を限定しなければならない。
「見月ちゃん。とりあえず、今、ここに何人いるかを継続して『観察』して」
「了解~♪」
月見ちゃんの指示に従い、『観察』を続ける見月ちゃん。
対象物を固定しておくことで、任意の情報をいつでもどこでも手に入れることが出来るのが彼女たちの『本性』の効果でもある。
つまり、この部屋に対象を固定し、部屋にいる人数を追うことで、侵入者がいつ、どこから入ってこようと、見月ちゃんは即座に反応できることになる。
「今、この部屋には……」
まもなく『観察結果』が出るようだ。
今、私を含めて、この部屋には四人しかいない。
とりあえず、その確認が出来ればいい。
しかし――
「四人――? ううん、五人……やっぱり、四人――?」
見月ちゃんの口からは、とんでもなく曖昧な『観察結果』が伝えられた。
その瞬間――
「ひぃぃっ!!」
ベッドがある方向から、佐藤さんの悲鳴が聞こえた。
「ど、どうしました佐藤さん!?」
慌てて私は、佐藤さんの傍に駆け寄る。
すると、佐藤さんは私にしがみつきながら、
「べ、ベッド! ベッドの下から視線!!」
と、悲鳴混じりに訴えてきた。
まさか!? さっき確認したが、人が入るスペースなんて――
しかし、私もはっきり感じてしまった。
誰かが、
ベッドの下から、
私たちを、
見ている――!