報告二 『本性』発現1
「如月、言っておくことがある」
依頼遂行のために、依頼主の佐藤さんの自宅に向かう直前、私は所長に呼び止められた。
「なんですか?」
「今回の依頼だが、『演者』が関わっている可能性が高いことは分かっているな?」
『演者』――『本性』を表し、『欲望』のままに行動し、都市伝説の主体となる者のことであるが、無論、そんなことは佐藤さんの話を聞いたときから予想している。
私が頷くと、所長はいつになく真剣な表情で私に告げる。
「もし、闘争系の『演者』だったら、お前はすぐに依頼人とともに逃げろ。シスターズに『演者』の処理を任せて、な」
その言葉に、私は少し驚いた。
珍しく私のことを心配してくれているらしい。
「闘争系の『演者』に襲われたら、柔道二段とかそんなもんは何も意味を成さない。お前なら、分かるだろ?」
所長の言葉で、またもあの日のことを思い出す。
あの、満月の夜のことを――
「……大丈夫です、無茶はしません」
私は所長にはっきりと告げる。
真っ直ぐ、所長の目を見て。
「……全く、お前って奴は……いいよ、行け」
所長はため息をついて、私を追いやるように手を振って、頭を抱える。
どうやら、無茶することはバレているみたいだ。
ごめんなさい、所長。でも、それが今の私なんだ。
心の中でこっそり謝りつつ、私たちは目的地へと向かった。
佐藤さんの住むマンションは、少し遠いらしく、電車を使って移動することになった。
時刻は六時を少し回ったくらいであるが、既に夜の帳は降りている。
私たちは他の乗客がほとんどいない車両に乗り込み、席に座る。
「ちょっと、夜宵」
「やっちゃ~ん♪」
すると、双子に呼びかけられた。
今、この二人は全く同じグレーの長めのコートを着ているため、慣れていないとどっちが誰なのか、判別するのは難しいだろう――まぁ、話しさえすればすぐに分かるのだが。
「なに? 月見里シスターズ?」
「その呼び方やめいと言うに!」
「あははは~♪」
うん、でもなんか呼びやすいし……
ちなみに、私は双子からタメ口で話すようにと言いつけられている。
多分、年上の私に配慮してくれたのだろう。ずうずうしいが、私もそのほうが楽なので、甘えさせてもらっている。
「それよりも、あんた! 今のうちに説明しておきなさいよ、依頼人に」
「裏の話~♪」
――こんなところで?
周りを確かめてみると、乗客はいないに等しいくらい少ない。別に他の誰かに聞かれても不味い話ではないのだが、裏の話をするってことは……
「ま、まだ早いでしょ? 裏家業になるって決まったわけじゃ……」
「裏と決まった時点でパニック起こされると面倒でしょ! それに、あたしたちの勘によると、久々に当たりっぽいわ」
「女の勘~♪」
女の勘とは違う気がするが……しかし、この双子の勘は、無視することが出来ないくらい実によく当たる。
「……分かったわ」
正直、あんまり裏の話を他人にはしたくないのだが、仕方がない。
「佐藤さん、一つだけあなたに言っておかなければならないことがあります」
「は、はい。なんでしょう?」
隣の席に座る佐藤さんから疑問の声がこぼれる。
不安そうな表情をしたまま、私に注目する佐藤さん。
「その前に……佐藤さん、超能力とか信じますか?」
「え? ……い、いえ。あったら面白いかも、とかは思いますけど……それが何か?」
私の前置きの質問に怪訝そうな表情をする佐藤さん。
まぁ、無理もない。正直、私だって関係者でなければ、今から話すことなど荒唐無稽すぎて信じることはできない。
「世の中には、それに近い能力を持った人間がいます。物を浮かせたり、自分が空を飛んだり、何も無いところから何かを出したり出来る人が……」
私の説明に佐藤さんはさらに怪訝な顔つきになる。
うぅ……痛い娘だ、って思われてるかも……だから嫌なんだ、裏の話するの……こんなこと、多くの人に聞かれたら、私は間違いなく電波系女と認識されてしまう。赤の他人にどう思われようがいいじゃないか、という人もいるだろうが、私は嫌なんだ……
――いや! めげないぞ、こんなことくらいで! 周りには誰もいないんだ!
気を取り直して、私は説明を続ける。
「そんな人たちは自分の力をどのように使うかというと……残念ながら、大半が犯罪に使われています」
「は、はぁ……」
佐藤さんの表情が少し、不安を帯びてきた。勘の良い人だ。私が何故、こんな話をしているのか、うすうす分かったらしい。
「そのような人たちが起こした犯罪は、その不可解さから、ときに都市伝説や怪談として、世の中で噂されます」
「も、もしかして――」
「はい。佐藤さん。あなたの経験したものは、都市伝説にある『ベッドの下の男』に類似した点が見られます。さきの超能力者が犯人の可能性があります」
「……………………………………」
佐藤さんは俯いて黙ってしまった。
気まずい沈黙が流れる。
……本当に気まずい……
今の話をした場合、聞いた人の反応は大きく分けると二種類だ。
ふざけた話だと信じないか、信じられないと言いつつ気にしてしまうか。
稀に、信じ込んでしまう人もいるが……これから先の人生が心配になる反応なので、出来ればしてほしくない。
やがて、佐藤さんが口を開いた。
「――簡単には、信じられないんですけど……」
どうやら、後者の反応のようだ。
これも悪徳商法に引っかかりやすい人の反応だが、正直、一番してほしかった反応だ。
「ご安心ください。犯人がもし、そんな力を使う奴でもあなたの安全は保障しますし、別料金を取るなどはいたしません」
霊感商法っぽい言い回しかもしれない。だが、どうせ話さなくてはならなくなる可能性が高かったことだ。依頼人にどう思われようと、私たちがやることは変わりない。
「――絶対に、解決してみせます」
そう告げると、佐藤さんはキョトンとした表情を見せ、
「――ふふっ」
と、小さく微笑んだ。
「ありがとうございます。そんなに一生懸命になってもらって、嬉しいです」
何故かお礼を言われた。
「――青いわね」
「熱血~♪」
そして、双子には茶化された。っていうか、先輩とはいえ、年上相手に『青い』って……
何となく、気恥ずかしくなった私は、だんまりを決め込んだ。
しかし、その直後――
「――っ!?」
何か、嫌な予感がしたので、立ち上がって辺りを見回し、確認する。
隣では、双子も同じような反応を見せていた。
「ど、どうかしましたか?」
佐藤さんが驚いて話しかけてくる。
――周りに異常は見られない。
双子も同じ結論に達したらしく、ゆっくりと席に着いた。
「いえ……気のせいみたいです。すみません」
私は佐藤さんにそう謝りつつも、目的地までさっきの嫌な感じを忘れることはなかった……