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                  解決屋と依頼2

 所長の回復に少し時間をとった後に、

「――では、何でお悩みか、お話頂けますか?」

「ますか~?」

 いよいよ、本題に入った。

「じ、実は……へ、変なこと、言うかもしれませんが……」

 突然、がたがた震えだす佐藤さん。

 何か、恐いことを経験したのかもしれない。

「……一週間くらい前から、感じるんです……仕事から帰宅すると、部屋の中で、視線を……」

「視線、ですか?」

 私が確認を取ると、佐藤さんは頷いて返す。

「えぇ……結局、誰もいないんですけど、確かに感じるんです。決まって、いつも……」

 恐怖を眼に湛え、身体の震えを押さえ込むようにして、佐藤さんは続ける。

「――ベッドの下から――」

 ゾクリと、身体が震えた。

 まるで都市伝説にある『ベッドの下の男』の話のようだ。

 知ってる人も多いだろう。ベッドの下に何者かが潜んでいて、その何者かにベッドの持ち主が殺されたり、持ち主の友達が機転を利かして助けてくれたりとオチに多少の違いはあるが、わりと有名な都市伝説である。

 ……ん? 『都市伝説』? ……と、いうことは……!

「こりゃ、裏のほうも噛んでるかもしれねぇな」

 所長の小声での発言に、所員全員が反応する。

『解決屋』が表家業として、探偵業をやっている理由がここにある。稀に入ってくるのだ、表の依頼として、裏の家業に関連する依頼が。

「所長……彼女の気のせいという可能性もあります。もう少し事情を聞いてみないと……」

 逢魔先輩が所長に慎重な判断を促す。

「――それで、誰かが侵入した形跡や何か被害はあったのですか?」

「ですか~?」

 双子の質問に、佐藤さんは恐怖を押さえ込むようにして答える。

「あ、あの、下着が……」

「盗まれたんですか!?」

 私がそう追求すると、彼女は首を横に振って、

「――タンスの中の下着が荒らされた跡はあるんですが、その……一枚も盗られてないんです」

 …………………………………………………………………………………………………………

 …………………………………………………………………………………………………………

 いきなり、静寂が事務所を支配した。

「――ちょっと、お待ちください」

 所長が佐藤さんにそう言ってから距離を取り、事務所メンバーだけで一時的な会議を始める。

「……どう思うよ?」

 所長の質問に、まず、逢魔先輩が答える。

「……もし、何者かの『本性』による犯行だと仮定すると……その犯人、小物ですね」

 続いて、私が答える。

「というか、小心者?」

 そして、最後に双子が結論付ける。

「下着ドロってだけでも小物なのに、盗みもしないっていうのは、逆に同情しちゃうくらいにどうしようもない変態小物ね」

「変態小物~♪」

 散々な言われようだが、フォローのしようもないし、フォローしてやる義理もない。

 私たちは佐藤さんの傍に戻り、所長が話を続けた。

「――分かりました。何も盗られていないとはいえ、自宅への侵入を許している時点で、その恐怖はかなりのものでしょう。それで、私どもへの依頼は、犯人の確保、または視線を感じる原因の追究ということで――」

「あ、あの! ――実は、まだ、続きがあるんです」

 所長の言葉を遮り、佐藤さんが声を震わせて告げる。

「続き?」

「…………視線を感じるようになってから、私、こ、恐くて、ベッドの下に物を敷き詰めてみたりしたんですが、それでも視線を感じて……あるとき、友達に相談してみたんです。そ、そうしたら、友達の何人かが私の家に泊まって、し、視線を感じるかどうか確かめるってことになって……」

 何か忌まわしい展開がこの後、彼女を待ち受けていた、ということが分かるくらい、彼女の身体は小刻みに震えていた。

 それでも、何とか声を絞るようにして、説明を続ける。

「そのときも視線を感じたんです! 友達も……でも、やっぱり被害は大したことなくて……友達たちも気のせいなんじゃないか、ってことで、後日、また、確認のために泊まってくれることになったんですけど……」

 佐藤さんは怯えた目で私たちを見ながら、精一杯の勇気を振り絞るようにして、語る。

「次の日、友達の一人が自動車で事故を起こしたんです……」

「事故?」

 私が尋ね返すと、彼女は一層、身体を震えさせて、

「い、いえ、事故じゃないと思います……彼女は、運転中に、誰かに、み、耳を、切り落とされたようなんです……!」

 それを聞いた所員全員の顔色が変わる。

「み、ミラーに人が映っていて、その人に耳を、切られたって言うんですが……彼女は一人で運転してたみたいで、運転中、自分しかいない車内で、だ、誰かに耳を切られたなんて、警察の人も信じてくれなかったみたいで……事故の際に、何かの破片で切れてしまった、そして、ショックで錯乱していたんだろう、ということにされました……」

 それもそうだろう。誰も普通はそんなオカルトじみたことは信じない。

 そして、彼女の説明はさらに続いた。

「そして、同じような事故が、私の部屋に泊まった全員に、お、起きました……!」

 彼女は遂に泣き出してしまった。

「け、警察は、やっぱり、信じてくれなくて……友達からは、め、面会拒否されて、誰にも相談できなくなって……もう、どうしたらいいのか、分からなかった……! そんなときに、警察のい、岩井さんって人が、こ、ここなら、絶対、力になってくれるから、って……!」

 そして、喋ることが出来なくなるほどに、涙が止め処なく溢れ出てしまう。

 所長と双子はなにやら、今の話について話し合い、逢魔先輩は佐藤さんを気遣い、声をかけている。

 私はというと、彼女の話に呆然としてしまっていた。

 先程まで、小物扱いしていた犯人が、とてつもなく異様なものになってしまった。

 彼女から語られた恐怖が、私の心まで侵食しにきた。

 そして、私の忘れたい過去の経験をフラッシュバックさせた。


 ――あのとき、私は『解決屋』のみんなに助けられた。

 ――今の私は何だ?

 ――私は『解決屋』の一員だ!


 とても嫌な記憶とともに、今の私の立っている場所も思い出した。

 彼女の力になるのが私の仕事だ!

 何を呆然としている! 何に怯えている!

 私の心に勝手に入るな! 出て行け! 邪魔だ! 

 私は恐怖を追い出して、なおも泣き続ける佐藤さんの手を握り、告げる。

「大丈夫です……私たちが必ず、解決してみせます。だから、もう、大丈夫です」

 佐藤さんが落ち着くように、私はゆっくりと語りかける。

 私の意思が本物であることが伝わるように、しっかりと彼女の手を包み込む。

「うぅ……うぅぅぅっ……!」

 佐藤さんは私に縋りつくようにして、泣く。

 不安や恐怖になんとか耐えていた彼女の心は限界だった。

 私も同じように泣いたことがある。

 どうしようもない不安と恐怖、そして、絶望。

 それらから私を救ってくれたのは、人の暖かさだった。

 そして、今は――今度は私が、彼女を救うんだ!

「その通りです!」

 突然、所長が高らかに宣言する。

 所長の突飛な大声に、ビクリ、と佐藤さんが反応した。

「あなたの気持ちは痛いほど分かります! よって、この依頼、引き受けさせてもらいましょう! 『引き受けた案件は必ず解決』がモットーの、この――」

 仁王立ちで佇む所長が、なにやら両サイドに視線で合図を送る。

 すると、所長の左側から月見ちゃんが、右側から見月ちゃんがそろそろと所長に近づく。

 所長の左右の足元の近くで双子たちが止まると、見月ちゃんがまるで何かのパレードのように左手を上げ、同じように月見ちゃんが右手を上げる。

 そして、双子がキラリと光る時空を超えたシンデレラのポーズを取り、静止した瞬間、

「――『解決屋』釘藁丑三と月見里シスターズにお任せあれっ!!」

 所長がビシッと声を張り上げて、腕組をして、ポーズを決める。

 ………………………………………………なんだ、コレ?

 っていうか、シスターズだけか? 私と逢魔先輩は? いや、やっぱりいい。こんな恥ずかしい連中と一緒にされたくない。

 所長は、キマッた、と言わんばかりに満足げな表情だ。

 そして、逢魔先輩、佐藤さん、そして、私は理解不能なものを見る目で所長たちを見る。

 所長に付き従っていた見月ちゃんは笑顔だが、月見ちゃんに至っては……なんというか、殺意が顔に張り付いてしまっている。

 問題は誰に対しての殺意かだが……十中八九、中央でバカやってるデカイ人にだろう……

 そして本当に何がやりたいのかなぁ、あのデカイ人……一応、聞いとこう。

「……何してるんですか?」

「何って……キメポーズとかあったほうがカッコイイだろ?」

 子供か、あんたは……

 笑顔で語る所長を憐れむような眼で見てやるが、所長は全く意に介さない。

 やがて、双子が所長のほうに同時に向き直り、

「~っ! なにやらせるんじゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

「金的~♪」

 凄まじいまでの蹴りを二人同時に、所長の、男の急所に叩き込む。

 逢魔先輩が全力で腰を引いて内股になっている。私には分からないが、見てるだけでも痛いものらしい……

 所長の顔色は笑顔のまま、急速に青くなる。

 そして無言のまま崩れ落ちて、泡を吹いて痙攣し出した。

「す、すみませんすみません! 仕事となればほんの少しマシになりますから!」

 だから逢魔先輩、それはフォローになってないって……

 完膚なきまでにお寒い空気が、事務所内を満たしていった……


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