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file.1 ベッドの下 報告一 解決屋と依頼1

「はぁ……結局、ただの噂に過ぎなかったものに三日もかけたのかぁ……」

 夕焼けが沈んだ直後の土曜のある日、自慢の長い黒髪を棚引かせ、パンツスーツに身を包み、厚手のコートを着込んだ私は仕事場への帰り道で独り言をこぼした。

 高校卒業後、すぐに私は就職したのだが、変わった職業に就いたな、と我ながら思う。

 私の仕事場の名前は『解決屋』。表向きは探偵社ということになっている。

 しかし、裏ではこの世に蔓延る『都市伝説』や『怪談』の原因を解明するという仕事も、なんと国からの依頼で行っている、いわば秘密の組織なのだ。

 といっても、『都市伝説』なんてものは根も葉もない噂であることが多いので、空振りに終わることのほうが多い。勤めだして八ヶ月になるが、定期的に政府からの調査依頼は来るものの、当たりは一件あったのみだ。

 そして、今回の仕事も空振りで、私はその報告書をとある政府の秘密機関に提出してきたってわけだ。ひらたく言うとお使い。これでほとんど今月の業務は終了と言っていいくらいだ。

 ついでに言うと、表の探偵業のほうも、最近は大した仕事が入っていない。

 正直、勤労意欲がドンドン失われていっている。仕事が多いのも問題だが、少なすぎるのもどうかと思う……

「うぅ……寒い……」

 寒がりな私にとって、十二月という冬真っ只中の時期のお使いは、身に沁みるものだ。

 早く帰ろうと、自然に歩調も速くなる。

 やがて、ペンキが剥げた、古い小さな貸しビルが見えてくる。

 そこの一室が、私の仕事場の事務所だ。

 いつものように事務所のドアを開けると、やる気がさらに無くなるような光景を目にすることになった。

「――っ! 所長!!」

 私はキャスター付きの椅子を回転させながら遊んでいる雇い主に猛烈な抗議をする。

 短い黒髪を箒のように立たせた、顎鬚の雇い主は、私の一言にため息をつく。

「――帰ってくるなりいきなり怒鳴るなよ、如月(きさらぎ)。お前、怒ると男らしい顔がさらに男らしくなるんだよ。しかも、無駄にカッコイイもんだから、こっちが悲しくなるだろ」

 いきなり人が言われたくないことを言ってくる、このとんでもなく失礼な輩が私の雇い主であり、この事務所の所長である。

 ――っていうか、ほっとけ! 確かに私は容姿を褒められるとき、可愛いじゃなくてカッコイイとしか言ってもらえたことがないよ! 胸もわりとあるし、特別身長も高くない普通の女の子なのに、男扱いしかされたことがないよ! でも、今はそんなこと関係ないだろ!?

 私はそう怒鳴りたくなるのを我慢して、まず、つっこむべきところにつっこんでおく。

「いい加減、社会人らしい格好をしてくださいって今朝も言ったところですよね!?」

 私のそんな抗議をうるさそうに聞きながら、パーカー一枚にハーフパンツの大柄な男――所長が答える。どこのヒップホッパーだ、この親父は……

「――如月、お前は俺の母親かなんかか? いいじゃねぇか、服くらい。俺の勝手だ」

「所長がそんな格好だから探偵業の仕事が来ないんですよ!」

 なおも続く私の抗議に、今年、四十歳になる男はなおもくるくると椅子を回して、いい加減な態度を取る。

「そうは言うがな、客は来てんだぞ」

 そう言って、所長は入り口に立つ私の左側の来客席のほうを指す。

 確かに、そこには綺麗な女の人が座っていた。

 年齢は二十代後半くらいだろうか。黒いセーターがよく似合っていて、セミロングの黒髪が美しく、大人の女性だけが出せるような色香を纏い、同じ女として憧れを抱いてしまいそうになるような女性だった。

 ――っていうか、私、思いっきり失礼なことしてるよね?

「――失礼しました、お客様。所長が大変見苦しい格好で本当にご迷惑おかけしました。今すぐ着替えさせますので――」

「いきなり取り繕ってんじゃねぇぞこら。客のねーちゃんも反応に困ってんだろ」

 ごちゃごちゃ抜かしながら近寄ってきた所長をキャスター付きの椅子ごと蹴飛ばし、視界から消し去った後にお客の応対をしようとする。

 しかし、既に別の所員二人が、お客と向かい合っていた。

「あたしたちがやるから大丈夫よ。ねぇ、見月(みつき)ちゃん♪」

 金色の長い髪を、左寄りのサイドポニーにした、若干釣り目の少女がそう言うと、

「ね~月見(つきみ)ちゃん♪」

 金髪を右寄りのサイドポニーにした、若干垂れ目の少女が答える。

彼女たちは双子の姉妹の見月ちゃんと月見ちゃんだ。垂れ目のほうが姉の見月ちゃん、釣り目のほうが妹の月見ちゃんである。

 二人とも、タートルネックニットにミニスカート、オーバーニーソックスと同じものを着ているが、見月ちゃんは上から白、青、白という色が基調なのに対し、月見ちゃんは赤、黒、黒が基調というように比較的、対照的な色合いなので、見分けはつきやすい。

 どう見ても十代前半にしか見えない幼い体型をしているが、この二人は私の二つ下の十六歳であり、私がここで働き出す前から勤めているので、私の先輩に当たる。

 正式な所員として働く一方で、高校にも通っているため、平日はいないことも多いが、休日は昼間から勤めている姉妹だ。

 先輩が任せろと言っているのだから、私はその言葉に甘えることにする。しかし、お客にきちんと謝罪くらいはいれておかなければなるまい。

「本当に申し訳ありません。見苦しいところを見せてしまいまして……」

「い、いえ、お構いなく……」

 むぅ、明らかに要らぬ緊張と不信感を抱かせてしまったようだ。

 そうだ! 謝罪ついでに紅茶を淹れてこよう! 紅茶の匂いと温かさで、リラックスしてもらえれば、不信感など拭い去ることもできよう。

 そう思って、給湯室に向かおうとしたが、

「どうぞ、お茶です」

 ちょうど、もう一人の事務所の先輩である、茶髪でスーツ姿の青年――逢魔(おうま)先輩が爽やかな笑顔を浮かべ、紅茶を持ってきた。

「あ、ありがとうございます」

 お客の女性は、逢魔先輩からお茶を受け取る。

 逢魔先輩は二十二歳だが、十代後半の美少年といっても差し支えのないくらい整った顔立ちと、モデルのようなすっきりとした体型から、女性客に受けが良く、女性客の応対は大概、彼が行うことになっている。紅茶を淹れるのも上手い。

「こちら、アール……なんだっけ……あぁ! アール・ヌーヴォでございます」

 でも、バカだ。

 おそらく、アールグレイと言いたいのだろう。それとも、そのカップがアール・ヌーヴォだと言いたいのだろうか? 残念ながらそれは二百九十八円の安物だ。

 だが、そんな彼のボケのおかげか、お客の女性がお茶を受け取る際に見せた笑顔から、多少、緊張が和らいだことを察することが出来る。

 でも、出来ればお茶汲みは私に任せてほしかった。

 雑用くらい私にやらせてもらえないと、なんだか私がまるで……

「やーい、役立たず~」

 自分でも思っていたことを所長に耳元で言われ、イラッときた私は所長を再度、椅子ごと蹴り飛ばして、苛立ちを静める。

「ちょうど良かったわ。全員揃ったことだし、まず、あたしたちの自己紹介から始めましょ」

「始めよ~♪」

 双子が私や逢魔先輩に向き直り、そんなことを提案してきたので、頷いて了承する。

 すると、ガラガラガラガラとキャスター付きの椅子に乗ったまま凄い勢いで、蹴り飛ばしたはずの所長が戻ってきた。

「どうも、私がこの『解決屋』事務所所長の釘藁(くぎわら) 丑三(うしみつ)と申します」

 名刺を取り出して、女性に差し出しながら、自己紹介を行う所長。心なしか格好つけてるが、

 ……いや、椅子から降りろよ、せめて……

 所長の奇行のせいで、またも要らぬ緊張を招いてしまった。女性は困惑しながらも名刺を受け取る。

「僕は所員の時任(ときとう) 逢魔(おうま)と申します」

 続いて、逢魔先輩が名刺を渡す。

 まるで、ホストのようだ、と思ったことは内緒にしておこう。

「同じく、所員の月見里(つきみさと) 月見(つきみ)と」

月見里(つきみさと) 見月(みつき)です~♪」

 双子の見月ちゃんと月見ちゃんも名刺を渡す。

 最後に、私もみんなと同じように、

「同じく、所員の如月(きさらぎ) 夜宵(やよい)です」

 と、自己紹介をしながら、名刺を渡した。

「ど、どうもご丁寧に……」

 お客の女性は全員分の名刺を見ながら、何とも言えない表情をしていた。

 まぁ、それも当然のことなのかもしれない。

 所長の名前は誰かに呪いをかけそうな名前で、先輩の名前は悪いことが起こりそうな名前だ。

 私の名前も、陰暦の二月と三月の読みが氏名になっているため、変に目立つし、さらには夜と宵が連続しているため、暗いイメージを抱かれてしまう。

 双子に関しても、『月見里』には特別な読み方として『ヤマナシ』というものがあるが、そんなもの関係ないと言わんばかりに『ツキミサト』とそのままの読み方が戸籍にも載っている。

 おまけに姉の見月ちゃんは、フルネームが回文だ。

 要するに、名前が色々と変なため、『あ、もしかして、これってネタ? ツッコミ待ち?』などと深読みしてしまい、何とも言えない表情をしてしまうのだ。

「では、お客様のお名前をお教えいただけますか?」

「ますか~♪」

 双子がお客に名前を聞いた。

「あ、は、はい……」

 すると、お客の女性は少し恥ずかしそうにしながら、答える。

「わ、私の名前は、佐藤(さとう) (しお)です……こ、ここにはこの人の紹介で来ました……」

 彼女は自己紹介とともに、誰かの名刺を差し出した。

 名刺には、『岩井(いわい) 寿(ことぶき)』という名前が記されていた。

 まぁ、ここを紹介する人物はだいたい決まっているので、そんなことはどうでもいい。

 それよりも、正直、彼女の名前が気にかかった。

 ……サトウ シオ? ……砂糖 塩……

 なんと、この人も私たちと同じように、自分の名前に思うところがある人だった。

 調味料関係にしか聞こえない名前を言うことを恥じていたようだ。

 だが、こんなことを指摘しても仕方がない。むしろ、あちらも私たちの名前について、何も指摘しなかったのだから、お互い黙っておくのが一番賢く、空気を読んだ選択だろう。

「食卓とか台所が似合う名前ですね~」

 おっと、空気が読めないバカがいた~♪ 呪いかけそうな名前してるくせに~♪

 私は即座に所長の座る椅子の背もたれを掴み、思い切り引き倒した。

 背中から倒れた所長は、床に後頭部を強打し、悶絶する。

「所長! もう少し考えて発言してください!」

「す、すみませんすみません! うちの所長、バカなんです!」

 私が所長を責めている間に、お客に逢魔先輩がフォローを入れている。

 だけど、先輩……バカがバカをフォローしても悪化するだけです……

「すみません、あたしたち以外、バカしかいないんです……」

「バカ~♪」

 あぁ! 私までバカに括られた!?

「ははは……」

 お客の女性は渇いた笑いしか出てこないようだった……


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