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            報告二  その欲望1

「さぁ! 張り切ってあのババア捕まえんぞごらぁっ!!」

死の淵から生還した所長は、何故か異様にテンションが高かった。

そして、その所長の発案により、ターボババア対策会議なるものが即席でひらかれることになった。

 この寒空の下、しかも夜に、私たち『解決屋』は屋外で、円になってヤンキー座りで会議を始めている。

 ……議題は、ターボババア。

 罰ゲームか何かか、これは?

 寒がりの私に対する嫌がらせとしか思えない。

「つうか、何のデータも無しに相手に挑むのは愚の骨頂だよな。戦いとは、いかなるときも情報を制したものが勝つんだ……」

 そして、何やらブツブツと呟きだす所長。

 あんたの服装が一番の愚の骨頂だよ、と言いたいところではあるが、それではグダグダの口喧嘩が始まり、会議が終わらないという事態が発生する可能性がある。

 自重しよう、うん。

「と、いうことで! 双子!! お前らの出番だ!! あのババアを『観察』して、『本性』や『欲望』、さらには名前や出身地、スリーサイズから帽子のサイズ、靴のサイズまで丸裸にしてやるのだぁぁぁぁぁっ!!!」

 あんたは婆さんのスリーサイズなんて知りたいのか?

 そう思ったのは私だけではないようで、この場にいる全員が、所長から距離を取っていた。

「……今日は変態に会うのが多い日ね……」

「変態デイ?」

 見月ちゃん……そんな日は嫌だよ、私……

 双子のそんな会話を聞いて、変態――じゃなかった、所長は涙目になっている。

「なんだよ~、お茶目なジョークだろ~、お前ら、そんなに全力で引くなよ~……

 ――で、そこの狐目。携帯取り出して何しようとしてやがる」

 私たちから少し離れて、私たちの様子を見ていた『捜査零課』の岩井さんに、所長は反応した。確かに、携帯をいじっているが……

 っていうか、マジ寒い……歯の根が合わなくなってきた……

 ガチガチガチ……

「いえ、先程の発言があまりにアレなんで、ここは警察に通報すべきかと……」

「お前が警察だろっ!? いや通報はやめてほしいし、だからといってお前に逮捕されんのも嫌だけど! つかマジでやめてお願い」

 ガチガチガチガチ…………

「では、ここは夕星さんに逮捕してもらいましょうか?」

「よし、任せろ」

 ガチガチガチガチガチ………………

「何で乗り気なんだよっ! ジョークも分からねぇのかお前らは! 逢魔、このバカどもに何か言ってやれ!」

「大丈夫です、所長! 月一回は面会に行きますから!」

「俺に言ってどうする! 捕まることが前提のフォローなんかいらねぇんだよっ!!」

 ………………………………あぁ、腹立ってきた……………………

「――いい加減、話進めませんか?」

 苛立ち紛れに放った私の一言は、寒さから逃れたいという、正直な一心と相俟って、素晴らしくどすの利いたものだったらしく、

「「「「「「…………………………………………………………………………………………」」」」」」

 その場にいた六人全員を完全に黙らせ、

「――よ、よぉし! 早速、今の作戦を実行するぞぉっ! さぁ、双子! 『観察』の用意をするんだぁっ!」

「う、うん! 分かったわ! 月見ちゃんいくわよぉっ!」

「おぉ~!」

 途端に、所長たちのやる気を漲らせた。

 ……そんなに恐い声を出したのか、私……?

 ちょっと自分が嫌になった。

「そうと決まれば双子のどっちか! 俺のバイクの後ろに乗れ!」

「「えぇぇぇぇぇぇ~……」」

 やる気が出たかと思いきや、いきなり双子は不満そうな声をあげた。

「なんだよ、その反応……お前らの『観察』は対象をじっくり見る必要があんだろ? あのババアは同じ場所に長くは止まってねぇ。こっちも移動しながらじゃないと、『観察』できねぇだろ?」

「それはそうなんだけど……所長の運転、荒すぎて恐いから嫌」

「キケン~!」

 そんなことを言って、双子はごね出した。でも、まぁ、分からないでもない。

 ターボババアは、どう考えても一〇〇キロオーバーのスピードで走っている。

 こちらから追いかけるならば、最低一〇〇キロ以上出さなければならない。

 そして、所長の運転は荒い。

 結論としては、正直、私も所長のバイクには乗りたくない。

 でも、双子の『観察』を発動させるには、時間がかかることも事実である。

 どうしたものか、と考えようとしたが――また、寒くなってきた……

 ガチガチガチガチ…………

「や、夜宵ちゃん! 僕の車に乗るといいよ! 暖房、つけるからさ!」

 私があまりにも寒そうにしてたからか、逢魔先輩が自分の車に私を乗せようとする。

「で、でも会議は……」

「大丈夫だよ。決まったことは知らせてあげるし、多分、君と僕は出番がないだろうし」

 そう言って、半ば強引に逢魔先輩は私を車の助手席に押し込む。

 そして、運転席のほうに回りこみ、エンジンをかけ、暖房を入れてくれた。

「しばらくすると暖かくなるからね。じゃ、休んでて」

 そう言うと、すぐさま所長たちのところに戻っていった。

「………………………………」

 しまった、お礼を言うタイミングを逃した……

 逢魔先輩が去ってから、そんなことを思ったが、時既に遅し。

 後でちゃんとお礼を言おうと心に決め、今は先輩の気遣いに甘えることにする。

 悴む手を揉みながら、私はしばらくボーっと、逢魔先輩――『解決屋』の皆を眺めた。

 双子が所長に対して、まだ文句を言っているようだ。

 それを逢魔先輩が一生懸命、宥めている。

 そして、何かを思いついたのか、逢魔先輩が双子に提案する素振りを見せる。

 逢魔先輩の提案を受けて、しばらく考え込む素振りを見せていた月見ちゃんだったが、突然夕星さんを指差し、何かを言い始める。

 それを受けて、夕星さんが頷いて、何やら答える。どうやら、話が纏まったようだ。

 やがて、全員がそれぞれの行動をし始める。

 所長はバイクに乗って、先程ターボババアが戻ってきた位置辺りまで移動し、備えている。

 双子は夕星さんと岩井さんと共に、私たちが乗ってきた覆面パトカーに乗り込んでいく。

 そして、逢魔先輩はこちらに向かって歩いてくる。

 運転席のドアを開け、逢魔先輩が車に入ってきたので、状況を聞いてみた。

「どうなったんですか?」

「うん、とりあえず月見里シスターズがどうしても所長のバイクには乗りたくない、って言うから、岩井さんの車に乗って『観察』することを僕が提案してみたんだ。

 ただ、月見ちゃんが、岩井さんと一緒は嫌だから、夕星さんも乗れ、ってごねちゃって……結局、夕星さんも乗ることになっちゃったんだ」

 ……そんなに岩井さんが嫌いか、月見ちゃん。

 そんなことを気にしていると、ターボババアが戻ってきた。

 所長が『束縛』を発動し、いきなりババアを捕らえようとするが、

「きえええええええっ!」

 まさに奇声。車の中にいても響いてくる大声だった。

 そう表現するしかない声をあげて、ターボババアは『束縛』の光の縄をすり抜け、またも坂を下っていく。

 所長はすぐさまバイクでそれを追いかけていく。

 脇に止まっていた双子たちの乗る覆面パトカーもそれに続いた。

 その光景を見て、私と逢魔先輩が呟く。

「――始まりましたね」

「――そうだね」

 …………………………………………………………………………………………………………

 そして、私たちの会話は終わった。

 沈黙が車内を支配する。

 …………………………………………………………………………………………………………

 …………う~ん、話すことが何も無い…………

 そういえば、逢魔先輩と二人きりなんて状況は、今までに一度もなかった。

 常に誰かがいたから、この人と会話してた気になっていたが、実際は違った。

 何故か、意識してしまう……

 おそらく、あの満月の日のことが尾を引いている気がする。

 助けてくれた恩とか、そんなものではなく、

 もっと、根本的な問題で……

「……先輩」

「ん? なんだい?」

 沈黙に耐えられなくなった私は、咄嗟に思いついた話題を振った。

「ここに来るまでに、双子から聞いたんです。『演者』には『理性』が多少残っている人と、全くない人がいるって……」

 そう、双子に話してもらった、私が知らなかった『演者』の種類についてだ。

 あの時、疑問に思ったが、聞けなかったことが一つあった。

「その『理性』の有無っていうのは何で決まるんですか?」

 私のその質問に、逢魔先輩は何故か苦い顔をした。

 まるで、聞かれたくないことを聞かれたような表情――

「……すっかり忘れてたよ、そのことの説明……」

 ……どうやら本気で忘れてたらしい。

 忘れたらダメなんじゃないかな、そういうこと……

 私のそんな心境を無視して、逢魔先輩は説明に入る。

「『理性』の有無を決めるのは……『本性』がどのように顕わになったか、によって決まるんだ」

「――っ!!」

 逢魔先輩のこの説明だけで、私は分かってしまった。

「――ある日突然、自然に『本性』が顕わになる人……こういう人は『理性』が完全になくなることはない。これが一般的な『本性』の顕し方なんだ――」

 逢魔先輩の説明は続いているが、私は分かってしまった。

 私が知っている『本性』の顕し方は、それではない。

 逢魔先輩が語る一般的な顕し方を、私は今まで知らなかった。

「――そして、『理性』が完全に無くなるのは、自然に『本性』が顕わにならなかった人……つまり、自然ではなく、人為的に『本性』を顕わにさせられた人なんだ……」

 私が知っているのは、その顕し方だけだ。

 私を、恐怖のどん底に叩き落したのは、その方法によるものだ。

「……じゃあ、今回の場合は……」

 私の漏らした呟きに、逢魔先輩が答える。

「――人為的な方だね。誰かに『本性』を曝け出されたんだね」

 ……誰か、に。

 逢魔先輩はそんな風に表現したが、私には予感があった。

 私を、恐怖のどん底に突き落とした犯人は、未だに捕まっていない。

 おそらく、そいつだ。

 きっと、そいつだ。

 そいつに、決まっている!

 私の心は憎悪に染まる。

 怒りや悲しみ、恐れに苦しみ、そして恨みと憎しみ。

 そういった負の感情が私を支配していく。

 そして、一番強い感情が湧き上がってくるのを感じた。

 身体が震えを隠せない、それほど大きな、大きな感情――

 そいつを、その犯人を、

 ――■してやりたい――

「夜宵ちゃん」

「っ!!?」

 突如、発せられた逢魔先輩の呼びかけに、どこか深くまで沈みかけた私の意識を掬い上げてくれた。

 逢魔先輩は優しげな笑顔を浮かべて、私の手を握っていた。

 私の感情を、身体の震えごと押さえ込んでくれるように、しっかりと、そして優しく握っていてくれた。

 ――この人は、自然にこういうことをやる。

 あの日も同じだった。

 恐くて、身も心もボロボロで、何が何だか分からなくて、ただ震えていた私の手を握ってくれた。

 それだけで、私がどれだけ救われたことか……

 私が、この人を意識してしまうのは、多分――

「………………っ!!」

 あ、あれ? 何か熱くなってきた?

 だ、暖房が効きすぎてるんだよね、多分。うん、きっとそうだ!

「……大丈夫?」

「っ! は、はい! 大丈夫れす!」

「そう、よかった♪」

 逢魔先輩はそう言って、手を離した。

 さっき、思い切り噛んでしまったが、そんなことは気にしてられない。

 それぐらい、私は何故か混乱していた。

 お、落ち着け私! っていうかなんでこんなに慌ててんの!?

「夜宵ちゃん」

「ひゃい!?」

 ま、また噛んじゃった……

 逢魔先輩の突然の呼びかけに何とか反応し、そちらを見てみると、先輩はなにやら後部座席の荷物から魔法瓶を用意していた。

「実は、温かいコーヒーをここに入れてきたんだ。飲まない? まぁ、市販のを詰め変えてきただけなんだけどね」

 そう言って、魔法瓶から紙コップへコーヒーを注ぎだす逢魔先輩。

 そして、私にそれを差し出してくる。

「……あ、ありがとう……ございます」

 まだ返答もしていないのだが、こうやって差し出されたからには、断るのも無愛想だろう。

 それに、ちょうど気分を落ち着かせたかったところだ。

 私は紙コップを受け取ることにした。

「熱いから気をつけてね」

 先輩の言葉に従い、紙コップの縁に近いところを持つ。

 ゆっくり、確認するようにコップ全体を包むように持ってみると、程よい暖かさが掌に伝わってきた。

 それだけで、少し気分が落ち着いた。

「……大丈夫だよ、夜宵ちゃん」

 魔法瓶を後部座席に戻してから、逢魔先輩がそう呟いた。

「夕星さんや岩井さんたち『捜査零課』も必死になって捜査してくれている。人の『本性』を勝手に発現させる悪趣味な輩はいずれ捕まるよ」

 どうやら私のことをまだ心配してくれているようだ。

 さっきの私は、どうもかなり弱っているように見えていたらしい。

 ……まぁ、実際弱ってたんだけど……でも、もう大丈夫。

「……はいっ!」

 私は力強く、先輩の励ましを受け取る。

 もう大丈夫だ、と優しい先輩に伝わるように、笑顔で返答する。

 先輩も笑顔で私の答えを受け取ってくれた。

「……そろそろ、所長たちのほうも何かアクションがあってもいい頃だね」

 やがて、逢魔先輩は私から視線を外し、外の風景を確認する。

 すると、その言葉を待ってたかのように、所長たちが帰ってくるのがみえた。

 ターボババアの姿は見えない。どうやら、また捕まえられなかったようだ。

「今回のターボババアの追跡は、月見里シスターズの『観察』を発動させるための捨て石みたいなものだからね。次が勝負になるよ」

 先輩はそう言って、ドアを開け、出て行こうとする。

 しかし、ドアを閉める直前に、

「これから作戦会議だと思うけど、夜宵ちゃんはどうする?」

 と、聞いてきた。

 寒がりな私を気遣ってくれているのだろう。

 ここで、このまま車に残る、と言っても、誰も怒らないだろう。

 先程の先輩の言葉通り、必死になって、この事件を解決しようとするだろう。

 それが『解決屋』だから。

 そう、『引き受けた案件は必ず解決』がモットーの『解決屋』だから。


 そして、私も――


「――私も行きますっ!」

 気合を入れて、そう答えると、逢魔先輩がびっくりしたような表情を浮かべた。

 でも、すぐその表情は笑みに変わった。

「分かった。じゃあ、先に行ってるね」

 そう呼びかけてくれた後、逢魔先輩は所長たちが帰ってくるであろうポイントへと向かった。


 ――私も『解決屋』なんだから!


 私の決断を後押しした思いを胸に秘め、

 ドアを開けて、私は外に出ようとした。

「……あ」

 そのとき、気付いた。

 まだコーヒーを飲んでなかったことに。

「………………」

 外はまだ寒い。

 やる気は満ち溢れているが、寒さを感じなくなったわけではない。

 ――少し飲んでから行ってもいいだろう。

 私はまだ温かい、そのコーヒーを口に含んだ。


 ――温かかった。

 一口で身体がポカポカするほど、温かかった。

 舌を火傷するような熱さでもなく、飲むのが不快になる温さでもなく、まさしく温まるのに最適な温度。とても市販のものを詰め替えただけだとは思えないほどの、気配りをひしひしと感じた。

 味も最高だ。

 かなり甘い味付けだがクリームは入っていないようだ。この甘さは砂糖によるものだろう。それと豆自体にも甘みがあるようだ。コーヒーにそんなに詳しくない私でも分かる。なぜならこの豆日本人なら大概の人間が食べたことがあるものだからだ。この豆を砂糖と共に煮るとこんな味になる。まさしく『和』を感じる甘さと言っていいだろう。実際和菓子を食べると大抵これが使われている。一口で分かるこの豆の正体!

 そう! 謂わずとしれた小豆のことだ!

 小豆と砂糖により作られる餡子は和を代表するといっていいほど一般的な甘味だ。

 素晴らしきカナ、餡子の甘さ!

 …………………………………………………………………………………………………………

 …………………………………………………………………………………………………………

 ――先輩、これお汁粉です――

でも、温かいし美味しいので飲み干してから合流することにした。



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