『捜査零課』4
時刻は午後八時を過ぎた頃。
車を停めたところから、少し歩くと、そこにはもう一台、車が停まっていた。
そして、その近くには、
「あ、お帰りなさい。夜宵ちゃんに月見里シスターズ」
私たちの同僚、時任 逢魔が立っていた。
「だからそれで呼ぶなっての!!」
「あははは~♪」
「ご、ごめん! 呼びやすかったから……」
もはや、このやりとりは『解決屋』定番になりつつある気がする。
「では、全員揃ったところでもう一度説明しておこうか」
夕星さんがそんなことを言いながら、近づいてくる。
所長がこの場にいない気もするが、まぁ、気にしないでおこう。
「今回、君たちに保護してもらいたいのは、都市伝説名『ターボババア』だ。
……真面目な話なんだ。笑うな、そこ」
夕星さんが岩井さんに注意する。
「やだなぁ、僕は元からこんな顔ですよ、夕星さん」
「いいや、確かに笑った。私だって、こんな真面目に『ターボババア』などと言いたくない。だが、仕事なんだ、弁えろ」
正直、夕星さんの言いがかりにも見えなくないが、笑ってしまいそうになる気持ちは分かる。
こほん、と一つ咳払いをして、夕星さんは続きを話す。
「今回は『演者』の正体は知れているのだが、我々はこの保護に参加できないちょっとした理由がある。よって、君たちに援助を願ったわけだ」
先程もした話である。ホント、大人の世界って汚い……
「今はまだ目撃情報も少なく、被害も大したものは出ていない。だが、分かるな? 小さな被害なら出ているんだ」
ニュースにもならない程度だが、物損事故が発生している、ということを岩井さんが補足してくれた。
「既に君たちの所長が任務に当たってくれているようだが……正直、苦戦すると思う。おそらく、君たち全員が力を合わせなければ、難しいだろう」
そう言って、夕星さんは私たちを一人一人、見回す。
「だが、君たちならやってくれるとも信じてる! 期待しているぞ!」
檄を飛ばす夕星さん。
しかし、どうにもテンションが上がりまくっているな、この人……実は、体育会系なのか?
「では、解散!」
「解散しちゃダメですよ、夕星さん」
「すまん、ついノリで言ってしまった……」
完全に勢いだけで喋る夕星さんを窘める岩井さん。
この二人、相性が良いんだか、悪いんだか……
「まぁ、僕たちも直接手出しは出来ませんが、サポートしますので、何とかちゃっちゃと捕まえてくれませんか?」
この人はもうちょっと、言い方ってもんを考えたほうがいい……
岩井さんの言葉に、そんな感想を抱いたそのとき、
バイクがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
……パーカーハーフパンツのおっさんの乗るバイクである。
私たちの近くでバイクは止まり、パーカーハーフパンツのおっさんがこちらに近づいてくる。
そして、おもむろに被っていたフルフェイスのヘルメットを脱ぎ、地面に叩きつけて、
「やっっっっってられっっっかぁぁぁぁぁぁっ!!!」
いきなり切れて叫びだした。
「なんだあのくそ速いババアは!! 俺の『束縛』を掻い潜りやがったぞ!! 捕まえられるかあんなのバ~カ!!! 俺が捕まえられないんだからどうやったって無理! 無理!! 無理!!!」
先の夕星さんの言葉を、知らぬとはいえ全否定する悪態をつき、喚き散らす四十歳。
こんな大人にはなりたくないものだ……反面教師の鑑だよ、うちの所長……
まぁ、こんなときは所長を宥めるのが、所員の仕事である。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ、ババアオヤジ」
「そうだよ、落ち着きなよ、ババアオヤジ」
「ババアオヤジ~♪」
「何それ!? もしかして俺のこと!?」
私だけじゃなく、双子も手伝ってくれたが、所長は不満のようだ。
「しょ、所長! とりあえず、本当に落ち着きましょう!」
逢魔先輩が珍しくまともなフォローを入れている! 何か悪いものでも食べたんじゃ……
まぁ、それは置いといて……一体、何が気に食わなかったんだろう? 完璧なネーミングなのに。ババアオヤジ……
「落ち着いたら、今度は皆で考えましょう! ババア狩りの作戦!」
「あぁ、そうだな……って! ババア狩りってなんだ!? 勝手に犯罪チックな上に嫌な作戦名つけるんじゃねぇ!!」
あ、やっぱりフォロー失敗してる。いつもの逢魔先輩だ。
「……あなたたちの会話はいつ聞いても面白いな……」
「にぎやかですよね~、どんなときでも」
夕星さんと岩井さんに、そんなことを言われた。
遠まわしに呆れられているのは分かるが、正直なところ、あなたたちには言われたくない。
「つうか、如月に月見里シスターズ! てめえらちゃんと仕事はしてきたんだろうな!」
いまだ落ち着かないらしく、所長が高いテンションのままで私たちに怒鳴るようにして、聞いてきた。
「無論、完璧よ! 『引き受けた案件は必ず解決』があたしたちのモットー。失敗なんてあるわけないじゃない!
あと、その呼び方、今度したら潰す」
「パ~フェクト~♪」
双子は自信満々に返す。
……完璧ではなかったような気がするが……
「おぉ! そうか! ならいいんだ。で、結局、裏の仕事だったのか?」
今ここで事務報告をしろ、ということらしい。
「えぇ。しかも、『演者』が二人もいて大変でしたよ」
「ほぉ~、そいつは大変だったな」
私の報告に、相槌を打ちながら、双子のほうにも所長は報告を求める。
「そうそう、油断して一人捕まえないまま帰りかけて、焦って戻ったのよ」
「結果お~らい♪」
「なるほどなるほど、よく分かった……ところで、月見里シスターズ? 完璧、という意味を辞書で調べてみろ。お前らはきっと間違った意味で使ってい――」
途中まで口にして、月見ちゃんのサッカーボールを蹴り飛ばすような猛烈な蹴りを股間に食らった所長は、前のめりに崩れ落ちた。
何故、あそこまで注意されてなお、その呼び方に拘るんだろうか……
「その失態に関してはあたしたち全員に責任があるから、佐藤さんの依頼料、半分はあたしたちの給料から引いておいて。また後日、謝りにも行くわ」
「連帯責任~」
全く何の反応もしなくなった所長に、そう報告して、双子は夕星さんのほうに向き直り、
「で? うちの所長がターボババアとやらを逃したみたいだけど、どうするの?」
「今日は解散~?」
と、聞いた。
もし、解散ならば、奇しくも先の夕星さんの言葉は真実となってしまう。
そんな心配をよそに、夕星さんは双子の質問に首を横に振りながら、答える。
「いや……見ていれば分かる」
そんなことを言いながら、上り坂になっている道路を指差す。
……特に、何の変哲もない一般道のように思えるが……?
すると、私が見ていた道路を何かが高速で通った。
目にも止まらぬ速さとは、まさしくアレのことを言うのだろう。
「……えっ? な、何が通ったんですか、今?」
分かっている。
本当は分かっているのだが、確認しておきたかった。
「――勿論――」
地に伏す所長以外が上り坂の先で佇むモノを見る。
私たちが、車の中で、
今さっき、目の前で見た『演者』――
「――ターボババアだ」
正直、気合が抜けそうになる名称だが、その姿は……おぞましいものだった。
ババアと言われるだけあって、白髪で皺の多い肌、枝木のような腕と足をしている。
しかし、その形相は、気難しい頑固ジジイなんて目じゃない。
あえて表現するならば、鬼、もしくは般若とか山姥とか――とにかく、そういった類のもの。
目はびっくりするほど釣りあがり、妖しい光を放っている。
口は小刻みに動いており、何かを呟いているように見える。
服装は、死装束のような白衣。
そして、何よりも特徴的なのが、
見えないほどの速さで動かされている足だ。
足踏みの状態で止まっているらしく、『演者』がいる周囲にだけ、その動きにより、風が起こっているのが、近くの木々の様子で分かる。
近くといっても、五メートルは離れているのだが、確かに枝葉が揺れていた。
私たちが見ていることなど、気にも留めていないようだ。
ただ真っ直ぐ、その目は進行方向に向けられていた。
そして――
轟ッ!!!
と、嵐のような疾風が駆け抜けたかと思うと、私たちの目の前から、ターボババアは消えていた。
急いで後ろを振り向くと、風を切り、トンネルに向かい疾走するその姿を何とか確認できた。
「……何故かは知らんが、ああやって、こことトンネルの出口直前までを往復しているんだ」
夕星さんの言葉が響く、空気の冷たい夜、
本日、二つ目の悪夢が開演した。
――同時に、所長の命は終幕を迎えかけていた。