『捜査零課』2
車に乗って、十分ほど経過した頃。
車のスピードも緩やかになってきたので、ようやく私の心も落ち着いてきた。
横を見ると、双子は私以上にクタクタになっていた。
どうやら悲鳴をあげていたのは私だけじゃなかったようだ。
「い、岩井さん。目的地はどこなんですか?」
今更ながら、聞いていなかったことを聞く。っていうか、聞く暇なかったし……
「この先にトンネルがあって、そこを抜けた先の道路です」
窓から外を覗くと、大分郊外に出たようだ。近くに山が見える。というより、その山に向かって私たちは走っているようだ。
その山の中に大きな屋敷があるのを見つけたが、あれは何だろう? こんなところに別荘だろうか?
おっと、今はそんなことはどうでもいい。それよりも……
「道路に何があるんですか?」
私たちをわざわざそこまで連れて行く理由を、岩井さんから聞きだそうとする。
しかし、
「それは夕星さんに聞いてくれませんか? 僕、運転中なんで」
何故か、そんなところで面倒くさがる岩井さん。
まぁ、いいか。夕星さんのほうがまともに答えてくれそうだし。
「夕星さん。何で私たちを……っ!?」
助手席の夕星さんに尋ねようとしたが、そこで私は異変に気付いた。
なんと、夕星さんは――
双子と同じようにクタクタになっていた。
「ゆ、夕星さん! 大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……だ、だいじょーぶだ……たぶん、きっと……だといいな……」
うん、大丈夫そうだ……いや、ダメっぽいな、これ……
「ど、どうしてそんなに疲れてるんですか!?」
私の質問に、息も絶え絶えに答える夕星さん。
「いや……実は私、スピードが出るもの、苦手なんだ……」
「じゃあなんで許可したんですか!?」
「だって……許可出さなかったら、岩井に負けた気がするじゃないか……」
……実は、頭弱いんじゃないだろうか、この人……
路地裏での威厳溢れた雰囲気は、いまや影もない。
「まぁ、どっちにしろ負けてますけどね」
「てめぇ……岩井……表出ろコラァ……」
「今、僕が表に出たら、僕もあなたも大変なことになると思いますよ。車、止めませんから」
「そこは止めてからにしろ……うぅ……」
岩井さんの挑発的な一言に、夕星さんが口で受けて立つが、全く恐くないし、敵わない。
ぐったりする夕星さんを少し可愛く思ったのは内緒にしておこう。
っていうか岩井さん……夕星さんがこんな状態だって分かってて、私に質問させたな……
ドSな部下だな……普段の夕星さんの苦労がありありと分かる。
「で……結局、あたしたちは何で呼ばれたのよ……」
「ぐるぐる~……」
放っておいたら収拾がつかなくなると判断したのか、夕星さんと同じく疲れきっている月見ちゃんが話を元に戻してきた。ちなみに見月ちゃんは目を回している。
「――実はですね。ある都市伝説が『演者』の仕業であることが確定したんです」
今度は面倒くさがらずに答える岩井さん。
「? だったら、あたしたちの出番はないじゃない……あたしたちが政府から受ける依頼は都市伝説が『演者』の仕業かどうかだけで、その後はあなたたち『零課』の仕事よ……さっきの佐藤さんの件はあくまで表の依頼に裏が絡んでいたときの特別措置みたいなもんよ?」
「職務怠慢~?」
今更、こんなこと言わすな、と言わんばかりに不機嫌丸出しの態度の双子。
私でも知っているような話だ。『解決屋』になるときに耳にタコが出来るほど聞かされたし。
都市伝説は、ただの噂である可能性が大きいため、『捜査零課』が一件一件確認することは時間がかかる上に、ただでさえ少数精鋭が過ぎる『零課』では効率が悪い。
『零課』の存在を公表しない理由もそれが原因だ。いちいち噂に振り回されていては、本当に重大な事件を見落とすことになりかねない。
よって、『演者』が関わっているかという調査だけは、民間の機関である私たちに依頼しているというわけだ。
双子――主に月見ちゃんの言葉を受けて、苦笑しながら岩井さんが答える。
「えぇ、それは分かっているんですが……この件はちょっと特殊な事情がありまして……上から命令がありまして、僕たちに『演者』を捕まえてほしくないらしいんですよ」
「? どういうことなんですか?」
私の質問に苦い顔をしながら、今度は夕星さんが答えてくれた。
「今回、『演者』になった人の立場というか地位というか……とにかく権力関係が複雑でな……警察沙汰は不味いらしいのだよ」
……随分、簡単に大人の世界の闇を吐露してくれるもんだ。いっそ、清々しい。
確かに『捜査零課』は存在を公表していないとはいえ、警察に当たる。捕まった『演者』は世間的には犯罪者として裁かれることがあり、その場合は前科などが付く。
しかし、存在を公表されていないがゆえに、このような権力による圧力を受けても、そのことが発覚しにくい。
捕まったという事実は公表されるので、捕まる前に警察沙汰にはしないでおこうと考える権力者がいないわけではないのだろう。
「それに……今回は、『理性』がまるでない『演者』の仕業だ。私たちが捕まえたとしても、責任能力なしということで終わる可能性が高い」
「? 『理性』がまったくない……?」
聞いたことのない言い回しに疑問を持つ私。
『理性』を失い、『本性』を顕わにし、『欲望』を遂行するものを『演者』と呼ぶ。
では、『演者』は皆、『理性』などありはしないのではないだろうか?
私はそう考えていたが、今の夕星さんの言葉からすると、どうやら違うようだ。
私の反応に月見ちゃんが「あぁ……」と呟いてから、
「夜宵にはきちんとその辺を説明してなかったわね……」
「説明義務不履行~……」
そんなことを言い出した。
「ちょ、ちょっと! どういうことなの? まだ、私に説明してなかったことがあるの?」
私の問い詰めに、「あ~ごめんごめん」と疲れているせいか、やる気無く返しつつ、双子は答えてくれた。
「……『演者』は大きく分けると二種類に分けられるのよ。『理性』が多少残っている『演者』と残ってない奴とにね」
「あたしたちは後者~……」
つまり、『演者』になるには『理性』が残っていても問題ないということか……
「それに違いってあるの?」
「……『理性』が残ってる奴は、その『欲望』に忠実じゃないのよ。覚えてる? さっきの変態小物の『欲望』……」
「変態小物の……」
先程の事件を思い出す。
えっと……確か――
「……『目立たず、人知れず』だっけ?」
「正解~ぱちぱち~……」
いまだ元気の無い見月ちゃんが、気の抜けた拍手を送ってくれた。
「そう。その『欲望』に忠実に従っていたのなら、見月ちゃんの存在を『誤認』させたり、佐藤さんへの距離感を『誤認』させたりなんかしないわ。あれは『自分の存在を見られたくない、人に知られたくない』っていう『欲望』のための『本性』なの。自分の存在を誤魔化したりすることには使っても、それ以外には使わない、っていうか使おうと思わないのよ」
「使おうと思わない?」
「うん。『理性』が無い連中は『欲望』を満たすことしか考えられなくなるのよ。ようするに、『欲望』どおりにしか『本性』を発現できないし、『理性』がないもんだからコミュニケーションをとることも難しくなっている場合が多いわ」
「……それはつまり、ヤクをキメて、ハイになっている状態に近いってこと?」
私の喩えに「……品のない言い方ね」と呆れながらも、月見ちゃんは頷いて肯定してくれた。
なるほど。『理性』がまったく無いのだから、『欲望』に忠実に従うことしか出来なくなる、ということか……
「で、『理性』が多少残っている場合はさっき体験したとおりよ。一応、話は通じるし、『欲望』以外の用途に『本性』を使うことが出来るわ」
月見ちゃんの補足に、一つ疑問が浮かぶ。
「鏡の男は? あいつはちょっとイッちゃってる感じだったけど……」
「あいつも『理性』は残っていたわ。思考は論理的だったし、あいつの『欲望』は『干渉されない自分だけの世界』だったから、自ら鏡の中に他人を引き込もうとする、なんて行動は『欲望』から外れた行動になるわ」
ふむ……つまり、今回の『演者』はさっきの事件とは違い、全く話が通じない、『欲望』を満たす行為しかしない奴、というわけか……
……ん? なんで、『理性』の消滅にそんな違いが出るのだろうか?
気になった私はそのことを聞こうとしたが、
「すみません皆さん、その話はまた今度にしていただいて……そろそろ目的地です」
と言いながら、岩井さんは車を止めたので、不服ながらも追求を中止する。
車はトンネル前で止まっており、トンネルの入り口前には、通行禁止の看板とコーン、さらにはテープが張られていた。
岩井さんは車から降りて、テープの一部を剥がし、車の通り道を作る。
「通行止めなのにいいんですか?」
私の疑問に夕星さんが答える。
「大丈夫。これはこの仕事のため、便宜上、私たちが張ったものだ。普段から車の通行はほとんど無いに等しいのだが、万一を考えてな」
そして、トンネルに入り、また、テープを張りなおした後、出発することになる。
「もう、釘藁さんと時任さんが仕事を始めてるかもしれませんね」
そんなことを言う岩井さんに、私は気になったことを聞く。
「で、結局、どんな都市伝説を相手にするんですか?」
聞かれた岩井さんはまた苦笑しながら、
「現物を見たら分かりますよ」
と、微妙にはぐらかした。
この人のことだから、私たちの驚く顔が見たい、とかそんな理由で黙ってんじゃないだろうか……?
よし、そっちがその気なら、こっちは絶対に驚かないでやる。
そう、心に決めた。
さぁ、どんな化物でもかかってこい!
すると、トンネルの出口のほうから、何かが近づいてきた。
「――バイク?」
こちらから僅かに見えたシルエットやライトから、向かってくるのがバイクであることがわかった。
しかし、何かがおかしい。
バイクの横にも、何かが走っているようだった。
「――あれが、今回の都市伝説です」
運転席で呟く、岩井さんの声が聞こえたそのとき、
バイクと、それに併走する何かが私たちのすぐ横を通り過ぎた。
それは紛れも無く、
バイクに負けず劣らずの速さで走る老女と、
バイクに跨り、その老女を光の縄で捕まえようとする所長の姿だった――