file.2 ターボババア 報告一 『捜査零課』1
時刻は現在、午後七時半を回ったところ。
佐藤さんのマンションを出た私たちは、人気のない路地裏の、少し開けた場所で『捜査零課』の人たちを待っていた。
と言っても、連絡から五分以内にやってくるのが彼らの通常。待っているといっても、連絡から三分も経っていない。
私たちが捕まえた『演者』、もしくは実話だと確定した都市伝説や怪談の作り出した『演者』を取り締まる、特殊な警察機関。
存在は公表されておらず、警視庁にそんな部署は存在しないことになっている。
が、確かに存在する、という、自らの存在自体が都市伝説のような、謎の機関である。
「すまんな、待ったか?」
と、今更ながら、私たちに関わりの深い機関について私が考えていると、白い詰襟の軍服のようなものを着た女性が、路地裏の奥の闇から音も立てずに出てきて、威厳たっぷりの口調で話しかけてきた。
黒い髪をボブカットにしていて、切れ長の瞳が印象的な美人だ。背が高く、その口調と同様に、全身に纏う雰囲気は厳格で重苦しく、気品すら感じられた。
そして、その脇に差された日本刀が、その雰囲気に鋭さを加えている。
正直、美人とはいえ、こんな人に声をかけられたら、どんなナンパ男でも逃げ出すだろう。
っていうか、一般人なら絶対逃げる。夜中で、人気のないこんな場所なら尚更だ。
「お久しぶりです、夕星さん」
「神那ちゃんだ~♪」
しかし、そんな女性に、月見ちゃんは畏まって挨拶し、見月ちゃんは大喜びで抱きついた。
「あぁ、久しぶりだな、月見里シスターズ。会いたかったぞ」
女性はそんなことを言いながら、腰にじゃれつく見月ちゃんの頭を撫でる。
月見ちゃんは「その呼び方すんなぁ!」と抗議の声をあげていたが、言った本人は全く反省しないまま、私のほうに近づいてきた。
私は彼女に深々と礼をしながら、月見ちゃんと同じように挨拶する。
「こんばんは、夕星さん」
「あぁ、こんばんは、夜宵くん。どうだ? 仕事には慣れてきたか?」
「はい! お気遣いありがとうございます!」
彼女の名前は夕星 神那。歳は確か、二十九歳。
彼女こそが、私たちの待っていた『捜査零課』の捜査員であり、私にとってはさらにそれ以上の意味を持つ人でもある。
なにせ、彼女の紹介で、私は『解決屋』として働かせてもらっているのだから。
私に生きる希望を与えてくれた、といっても過言ではないのだから、所長たちと同じく、命の恩人と言っても差し支えはない。
彼女の恩に報いるためにも、この世界で『解決屋』の仕事をこなす。
今日の一件で、少しは恩を返せたと思った私は晴れやかに『仕事に慣れた』と伝えたつもりだった。
だが、何故か夕星さんは、私の言葉に対して悲しそうな顔を見せた。
「そうか……まぁ、いい……」
……? 何が、『まぁ、いい』のだろう……? 私は何か、気に障ることを言っただろうか?
しかし、そのことを聞く前に、夕星さんは自身の職務を遂行し始めていた。
「――で、そこの男二名が、今回捕まえた『演者』か?」
未だ気絶したまま縛り上げられている変態二名を指して、夕星さんが問いかける。
「はい。さっき連絡したとおり、『本性』は『誤認』と『鏡界』。護送する際には、注意を払ってください」
「分かった。厳重に拘束して護送することにしよう」
月見ちゃんの報告に、夕星さんが答える。
夕星さんの所作は自信に満ち溢れる、まさしく仕事の出来るかっこいい女性であり、正直、憧れる。
……まぁ、腰に見月ちゃんを付けたままなのが、若干気になるが……
「岩井! こいつらを特別護送車に乗せろ!」
夕星さんが突然、自分が出てきた路地裏の奥の闇に向かって、言葉を放つ。
「は~い」
すると、またもそこから、今度は軽いノリで男が出てきた。
服装は夕星さんと同じで白い軍服のようなものを着ている。細い目をしており、常に笑顔を浮かべているように見える顔つきが特徴的な男だ。
正直、暗闇から彼が現れるときに、一瞬、びびってしまった。そんな風に感じるほど、暗闇で見る彼の笑顔――といっても、これが彼の無表情なんだろが――は恐いものがある。
まぁ、彼には何度か会ったこともあるので、流石に悲鳴を上げることなどはしないが、それでも恐いもんは恐い。
「岩井さんもお久しぶり。あなたが佐藤さんにあたしたちを紹介したのよね?」
月見ちゃんがそんなことを言う。
彼の名前は岩井 寿。夕星さんの部下で、ほぼ毎回彼女と行動を共にしている。歳は二十五歳だったと思う。
そして、佐藤さんに私たちを紹介したのも彼である。
「えぇ。警察署で大変困っていらしたので……」
そう言いながら、岩井さんは変態二人を引きずるようにして、またも闇へと消えていき、戻ってきてから続きを話した。
「迷惑でしたか?」
「別に……確認しただけよ」
月見ちゃんはこれ以上、話すことはないと言わんばかりに、会話を打ち切る。
何故か、彼女は岩井さんが気に食わないらしい。
まぁ、生理的に合わない人というものもいるだろう。あまり気にしないことにしよう。
……しかし、私の知り合いには愉快な名前の人しかいないのだろうか?
夕星さんは初見じゃ読めないし、岩井さんは……なんだかおめでたい名前だし。
「どうかしましたか? 如月さん」
「うわおっ!?」
驚いて背後を見ると、いつの間にか岩井さんがいた。
……ってホントにいつの間に!? さっきまで私の前にいたよ、この人!
「し、心臓に悪い声のかけ方しないでください!」
「あぁ、すみません。ボーッとしている人に背後から話しかけるのが趣味なもので」
……そういえば、こういう人だった。
うん、月見ちゃん。私もこの人、苦手だ♪
「それで、もうあたしたちは帰っていいでしょうか?」
「え~、帰るの~?」
見月ちゃんのブーイングを受けながらも、月見ちゃんが夕星さんに聞く。
「あぁ、少し待ちたまえ。君たちには、至急、向かってもらいたいところがある」
? 突然、何を?
私が疑問に思っていると、岩井さんが続きを言う。
「釘藁さんや時任さんも既に向かってもらってます。こちらで車を用意しましたので、どうぞ」
そうして有無を言わさず路地裏から出され、すぐ近くにあった車の後部座席に私たち三人は乗せられる。
……これって、拉致じゃない?
そんなことを考えている間に、夕星さんと岩井さんも乗り込んできた。
「すみません、ちょっと急ぎますんで」
そう言って、運転席の岩井さんは、助手席の夕星さんに何やら合図を送る。
そして、夕星さんは頷いて、窓を開け、車の上に何かを取り付けた。
「じゃあ行きます」
その一言がスイッチだったかのように、車の上の何かが音を鳴らし、赤く光り始める。
そう、泥棒さんが聞いたら、思わず逃げ出してしまうかのようなその音は、
紛れもなく、パトカーのサイレンの音だった。
「ちょ、これ、覆面パト――っ!?」
「舌噛みますから黙っててくださいね~」
その後、私が車の中であげた悲鳴は、爆走する車の音とサイレンにかき消されることになった――。