表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/18

                  鏡の中2

 ――そんな趣味の悪い『都市伝説』なんか、作られてたまるかっ!!

「――っ!?」

 間違いなく、佐藤さんの腕を掴むはずだった男の手は、空を切っていた。

 佐藤さんは既に洗面所を脱出し、玄関横にまで避難している。

 男は完全に、佐藤さんとの距離感を見誤っていたのだ。

 何が起きたか分からず、明らかに混乱する鏡の男。

 そこに、

「今よ夜宵! 鏡を叩き割りなさい!」

 月見ちゃんの指示が飛ぶ。

 私は指示通り、鏡を叩き割ろうとする。

 鏡の男は、私が何をするのかを知り、即座に腕を引っ込めようとする。

 しかし、私のほうが速い!

「はぁぁぁぁっ!」

 気合一閃、鏡に蹴りを入れる。

 緊急事態につき、土足だったので、鏡は問題なく割ることが出来た。

 鏡がひび入り、砕け、欠ける音が耳を突く。

「ぐうぅっ!」

 同時に、鏡の男が割れた鏡から転がり出てきた。

 すぐに私は、床に転がった男を取り押さえようとするが、男はこちらの予想を上回る身のこなしで立ち上がり、玄関のほうに逃げようとしていた。

 ちっ! 案外、運動神経がいいなあいつ!

 しかし、そっちに逃げても無駄だ。

「――っ! ちっ!」

 鏡の男は、玄関のほうを見て、舌打ちしながら、リビングのほうに後退る。

「――残念ながら、こっちは通行止めよ」

 双子の妹、月見ちゃんの声が響く。

 玄関には他にも変態小物の人見と佐藤さんがいる。私も洗面所から出て、状況を確認した。

 上半身、ブラだけだった佐藤さんには月見ちゃんが自身のコートを羽織らせており、人見にはタオルで目隠しをしていた。

 か、完璧な配慮だな、月見ちゃん……

「せ、せっかく! 下着姿が見られると思ったのにぃぃぃぃっ!!」

「うるさい黙れ変態小物。潰すぞ」

「す、すみませんごめんなさい」

 なんか、この場に似つかわしくない魂の叫びが聞こえるのは置いといて……

 私はリビング側にいる鏡の男の動向に注意を向ける。

 男もこちらの動向を確認しながら、じりじりと後ろに下がろうとしている。

「逃げようとしても無駄よ。水鏡(みかがみ) 中也(ちゅうや)さん」

 私の後ろから、男に投げかけられた月見ちゃんの言葉を聞いて、男は僅かに表情を変える。

「…………」

 無言でこちらを睨みつけてくる鏡の男――水鏡に対して、月見ちゃんはさらに言葉を投げかける。

「なんで名前が分かるのか、って? あたしの『本性』にかかれば、その程度、簡単に分かるわよ――そうねぇ~、他には、あんたの『本性』は『鏡界』ってもので、鏡の世界を自由に行き来できるようになることとか、鏡の世界からこちらの世界に干渉している最中に鏡を割られると強制的にこちらの世界に戻されることとかも分かるわね」

 この言葉を聞き、水鏡は何も言ってこない。

 しかし、その表情はかなり険しい。

 それは月見ちゃんの言葉が正しいからであろう。彼女の『観察』にかかれば、この程度の情報はすぐに得ることが出来る。

 さらに、彼女は水鏡の思考を読み取り、彼の中に浮かぶ疑問に答えていく。

「あたしたちがここにいる理由? そんなもん、もう一人、佐藤さんを狙っている奴がいることに気付いたからよ。この部屋に戻ってきてみれば、鏡に映るあんたが佐藤さんを脅かしていた場面だったから、『観察』する時間もあったってわけ」

 実際は、かなり際どかった。マンションを出る前に気付いてよかった。佐藤さんが玄関の鍵をかけ忘れていたこともラッキーだった。

 そして、『観察』の時間を稼ぎ、佐藤さんの安全も確保するために、彼がいてくれたことも幸運には違いない。

「なぜ、あんたが佐藤さんを捕まえれなかったか? ここにいる変態小物の『本性』のおかげよ。彼の『誤認』はあんたの感覚を『誤認』させる。つまり、あんたと佐藤さんの距離感を『誤認』させたってわけ」

 そう、変態でも小物でも、使い方次第。彼の『本性』はかなり使える部類のものだ。

 まぁ、今現在、目隠しされていじけている本人には、どうでもいいことだろうが……

 なんにせよ、佐藤さんを守ることは出来たのだ。

 今はとりあえず、目の前の犯人に集中すべきである。

「――分かった? あんたの考えは全部、あたしには分かっている。何をしようとしても無駄なのよ。大人しくお縄につきなさい」

 月見ちゃんが水鏡に脅しをかける。

 これで彼が諦めて、大人しく捕まってくれれば、何の問題もないのだが――

「――はっ!」

 水鏡は、私たちをバカにしたような眼を向け、嘲笑する。

 その態度がむかついた私は、怒鳴りつける。

「――何がおかしいのよ! リビング側に逃げ道はないわよ! 鏡はないし、ここは五階! 玄関には私たち『解決屋』三名が詰めている! 大人しく捕まったほうが身のためよ!」

「くっくっくっくっ! はははははははははははははははっ!!」

 私の言葉を聞いて、さらに笑いを大きくする水鏡。

 ……本気でむかつくな、こいつ……

 私はちらり、と月見ちゃんを見る。

 すると、月見ちゃんは水鏡の思考を説明してくれる。

「……なるほど。あんたの『鏡界』は鏡だけじゃなく、姿が映るものなら何でも鏡の世界への入り口になるわけね……」

 なっ!? それって、つまり……

「リビングのテレビやベランダのガラスでも構わないってこと!?」

「きひひひひっひひひひひぃぃぃっ!!」

 私の驚愕の声に、水鏡は狂ったような笑い声で答える。

「――で、あんたは元・陸上部で、これだけの距離があれば、あたしたちのようなガキ三匹と目隠しした男、恐怖で凍り付いてる女一人が追いつけるわけない、と……」

 続けて明らかにされた事実に、私は思わず歯噛みする。

 彼と私たちの間は、約二メートル。腕を伸ばせば届く、という距離ではない。

 よほど自分の足に自信があるのだろう。気持ち悪いニヤケ面をこちらに向ける水鏡。

 うわぁ、ぶん殴りてぇ……

「――あんたの自信は分かったけど、止めといたほうがいいわよ」

 最悪の事実を知ってなお、

 月見ちゃんは余裕の表情を浮かべ、水鏡に忠告する。

「ひひひひひっ!!」

 しかし、そんなことは勿論気にも留めず、水鏡は私たちに背を向けて、逃走を始める。

「ま、待て!」

 私の制止の言葉も聞かず、水鏡はリビングに突入し、

「ひひひひひ――ひっ?」

 突然、身体を回転させ、背中から床に落ちていくように倒れた。

 激しく床に叩きつけられる音が響く。

「かはっ――?」

 水鏡は背中を強打したダメージで咳き込む。その隙に、私は彼に近づき、腕を取り、絞り上げて、後ろ手に拘束する。彼には何が起こったのか分からなかっただろう。

「だ~から、止めとけって言ったのに……」

 私の耳に、やけに呆れた口調の月見ちゃんの言葉が聞こえた。

 そして、月見ちゃんはリビングにいた、ある人物に声をかける。

「お疲れ様、見月ちゃん♪」

「ど~いたしまして、月見ちゃん♪」

 そう、月見ちゃんの双子の姉、見月ちゃんだ。

 見月ちゃんは嬉しそうな顔をしながら、玄関にいる妹、月見ちゃんに駆け寄る。

「保険、かけといてよかったわね」

 私の呼びかけに双子が頷いて答える。

 何のことはない。見月ちゃんには最初からリビング側に待機してもらっていたのだ。

 相手の『本性』は不明確。逃走経路として考えられる場所を押さえておくのは当然のことである。

「……っ!?」

 水鏡が驚いたような顔をして、何かを言いたそうに口をパクパクさせている。

 それを見た月見ちゃんが、蔑むような笑いを浮かべ、水鏡の疑問に答え始めた。

「何で見月ちゃんがリビングにいる、ですって? さっきまで確かに玄関側にいたはずだって? そうねぇ~、あんたはそう感じたかもね」

 そんなことを言いながら、月見ちゃんは自分の横に立っている目隠しされた男を引っ張り、水鏡の視界に映らせる。

「で? あたしはこいつの『本性』を説明してあげたわよね?」

「――っ!!」

 今の一言で、完全に自分に起きたことを理解したらしく、呆然とする水鏡。

 そう、変態小物、人見の『誤認』を使い、あたかも見月ちゃんは玄関側にいるように『誤認』させたのだ。

 こうすることで、リビング側への注意を薄れさせ、確実に捕まえようとしたのである。

 これが、私の言った保険の意味だ。

 そして、見事それに引っかかった水鏡は無防備にリビングに飛び込んだところを、見月ちゃんに捕まり、そのまま大腰を決められた、というわけ。

 それにしても見事に嵌ってくれたものだ。この保険を考えた私としては、清々しい気分を存分に味わうことができた。

 水鏡は突如、がくりと俯き、そのまま動かなくなる。状態を確認してみると、どうやら肉体的ダメージと精神的ダメージが大きすぎて、気絶してしまったようだ。

「ごめん、月見ちゃん。こいつも縛ってもらっていいかな?」

 私は月見ちゃんに応援を求め、水鏡を彼自身の上着で腕を拘束する。

 そしてそのまま月見ちゃんに水鏡の見張りを頼み、未だ茫然自失の佐藤さんに話しかける。

「大丈夫ですか? 佐藤さん」

「……あ」

 話しかけられた佐藤さんは、不意に涙を流し始めた。

 今までの緊張が途切れたせいだろう。

「うああああああんっ!」

 私にしがみついて、泣きじゃくる佐藤さん。

「……ごめんなさい、私たちのせいで、あなたを危険で恐い目に会わせてしまいました……」

 そう、この涙を流させたのは、鏡の男、水鏡ではない。

 油断した私や双子、つまり、『解決屋』の責任だ。

 責められても文句は言えない。結果オーライなんて都合のいい言葉で片付けられてはいけない話なんだ。

 彼女からの罵倒は全て受け入れる。そんな覚悟で私は彼女の言葉を待った。

 しかし、

「ひっく、た、助けてくれて、ありがとぉ……っ!」

 彼女の口から出たのは、感謝の言葉だった。

「そ、そんな! 私は感謝されるようなことはしていません! 私たちがもっとしっかりしていれば、あなたをこんな目には……」

 そう、もっとしっかりしていれば……

 いつだって、私はそう後悔する。

 もっと、私がしっかりしていれば、

 あの満月の日も、あんな目には会わなかったのだから……

 そんな風に、卑屈になっていた私の心を、

「それでもっ! 助けてくれましたっ! 私はそれが嬉しかった! ありがとう、如月さん、見月さん、月見さん……『解決屋』の皆さん!」

 佐藤さんの言葉が、少し救ってくれた。

「……ありがとう、佐藤さん」

 泣きじゃくるあなたには聞こえなかったかもしれないけど、お礼を言った。

 あなたは知らないだろうけど、

 あなたは間違いなく、私の心を救ってくれたから――

「……あの~」

 なんて感傷に浸っていると、なんだか間抜けな男の声が聞こえてきた。

「どうしたの~?」

 見月ちゃんが声の主――変態小物に聞く。

「そろそろ目隠しを取っても、構わないでしょうか?」

 もじもじしながら、そんなことを聞いてきた。

 ……まぁ、彼には結果的に協力してもらったわけだし、そのくらいはいいか……

 あ、その前に佐藤さんに上を着てもらおう。

 そして、水鏡も玄関に移動させ、佐藤さんに上を着てもらった後、変態小物の目隠しを取ってあげた。

 変態小物は眩しそうにしながら、辺りを見回して、水鏡の姿を確認すると、見下した視線を飛ばしつつ、堂々と言い放つ。

「――ふん、これで分かっただろう? 正義は常に勝つものなのさ!!」

「「お前のどこが正義だぁぁぁぁぁぁっ!!」」

 私と月見ちゃんのツープラトン――クロス・ボンバーが変態小物に炸裂したのは、言うまでもない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ