プロローグ
皆さんは、人間には『本性』というものがある、というのを知っているだろうか。
国語辞典などには『もともとの性質』といった言葉で説明されているだろう。
そんな当たり前のこと、知ってるに決まってんだろ、と思っている人にはつまらない話かもしれないが、もう少しだけ私の話を聞いてほしい。
これはきっと、本当はあなたも知らないことだから。
この『本性』というものを、たいていの人間は『理性』というもので、抑え、隠しながら生きている。
しかし、この『理性』というものは、ときに消滅することがある。
では、『理性』が消え、『本性』が顕わになると、人間はどうなるのか――
満月が綺麗に見える夜のことだった。
「きゃああああああああ!!」
少女の叫び声が、響き渡る。
しかし、普段から辺りに人気はないこの道で、悲鳴を上げても意味など無いに等しい。
必死になって逃げ回る少女だったが、勢い余って転倒してしまう。
「あぐっ!!」
衝撃により、苦悶の声をあげる少女。
しかし、すぐさま立ち上がろうとする。
なぜなら、そうしなければ、
「っ! ひっ! ひぃぃぃぃぃっ!!」
殺されてしまうからだ。
誰に?
それは勿論、先程から少女を追跡している、
「ぐるるるるるるるるっ!!」
狼のような生き物に、だ。
何故、狼と断定できないのか?
見た目は完全に狼であるのに、その生き物は、人間のように二足歩行をしているからだ。
そう、それはまるで、
『物話』や『怪談』に出てくる『人狼』のような異形だった。
そんな異形が、口から涎を垂らし、その鋭い犬歯を見せつけ、鉄でも引き裂けそうな爪を少女に向けて、近づいてくる。
「いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
少女は喉も潰れかねないような大きな声を上げ、助けを求める。
しかし、そんなもの、都合よく来るわけがない。
「はっ! はっ!」
やがて、異形の放つ吐息が、少女の頬にかかるほど近くなった。
「あ……あぁ……」
そして、振り上げられた太い腕から繰り出されるであろう、その鋭利な爪を見上げ、少女は死を覚悟した。思わず、目を閉じてしまう。
「がああああああああああああっ!!」
獣の咆哮が響き渡り、爪が振り下ろされる。
そして、少女の身体は、無残にも引き裂かれる――
――はずだった。
「ぎいっ!? ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
突然、獣が悲鳴を上げる。
恐怖で目を瞑っていた少女は、様子を確認しようと、薄目を開ける。
すると、少女を襲おうとしていた獣は、
光輝く縄のようなもので、縛られていた。
いったい何が起こったのか、少女には理解できなかった。
「ぎゃああああああああああっ!!」
獣が苦しげな咆哮をあげる。光の縄を引き裂こうと暴れるが、どうしても縄は外れない。
やがて、その獣の背後から、声がかかる。
「無駄だ。俺の『束縛』は対象を放しはしない。暴れても疲れるだけだぞ」
そして、大柄な顎鬚を蓄えた男が姿を現した。
パーカーとハーフパンツ姿という、あまりにもこの場に似つかわしくない格好をしたその男は、タバコをふかしながら、無造作に獣に近づいていく。
「都市伝説名は『狼男』、『本性』は『獣化』、その欲望は『抑圧からの解放』――だったか?」
少女には、男の言っていることがよく分からなかった。
あまりに理解しがたいこの状況に、少女が対応に戸惑っていると、
「大丈夫ですか?」
突然、少女の後ろから声がかけられる。
少女が振り返ると、スーツ姿の若い、茶髪の男が立っていた。
「すみません。恐かったでしょう? すぐ、終わらせますから……」
そう言って、若い男はその獣に近づいていく。
「おう、逢魔。早いとこ終わらせろ」
そう言って、大柄な男が若い男に話しかける。
「はい、丑三さん」
すると、若い男は苦しがる化け物の身体に自身の手を当てる。
「僕の『本性』は『干渉』……君のその『本性』にも『干渉』することができる……!」
獣の身体が、光に包まれていく。
「あ、あ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
獣の悲痛な叫びが響き渡り、光と共にその身体は消失していく――
――そう、今の話の獣が『本性』を曝け出した人間のなれの果てだ。
『理性』を失った人間は、自身の『欲望』を満たすために人を襲ったりする。
そして、事件を起こすことで噂が一人歩きするようになると、『怪談』や『都市伝説』といわれる『物語』が出来上がる。
全ての人間が人を襲うようになるわけではない。人によって、起こす現象は違う。
ある人は、全てを『束縛』する縄を出せるようになったり、ある人は、他のものに『干渉』する力を持つようになる。
そう、先程出てきた、謎の男たちも、『本性』を曝け出した者たちなのだ。
しかし、彼らは、自身の『本性』をコントロールする力を身につけ、『欲望』を満たすために人を襲ったりなどはしない。
むしろ、助ける側の人間となった。
そして、このとき、私も彼らに助けられた。
もうお分かりだろう。先程の話は私の体験談だ。
彼らがいなかったら、私はどうなっていたことか、想像するだけで恐ろしい。
私は彼らに感謝し、そのお礼と言ってはなんだが、彼らの役に立とうとしている。
彼らの仕事は『世の中の不思議なことを解決する』、つまり、『怪談や都市伝説のような物語を解明する』ことだ。
その職業を『解決屋』という。