ちょっとだけすごいモブ ギルド依頼編
いわゆるTRPG的な世界での、ギルドでの「冒険者以外の仕事」を書いてみたくて書きました。
転送や計算能力、後始末用の能力など、主人公にはなれないしめちゃくちゃ強いわけでもなギルド員の話です。
・依頼前調査
「はー」
登った大樹の上で、深々と彼はため息をついた。
冒険者ギルド所属偵察員として、仕事が「正しい難易度」であるかを計るのが彼の仕事だ。
たとえば採集の仕事はもっとも安くて易い仕事とされている。
だがその近辺に何が生息しているか、あるいは何が発生する……しやすいか。
それで難易度が変わるのはよくあることだ。
出会いがしらの事故を防ぐためのそれは、いわば小さな保険といったところか。
採集の仕事で例えはしたが、実際に採集の仕事に偵察員が出張ることはほぼない。
周辺の地図やこれまでの資料などをもとにすれば、まず事故はおきない。
彼が出るのは、もっと危険度の高い仕事。
今受けている、「出現したゴブリンの群れの調査」などになる。
ゴブリンの群れは村の近くまで来ており一刻を争うのだが、もし敵戦力を見誤れば死人が出るような事態になる。
先行調査をつけ、第一陣到着より先に規模を計る。
必要なら追加人員を出させる。
この仕事に必要なのは、相手の力量を計る力だ。
彼の見たところ、ゴブリンの群れは三十匹を数える大規模なもの。
姿を見られてしまい、射かけられたがなんとか逃げられた。
彼が逃げ込んだ大きな木の上は葉がしげり、上手いこと彼の姿を隠してくれている。
何匹かゴブリンが下をうろついているが、自分たちが木に登れないせいか彼が木の上にいるということは考えられないようだった。
「退かせておいて正解だったな」
同行者はすでに近隣の村に行き、老人や女子どもを先に逃がしはじめていた。
しんがりに男たちがつく形だ。
もし何もなければ村に戻ればいいだけ。
だが避難せずに村を守るとなれば、村の守りを固めるための人員も余計に必要になる。
守るものは少ない方がいいに決まっている。
そうやって、後ろを気にしなくてもいい戦況を作りだすのが彼らの仕事だ。
「三パーティーは欲しいな。魔法使いが要る。それから、逃げられた場合に備えて追跡できる狩人か野伏がいるな」
ぽつぽつと独り言をしながら、彼は報告をまとめる。
その間にも腕に包帯を巻く手はとめない。
革の上着の上からほんのわずか、刺さらずに済んだのは幸いだったが、ゴブリンは悪食だ。
食物にする獲物に対しても毒矢を使う。
そういった点で毒消しを使わざるを得ない。
「くそ、稼ぎが消える……」
御多分にもれず、毒消しのたぐい、つまり便利なポーション類は高額だ。
ギルドからの薬はそれなりの割引がきくとはいえ、使った分だけ払うシステム。
無駄に使えない上に、誤魔化せない。
しょんぼりとしながらも報告を頭の中にまとめあげる。
「よし、」
もういいだろう、撤退のタイミングだ。
彼の仕事は調べものであって、ゴブリンを倒すことではない。
それはこれから先、ギルドから仕事を請け負う冒険者のものだ。
彼はもう一度自分の体を調べる。
怪我らしいものはとくになく、荷物も無くしたりしていない。
調べものも、完璧とまではいわずともまとまっている。
今回のゴブリンの群れは三十匹。
構成はノーマルなゴブリンが二十五匹。
大型が三匹、魔法を使うのが二匹。
大型が魔法使いを後ろにまわしていることから、魔法使いのどちらかが群れの頭だろう。
二十五匹は弓矢や石斧などで武装している。
装備自体は粗末なものだが、中に鉈などが見られることから、遭遇した人間を襲って奪うことを学習しているため冒険者が返り討ちにされた場合、凶悪化を誘発する可能性が高い。
ゴブリンの学習能力の高さは侮れない。くれぐれも気を付け、逃がさないようにするのが肝要だ。
ノーマルなゴブリンを一匹逃しただけで仕事を失敗と見なすのは、次の被害の芽を作ってしまったことと併せて、強力なゴブリンを作りだす素になってしまうからに他ならない。
大型ならまだマシ。
魔法使いタイプもまぁなんとかなるだろう。
この「上」がまだいるというのがなかなか悩ましく、悍ましい。
上級ゴブリンがいるだけで統率がよくなって、討伐にてこずるようになる。
結果的にギルド側も強力なパーティーを出さざるを得なくなるし、報酬も高くなる。
……幸いこの森の背後は谷、群れがねぐらにしている場所もどんづまりにある。
逃げにくいだろう。
さぁ、依頼を出す際に必要な情報は揃った。
情報をまとめた羊皮紙をくるりと丸め、小さく結ぶ。
彼がそれを握りこむと、次に手を開いた時には消えていた。
あの羊皮紙は、今頃ギルドの受け取り箱の中に入っているはず。
転移魔法。逆アポートとでもいうべきか。
思う場所に物質を送り込む。
とはいえ彼の場合は手の中に全部隠れるもの、その上で送れる場所はひとつしか設定できないのでさほど万能ではない。
だがこの魔法があるからこそ、彼は偵察員として重宝されている。
さて後は彼自身が戻るだけ。
周囲の気配をさぐれば、すでに彼を見失ったらしくゴブリンのものはない。
とはいえ、長居をすれば見つかるだろう。
音をたてないように降りると、彼はまっすぐ森の外を目指した。
後ろは見ずにひたすら走る。
「よう」
もうすぐ森が切れる、そのあたりで合流した気配に、彼はそちらを見ることなく声をかける。
「上首尾だ。荷物を載せて一部の家畜も連れ出せた。鶏なんかはまぁ、あきらめてもらうしかなかったが」
走りながらでも滞りの無い声は、遠隔会話の魔法によるもの。
しかしながら同僚のそれも彼の転送と同じく範囲が狭いため、並んでいるときくらいしか使えたものではないから、遠隔とはとてもいえない。
「それでも牛だの馬だの、ましてや子どもだの年寄りだのをやられるよりマシだろ。後は強いのに任せて退散だ」
家畜は大型になればなるほど価値が高い。
だが動かすだけならともかく逃げた先では面倒になるから連れて行かない、さらには自分たちは残るといいだすものたちが、こういった事態では必ず出る。
村人は避難せよと決まった場合、それらを説得して避難させるのが同僚の役割だった。
もし残らせれば、必ずといっていいほど被害が出る。
これはなにも、被害を防ぎたい善意からばかりではない。
冒険者からすれば守るものが増え、ゴブリンからすれば容易い獲物が増えているのだから難易度が跳ねあがるのは当然だろう。
世知辛い話ではあるのだが、ギルドからの救援が到着した後の被害は「防げるもの」と村人は思い込むものだ。
偵察が主な任務となる彼ら先遣隊は、本隊となる冒険者のパーティーよりも戦闘力が低いことが多く、しかも人数も二人や三人がせいぜいで防衛戦は最初から無理だ。
だからこその説得。
「あとは一旦隣村まで俺たちが退けば終わりだ」
「急ぐか」
森を抜けてすぐに村の牧草地が広がる。
その向こうが麦畑。
最初はここに放っていた羊がやられ、熊かと狩人が森に向かったところゴブリンが見つかった。
今のところの被害は羊だけだが、それはこの村だけの話。
群れの規模からすると、発見されていない被害がどこかに出ている可能性もある。
もしかしたら助けを呼ぶこともできずに、森に消えた狩人たちがいたかもしれない。
……村の一つ程度、潰されていてもおかしくない。
それを思えば、気が重いが、
「まぁ、この村は助かったんだ。よしとしよう」
「そうだな」
彼の気持ちに気づいた同僚が声をかける。
「ギルドまで戻ったら」
「ああ」
この村の周辺も調べなくてはならない。
それもまた彼や彼の同僚の仕事だった。
彼は気を取り直して足を速める。
無事討伐が終わったら、その調査の仕事が始まるまでの期間を少し休息に充てようと彼は思った。
もちろん、それができるならの話で、たいていはすぐ次の仕事にかかるか、前の仕事の調査が待っているのだけれど。
でも今夜はちょっといいエールの一杯くらい許されるだろう。
ギルドの食堂の、動物系魔物のグリルセットを思いながら彼はひたすら走った。
・依頼募集
彼女は手早く募集要項をまとめ直していた。
第一報があった時点で仮に作っていたものは破棄しなければならなかったが仕方ない。
急がねばならないなりに、強調したいところに下線を入れたり、大きさを変えたり。
パッと見で危険な戦闘を伴う依頼であることがわからなければならないからだ。
ゴブリン三十匹の群れの相手ともなれば、三パーティーほどはいなければいけない。
できれば範囲攻撃、可能なら睡眠魔法を習得している魔法使いがのぞましい。
だが睡眠魔法は複数を一気に無力化できるという使い勝手が良い反面、それゆえに習得が難しい。
(考えてみてほしい、ある意味体のリズムを狂わせる魔法だ。簡単な魔法ではない上、とても危険な魔法なのだから)
そうなると次点で必要なのは、罠の察知や追跡を得意とする狩人や野伏、盗賊……が二人はいるだろうか。
群れが分かれる可能性もある。
それを中心に置いて守れるだけの人材となると、上位パーティーでだって限られる。
この街の周辺はダンジョンが少なく、平原でのスタンピードを防ぐような重装戦士は多いのだが、対してダンジョン向け・野外探索向けの技能を伸ばさないものが多い。
結果として、もっともそちらの技能が高いものはギルドの偵察員という状態になってしまっている。
だから冒険者への依頼の内容の精度自体は高いのだが……。
「はい、できた。チェックよろしく」
「おつかれー」
まとめたものを同僚に渡すと、同僚は自分の手元の資料と見比べて、入れそこなっている事項や間違いがないかを調べていく。
「大丈夫。じゃあギルド長に出しておくね。この条件ならもう声かけはじめたほうがいいかも」
最低限必要な人材はわかっているのだから、そこを押さえておくのは初手としては必須だろう。
「そうだねぇ……人数要るし。ありがと」
「早めに声かけておかないと別の仕事に行っちゃうしね」
「それおきたら最悪だよ」
もしそうなれば、足りない分ギルドの所属員を出さないといけなくなる。
どんなことでもそうだが、派遣元の人間は監査を思わせて煙たがられる。
気持ちよく、思い切った仕事をしてほしいなら環境を整えるのも大事。
そしてそれもまた彼女たちの仕事。
ギルド長の承認を得て、掲示板に貼りだす前にちょうどやってきていた該当するようなパーティーを捕まえた。
「ああ、お疲れの所すいません、あなた方のパーティーにお願いしたいものがありまして」
このパーティーはリーダーが野伏。
これ以上案件に合致するようなパーティーはこのギルドにいない。
「ゴブリンの討伐なんですが、群れを作っていて」
ベテランの彼らはそれだけで深刻さを理解する。
「避難は?」
「先行調査員がしてくれました」
「わかった、引き受けよう」
避難に人手をとられては、戦闘に数を回せない。
かといってそういった場合に見捨てられないような気質ゆえに、彼らは信頼のおけるベテランなのだが。
「他には……ああ、まだ募集状態なのか」
「ええ、情報がやっとまとまったので」
「急ぐんだろう? 他にも声をかけておこう」
「助かります」
こういうところも、また。
パーティー同士のネットワークはなかなか得難いものだ。
このギルドは前述のとおりダンジョンが少ない地域で、ゆえに大型・大量の魔物との連携しての討伐が多くなり、結果パーティー間の仲も良好になりやすい。
ライバルであると同時に戦友であるといえるだろう。
掲示板に玄人向けを意味する赤いピンを使って彼女が貼りだした依頼書をあらためて確認したリーダーの男は、メンバーを呼んでいた。
数を見れば難敵ではあるが、決して無謀な相手ではないはず。
彼女は自分の仕事が一区切りついたことにほっとした。
その後もゴブリン討伐を頼める人員を揃え、仕事内容を彼らに説明、質問に答える。
出発したらまた一区切り。
冒険者パーティーが仕事にかかっている間もギルドの仕事や世の中が止まっているわけではない。
他にも持ち込まれる仕事の仕分けや内容の確認をおこなう。
今現在彼女に持ち込まれた次の仕事は少し遠方への運搬依頼。
依頼人はごく普通の町人だし、中身も親戚の見舞いの品物。
そして街道を使って行動するよう、ルートの指定が入っている。
これは品物がこわれものであるため、という理由がつけられている。
それらについてひとつひとつを詳しく調べるが、とりあえず怪しいことはない。
街道を通るなら魔物に遭遇することもないだろう。
初心者、駆け出し向けの依頼であると判断して、彼女は依頼書を仕上げた。
それを初心者向けを示す緑のピンを使って掲示板に貼りだす。
すぐにわらわらと何人かが見に来たのを背にして、彼女はギルドの建物に入ってきた集団へと近寄った。
「おかえりなさい、どうでしたか?」
集団は彼女自身が数日前に見送ったパーティー。
彼らの仕事は村に出没していた鹿を追い払うこと。
パーティーによれば畑を荒らしていたのはたった一頭だったが、けた外れに大きくなっており、なかば魔物になりかかっていたという。
ギルドもそれは想定していたため、獣のみならず魔物としての対処も含め、ある程度場数を踏んだパーティー向けの依頼にしていたのが当たったようだ。
本来はそれほど難易度が高いわけではない害獣退治だが、ターゲットが魔物になりかけであるとなれば話が違う。
獣と魔物ではほぼ別物、難易度が跳ねあがる……。
これ、退治の証拠と出されたうちの鹿の角はたしかに歪な形になってしまっており、尋常なものではないのが一目でわかる。
こういった角や毛皮といった害獣のパーツは討伐の証拠になると同時に副収入ともなるため、被害を受けた村と分けることになるが、魔物のものを取り扱うのはギルドだけになるため冒険者が受け取ることが多い。
「はい、では査定に出しますね。会計の作業をしますので、お待ちください」
受けとったものをもったまま事務室に戻る。
パーツを角、牙、毛皮などに分け、手早く重さを計ってそれと資料を引き合わせて、価値を決める。
魔物へと変異した獣は、その変異の進行で毛皮の色や角などの外見が変化していく。
その段階が表としてマニュアル化されている。
その段階と大きさ・重さを組み合わせて追加報酬の全体額が決まる。
計算は彼女の得意とするところ。
そも依頼の難易度計算という、数字にしにくいものを計上するのがメイン業務だ。
参照する数字があるから、報酬計算の方がたやすいくらい。
ちゃくちゃくと計算し終え、会計に書類を提出。
会計がそれを二人、そして会計長のチェックを経て金庫から報酬が出され、彼女はパーティーのもとへとそれを運ぶ。
「お疲れさまでした。こちらが報酬の全体額となります」
袋にしてあった布を広げ、中の貨幣を彼らの前で数え上げて、うちわけがどういった内容に基づいたものかを説明する。
歓声があがるのに、彼女はほっとする。
何ごとも無く仕事が終わり、報酬を出せる。
それが彼女のみならずギルド所属員たちの願いであり、喜びだ。
さぁこのパーティーの仕事が終わったら、また次の依頼書の中身を計算しなくては。
・依頼後の後始末
彼は周囲を見回した。
戦場にした場所は、村を避けたはずだがそれでも酷い有様。
折れた低木にひっかかっているもの、木の根元に転がされている者。
ゴブリンの死体が合わせて三十。
獣のような魔獣は解体していくらでも資源にできるが、ゴブリンのような人型に近いものはそうもいかない。
それにもうちょっと「純度」の高いオーガあたりであれば、逆にこちらが手を出さねば三日で分解されるのだが、ゴブリンは腐る。
獣に任せるには肉が多すぎて、狼などを呼んで村にまた損害が出るし、ヒトの形に近いものの味を覚えさせるわけにはいかない。
よって、「森に食わせる」のが一番手っ取り早く、あとくされの無い処理ということになる。
「……ふぅ」
数を確認した後、彼は適当なひらけた場所に手を向けた。
頭の中に浮かぶのは、三十分の一、一匹分のゴブリン。
ボンっと音がすると同時に、ひらけた場所の土が小山のように様変わりした。
正確には、掘り起こされた、だろう。
だいたい三十体分のゴブリンを、獣に掘り返されないくらい深くに埋められるくらいの体積分の地面をほぐした、といえるだろう。
土砂を穴から運び上げれば、あとは死体を放り込んで土を厚く被せ、土饅頭のようにして固める。
それでも三十体の体積分の土が残っているので、彼はもう一度同じしぐさをした。
土の中から潰れた音がして、土饅頭が穴に変わるほどへこむ。
彼の使った魔法は「ほぐす」もの。
分解とよべるほど強力ではなく、分割というほど器用なわけではない。
土を耕すのと似ている。
固く締まった地面でも、畑の土のようにふかふかにできる。
それこそ溶岩だろうが岩石だろうが、ほぐせる。
畑仕事には重宝するが、それ以外では……今のように「森に食わせる」下ごしらえに使うのが多い。
それもさきほどのように、あらかじめ蓋をするなりしないと土やら岩やら以外では大惨事になってしまう……。
同じように土を穴に詰め込んで、上から踏みつけて固めていく。
また多少の土饅頭のようになったが、それでも片づけが終わったことに彼はほっとした。
村の森は無惨な有様になったが、それでもゴブリンがこのまま暴れまわっていればこんなものでは済まなかっただろう。
一段落すると、彼は予定表をたしかめた。
ゴブリンの後はこの近くに化けキノコを退治したパーティーの後片付けがある。
日数やキノコという存在からしてもう分解はすんでいるだろう。
確認をするだけですむ仕事。
その後は……
「あ、こりゃやべぇわ」
彼は思わず口に出した。
ダイアーウルフ。
魔物化して、さらに巨大化した狼。
これが群れを率いた場合など、通常の狼であっても村一つ消えることすらある。
今回は上手いこと、といってはおかしいが一匹狼が変異したもので家畜の被害だけですんだ。
ただし、問題はそこからだ。
罠を仕掛けて仕留めることに成功し、毛皮も牙も骨もはぎ取った。
だが肉と内蔵の始末がよろしくない。
埋めただけですませてしまった。
運が悪いことに、そこは羆のテリトリー。
あれらは頭がいい。早くしないと持っていかれて……
「だから灰になるまで焼けって教えろっていっといたんだ」
次の仕事に急ぎたくなるのはわかるがと、彼は頭を抱える。
幸い、そう遠い場所ではない。
急げば夜までには焼却にかかれるだろう。
ここの始末は澄んだから報告はまとめて済ませることにしようと決めて、彼は目的地へと走ることにした。
到着早々に息を整えるだけ整えると、彼は次の仕事に移った。
村のものたちに場所を大まかに訊いただけで、特定はできた。
討伐したのは二日前のはずだが、まだまだ血の匂いが濃い。
魔物に成るのはいくつかルートがある。
そのうちのひとつが寄生虫だ。
正確には寄生虫型の魔物に餌兼住宅兼乗り物として快適に暮らせるように改造されてしまうというもの。
そしてそいつらが宿るのは肉や内臓。
経口摂取で寄生する。
ただ、寄生虫の魔物自体は大した脅威ではなく、食物として以外に体内に入ってくることも無い。
だからこそ肉と内臓を焼いてしまうのが一番の駆除であり、それ以上被害が広がるのを防ぐことができる方法。
「あー……」
食われている。
土の様子からして、どうやら埋めた次の日には掘り返されてしまったらしい。
肉はもっていかれていないが、内臓は残っていなかった。
……足元の柔らかな土には、くっきりとした足跡が二つ。
最悪の事態に、彼は頭を抱えた。
足跡の持ち主は熊、そして大小ということは親子。
親子の熊の魔物が生まれてしまった。
とはいえ、魔物になり切るまで……寄生虫が脳に達する、あるいは全身を侵されるまでは、摂取が昨日としてあと二日は余裕がある。
特に寄生の終盤から完了までは、宿主は痛みで動けなくなるという報告がある。
これにかけるしかない。
熊の行動時間から、彼は計算を始める。
人を集めて狩りだすために、狩人や野伏を揃えなくては。
魔物化する前に片付ければいいのだと思考を切り替えて、彼は前を向いた。
周辺の村々から人を集めたなかに、この近辺に詳しい狩人がいたおかげで熊の縄張りを特定できた。
その縄張りの中をさぐること、二日。
はたして発見のかなった熊たちは地面に倒れ伏し、白目をむいた状態で彼らの前にあった。
倒したわけではない。
寄生が終盤に入っている。
「撃て!」
声をかけながら、彼自身も素早く弓を引いた。
彼の指示に従って、狩人や野伏たちも間髪入れずにそれぞれの矢を二匹の熊へと撃ちこむ。
伏しているうちはまだただの熊。
ここでとどめを刺しきれば、ただの熊として終わらせられる。
自分の背をハリネズミのように変えていく矢を知覚はできなかっただろうが、痛みは感じたのだろう。
すでに肥大の始まった巨大な前足の爪が、地面を力なく引っ掻く。
その動きが止まるまで、攻撃は続けられた。
そして親熊が死んだその時、ゆらりの子熊が立ちあがった。攻撃が足りなかったのだ。
その目には鈍い赤光が宿り、よだれとともに開いた口の中の牙は、口中に収まりかねるほど大きくなっている。
もう自我らしいものは残っていないだろうことは、ぎくしゃくとした動きで知れた。
一息おいて、矢が突き刺さる。
このぎくしゃくとした動きが滑らかなものになったときが、魔物化の完了。
まだ、間に合う……。
子熊が天を仰ぎ、叫び声をあげる。
これが「産声」だと、人間たちの本能が教える。
それが、攻撃の手を急がせる。引きが足りない。刺さる矢が浅い。
彼はひゅっと息を吸い、弓を放るなり腰の剣を抜いた。
そのまま倒れ込むような勢いで足を踏みだし、刃を先に懐めがけて駆けこむ。
全体重をかけて、彼は子熊……もはや大人の背丈ほどにも膨れたそれの胸元に刃を喰い込ませた。
みしりと硬く締まった筋肉の内側へと刃を沈め、彼はその手をひねる。
子熊の口がかぱりと開き、しかしもはや吼える声はなく、くたくたと崩れ落ちた。
返り血を入れないよう強く引き結ばれた彼の口は、子熊が完全に沈黙するまで、閉じられたままだった。
今度こそ綺麗に焼き尽くして、あともう一仕事。
手抜きの処理をしたパーティーはあとから大目玉。
彼らに課されるそれなりの金額の罰金は、今回の協力者たちで分けることになるが、彼は職員であるためそれが給金に加算されることはない。
ひとまず被害があれ以上広がらなかったことを報酬とすべきなのだろう。
やはり片付けを文書化するなりして、徹底すべきだと彼は帰り支度をしながらぼんやりと考えた。
寄生系の魔物は、片付けだけであとの被害がなくなる。
それについて周知すれば被害が防げるのだから、やるべきだ。
さすがに今から件のキノコの魔物の後始末に向かうのは完全にオーバーワークと判断され、一旦ギルドに戻るように指示が出ている。
帰って一杯やりたい……。
そんなやくたいもないことを考えながら、炭化させた熊を埋めた地面に向かって彼は集中する。
土饅頭が平らになって、今度こそ片づけは終了だ。
彼は肩に手を置き、首を回しながら帰り道を歩き始めた。
読んでいただきありがとうございます。