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俺はリリック・ツカサ、悲しみを祓うさすらいのラッパーだ

作者: 高良 揚羽


「ようこそ」

 不気味な声が、洞窟に響き渡った。

 俺はごくりと唾を飲む。だがしかし、迷っている暇はねえ。


 目の前の蝙蝠男が気味の悪い笑い声を立てる。

「キシャシャシャ。さあて、どうやって遊んでやろうか? 超音波で耳をイカれさせてやろうかあ!?」


 興奮した蝙蝠男が黒い羽をはばたたかせ、俺の長い黒髪が揺れた。あーあ、せっかく無造作セットをしていたのに。

 俺は髪をかきあげる。


「耳を駄目にされるのは困るな。これでも商売道具なもんで」

「キシャシャシャ!」

「まあそんな興奮すんなって。お前のリリックより、俺のリリックの方がイカしてるから聞いてけよ」

「キシャ!? 貴様、私を愚弄するのか!?」


 すう、と息を吐いて、俺はマイクを構えた。待て、という蝙蝠男の言葉が、酷く耳障りだった。ダン、と足を踏み鳴らして威嚇する。ーー俺のリリックを乗せて。


「待てなんて誰が聞くか?乗るか逃げるかしかねえこの選択が、お前にはなんにもわかっちゃいねえ。バトルは常に先手必勝。これ決定事項。今からお前に徹底指導……」


 俺の名前はリリック・ツカサ。

 自分で言うのも恥ずかしいが、そこそこ名の知れたラッパーだった、そう、元いた世界ではーー。


 数々のヒップホップ大会で優勝し、ラップバトルでは最強の名を欲しいままにした。

 様々な番組のテーマソングを手がけ、今では老若男女幅広い世代に支持されるラッパー…それが俺だった。


 それが、今じゃどうだ。

 知らない世界に一人きり。

 残されたのは慣れ親しんだマイクとDJタケシの残像ーーそして、ラッパーとしての闘志。


 しかし、それで十分だと俺はモンスターどもとバトるたびに感じる。

 俺のリリックがマイクに乗り、パンチラインが力を伴って蝙蝠男を攻撃する。

 俺のリリックの『圧』に蝙蝠男は早くも屈服しそうになっていた。


 しかし、それじゃつまらねえ!


 俺は散々煽るようにリリックを重ねた。「お前は負ける、十中八九。お前に会えてビッグチャンス。嬉しくてお前にキスハグ。このままお前はギブアップ?」


 乗ってこい、乗ってこいよ……!


 俺が蝙蝠男を見ると、確かに負けを認められぬ闘志があった。俺は頷く。その目を待っていた。

 しかし、俺はそう甘くない。首を傾げて笑ってやる。「お前に何ができんの?」


 蝙蝠男はリズムを刻み出した。


「エイ、エイ……。俺はずっと洞窟。キャシャシャ」


「泣(鳴)くんじゃねえぞ。お前のリリックをぶつけてこいよ!」


「エイ。俺はずっと洞窟!たしかに光浴びてねえ!だけどお前に馬鹿にされる筋合いはねえ!ここから俺が出たら駄目なんだ。お前にゃわからねー。そうやって誤魔化して幸せになれたらいーななんて思っちゃっていーだろ。なんてお前にゃわかんねーのかもしれねーけど俺は信じてるんだ……」


 ラップとも言えない。不恰好なリズムの取り方。支離滅裂な文の羅列。

 しかし、確かに思いの乗った言葉は、すでに立派なリリックだった。


 リリックには力が宿り、たしかにリリック・ツカサを攻撃した。


「うっ。やればできんじゃねえか……」


 そうして、見えてきたのは蝙蝠男の悲しい過去。

 リリック・ツカサは言葉の魔術師。

 自らの言葉を力に変えられると同時に、相手から受ける力から隠された思いを受け取ることができるのだ。


 

『蝙蝠さん、これ食べて』

『キシャ?』

 それは、一匹の蝙蝠と幼い少女の姿だった。

 一人と一匹は、洞窟で良き仲間だった。ふたりとも、家族がいなかった。

 楽しいことを共有し、悲しいことを分け合った。

 しかし、そんなふたりにも終わりがくる。

『蝙蝠なんて! 伝染病が流行ったらどうしてくれるの! この疫病神!』

『やめて、叔母さん! やめて!』

『キシャシャシャ!』

 蝙蝠を見た少女の叔母は嫌悪の表情を浮かべ、蝙蝠を弓矢で打った。

 少女が手を広げて蝙蝠の前に飛び出し、矢は少女に命中した。

 蝙蝠には翼があった。

 だから、蝙蝠は飛ぶだけで無傷にすんだのにーー。



「はっ」

 俺は息が荒くなっていた。

 また、リリックに引きずられていたようだーー。


「だからお前はここを離れないんだな」

「キシャ……」


 俺は蝙蝠男の背後を見る。

 不自然に石を積まれた場所。まるで墓だ。……いや、まるでじゃない。

 おそらくそこに、少女が眠っているのだろう。


 すう、と俺は息を吸った。

 俺は聖職者ではない。墓に念仏を唱えるつもりはない。俺にできるのはーーラップバトルだけだ。


「墓まもって騎士ナイト気取りか?お前にとって少女はブライトホワイト。一途気取っちゃってカマトトぶって今夜俺とワンナイト?」


 畳み掛ける俺のリリックが、DJタケシの残像と呼応する。

 ユニゾン魔法が発動した。

 俺は舌舐めずして、この高揚感に身を任せた。

 体が音楽のビートに揺れ、知らず知らずのうちに蝙蝠男さえビートを刻んでいる。

 こうなればもう、最後のパンチラインをお見舞いするだけだ。

 蝙蝠男が俺にレスポンスを返してくる。悲しいビートに、体を揺れ動かしながら。


「キシャ、キシャ、お前に何がわかる。彼女はもう戻ってこない……!」


 だから、俺は教えてやった。


「戻ってこない?そりゃそうだ。だけど教えてやるよ。彼女はきっとお前の笑顔を願ってる。お前が忘れなきゃ彼女の存在もなくならねえ」


 俺は蝙蝠男の背後の墓を指差した。


「お前はすでにソウルメイト。そんなものなくたってお前はずっと彼女とトゥルーエンド」


 DJタケシの残像とハイタッチして、俺は今日のバトルを終えた。


 俺は洞窟を振り返る。静謐な空気の中で、一匹の大人しい蝙蝠が石に留まっていた。これが、蝙蝠男の正体だった。

 蝙蝠は俺を見ると、洞窟の外へと飛び出していった。


「あばよ! いいリリックだったぜ!」


 風に乗って、キシャ、という鳴き声が、なんとなく聞こえた気がした。


 俺の名前はリリック・ツカサ。さすらいのラッパー。DJタケシの残像とともにどこまでも行く。

 悲しみに取り憑かれた化け物を、祓うために。

お粗末さまでした

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