ウミガメのスープか?
「これをください」
男はレストランでウミガメのスープを注文した。
彼にとって特別な思い出のある料理だ。
配膳されたそれを口にした瞬間、
「違う、これはウミガメのスープじゃない」
「いえ、お客様。こちらは注文通り、ウミガメのスープでございます」
「じゃあ、あのとき食べたのはウミガメじゃなかったんだ。俺が食べたのは、あのスープの肉は……」
男はふらふらした足取りで店を出た。
船乗りだった彼は十数年前、無人島で難破した。
生存者は数名、食糧は底をつき、体力のない者は次々と亡くなっていった。
彼が飢えで死の淵に立たされたとき、
「これを食え、体力をつけるんだ」
仲間が肉の入ったスープを差し出してきた。
「もう食糧は無いはずじゃ」
「海でその、あれだ、浅瀬にいたウミガメを捕まえたんだ。新鮮だ、うまいぞ」
男はうなずき、懸命に食べた。
食べたことのない味だが、生きる糧とするために。
それからスープを食べ続け、10日後に救助された。
「あそこに食糧はなかった。魚を獲れるような道具もない。あったのは…………仲間たちの死体だけ。俺が食べていたのは──」
良心の呵責と禁忌を破った事実に耐えかね、彼は自死を選んだ。
数日後。
当時の仲間を呼んだ彼は真実を問いただしていた。
「教えてくれ、俺はあのとき、なんの肉を食べたんだ? 怒らないから本当のことを教えてくれ」
「騙して悪かった。あのとき、お前が食べたのは」
「俺が食べたのは?」
「心配して俺たちの様子を見にきた──人魚の肉なんだ」
「人魚?」
「ああ、事情を話したら自分の肉をちぎって渡してくれてな。ほら、人魚の肉を食べると不老不死になるっていうくらいだから、本人もその程度なら簡単に再生するらしくて」
「なるほど。そうか、どうりでな」
「?」
「てっきり仲間の肉を食ったと思って自殺をしようとしたんだが、どうやっても死なないからおかしいと思ったんだ」
今、一部で話題の人魚の肉。
オチが弱いが、勢いで。