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森での出会い

 基本的に屋敷の敷地内(ものすごく広い)で1日を過ごすことがほとんどだが、時々侍女たちとともに領地内の森や湖にピクニックに行く事がある。

 今日は、国境近くにある、イマーゴの森に行くことになった。転生してから知ったことだが、スキエンティアとイグノーランティアの間には、大きな砂漠がある。イマーゴの森は、その大砂漠につながる森で、奥まで入ることは禁じられている。しかし、入口近くは誰でも入ることができ、美しい花畑が憩いの場所として人気が高い。私達もそこで昼食を取る予定だ。

「楽しみですね!お嬢様!」

ガタゴト揺れる馬車の窓から顔を出し、くるんと巻いた尻尾をワクワクと揺らしているのは、私の侍女の1人、サシャだ。

「こらサシャ。はしゃぎすぎ」

その隣で顔をしかめながら、サシャの服を引っ張って引き戻そうとしているのは、同じく侍女のユアン。2人共、私が生まれたときからお世話をしてくれている。私にとっては姉のような存在だ。

「ごめんなさい…でも、イマーゴの花畑は本当にきれいなんですよ。お嬢様も絶対気に入ります!」

「だから、はしゃぎすぎ!」

「ユアンはもっと楽しもうよー!」

窓から顔を引っ込めて、馬車の中に戻ってきたサシャだったが、上がったテンションはなかなか下がらない。それをユアンが押さえるのが、いつものお決まりのやり取りだ。

 2人の言い合いを聞きながら、私も窓の外に目を向ける。穏やかな日差しを受けて、草木が生き生きと葉を揺らしている。屋敷の中も退屈ではないけれど、やはり外へのお出かけはわくわくする。

「ふふっ。楽しみね!」




 馬車を降り、少し歩いたところで視界がパッと開き、あたり一面に色とりどりの花が咲き乱れる広い花畑が現れた。その美しさに思わず「わぁーっ!」と叫んでしまった。

「すごい!とってもきれい…!」

「でしょうでしょう!」

なぜか得意げに言うサシャが、テキバキと昼食の準備を始めた。見た目の何倍も物が入れられるカバンから、敷物やイス、テーブル、ランチボックスなどが次々取り出され、手際よくセットされていく。テンションが高いせいで良くユアンに怒られているサシャだが、侍女としての能力はとても優秀なのだ。

「お待たせいたしました!」

あっという間に、ちょっとしたお茶会の様なセットが出来上がった。毎回、ちょっとやりすぎでは…?と思っているが、張り切って準備してくれているのを知っているので、それは黙っている。

「ありがとう!あぁ、お腹ペコペコ」

 それから、ユアンの入れてくれる紅茶や、屋敷のシェフが作ってくれた豪華なお弁当を食べながら、美しい花畑を楽しんだ。わたしたちの他にも、家族や友人同士で来ている人たちもいる。私と同じくらいの子どもたちもいて、キャッキャと笑いながら走ったり花かんむりを作ったりしている。

「そういえば、お嬢様も来年からいよいよアカデミーですね」

その子たちを見て、ユアンが思い出したように言った。それに頷いて答える。

「そうなの。緊張する…」

今は屋敷の中で家庭教師たちに教わっているが、来年からは領地を離れ、王都にあるアカデミーに通うことになっている。6歳になる年から入学が可能で、国中の貴族の子女が集う学び舎だ。

「お嬢様なら大丈夫ですよー! うちの妹は勉強全然だめなのに、学校行くのめちゃくちゃ楽しんでますから」

食器を片付けながら、サシャが明るく言った。サシャの妹は、確か8歳だったはず。

「学校…って、アカデミー、ではないよね?」

私が通う予定のアカデミーは、貴族か、高い魔力の適性を示したものしか入学出来ないはず。サシャの家は貴族ではない。では、サシャの言う『学校』とは一体何なのだろう?

「はい、領地内にある領営学校に通ってますよ!」

サシャは当たり前のように言った。

「領営学校?」

「そうです!我々平民は、基本的に領営学校に通うんですよ」

そう言ってサシャが聞かせてくれた話は、私にとっては驚くべき話だった。

 サシャの話によると、平民たちは6歳からそれぞれの領地が運営するいくつかの学校の内、家から近いところに入学するらしい。6歳から15歳までは誰でも無償で授業が受けられて、卒業後は働く人もいれば、授業料はかかるがさらに専門的な知識や技術を得るために、高等の専門学校に進学するという選択肢もあるという。

「学校って、貴族だけが行くものじゃないの…?」

思わずつぶやいてしまった。これだけ聞くと、貴族の傲慢な発言に聞こえてしまうだろう。幸い、サシャとユアンには聞こえていなかったようだが、しかし、私にとってはかなり衝撃的な事実だった。

 前世での私は、そもそも「学校」という存在を知らなかった。国の中のどこかには在ったのかもしれないが、少なくとも自分の周りで「学校」に行っている人を見たことはなかった。簡単な計算や、必要最低限の読み書きは、両親や近所の大人から教えてもらったが、それだけだ。歴史を学んだり、なにか技術を得たりする場所はなかった。しかし、この国では、前世での私のような平民も、皆学校に行って勉強しているらしい。

「そんな…そんなの…」


(なんて贅沢なの!)


拳をプルプルと震わせながら、ブツブツと呟く私に、ユアンが心配そうに「お嬢様…?」と声をかけてくるが、それどころではなかった。

 この世界に転生して、色々な事が学べるのは、領主の娘という特権階級に生まれたからだと思っていた。なのに、そうではないという。

 前世の「私」は、毎日を生きるのに必死……というわけでもなかったが、与えられた仕事をして、食べて、寝て。その繰り返しの毎日でしかなかった。学べる環境が羨ましいと思うのは、学ぶことの楽しさを知ってしまったから。その時は何も思わなかったけど、今の私と比べてみると、前世の「私」がいかに空っぽで退屈な生活を送っていたかが解ってしまった。

(何も、知らなかっただけなんだな)

私は、森の奥に顔を向けた。森の奥の、砂漠の向こうにある、前世の故郷。そこに暮らす人々は、今も何も教えられず、同じことを繰り返す日々を送っているのだろうか。そんなことを考えていると、少しだけでも元・故郷に近づいてみたくなってしまった。

「ねえ、ちょっとだけ森に入ってみてもいいかな?」

サシャとユアンに向かって言うと、2人はあまりいい顔をしなかった。

「森は危険です。立ち入り禁止なのは、お嬢様もご存知でしょう」

ユアンは控えめに、けれどはっきりと言う。しかし、私も簡単には引き下がらない。外にお出かけする機会は、(過保護な両親のおかげで)そう簡単にはやってこないのだ。

「お願い!そんなに奥までは行かないから。ねぇ、お願い〜!」

「ユアン、めったにわがまま言わないお嬢様がこんなにお願いしてるんだし、聞いてあげようよ」

できるだけ可愛くお願いしていると、サシャも加勢してくれた。眉間にシワを寄せながら、ううーっと唸っていたユアンだったが、2人からのお願い攻撃に根負けしたのか、渋々といった様子で「……本当に少しだけですよ」と了承してくれた。

 森は、木の枝葉が何十にも重なって陽の光をほとんど遮っているため思った以上に暗かった。さっきまで居た花畑と雰囲気が全く違う。これは、立ち入り禁止にしなくとも、わざわざ森に入っていこうという気にもならない。

「なんか、薄気味悪いですねぇ」

先頭をあるくサシャが、魔法で周りを明るくしてくれているので、真っ暗というわけではないが、たしかに静まり返った森はなんだか怖い。

「お嬢様、満足しましたか? そろそろ引き返しましょう」

「そうだね……ごめんね2人共、わがままに付き合わせて」

あまり長居したい場所ではなかったので、早々に引き上げることにする。次の授業で、フルール先生にイグノーランティアのことを詳しく聞いてみようかな……などと考えながらもと来た道を帰ろうとした、その時だった。

「お嬢様、ユアンの後ろへ!」

サシャが、鋭く叫んで臨戦態勢に入った。その声を聞いて、ユアンも素早く動き、私をかばう動きを取る。2人は私のお世話係兼護衛でもあるのだ。

 何事か……と驚きながら、サシャが鋭く睨む方を見ると、何か動く影がうっすらと見える。その影は、ゆらゆらと揺れながらこちらへ近づいてくる。

それは、人のようだった。

「止まれ!」

サシャの声にも止まる様子はなく、ふらふらと不規則な動きで近づいてくる。サシャがチッ、と短く舌打ちをして、相手に飛びかかろうとしたとき、

「……へっ?」

ドサリ、と音を立て、受け身も取らずその「人」は地面に倒れてしまった。今にも襲いかかろうとしていた相手が倒れてしまい、サシャからは拍子抜けした声が漏れていた。しかし、警戒は完全には解いていない。

「お嬢様はそこにいてください!」

そう言って、サシャがゆっくりと倒れた「人」に近づいていく。近くで確認したサシャは「んんー?」と不思議そうな声をあげた。

「お嬢様、これ、「ヒト」です!」

「や、それはなんとなく見ればわかるというか」

どこか興奮したようなサシャに、私は冷静に返事をする。しかし、それにぶんぶんと首を横に振ってサシャが答える。

「違うんですー!これ、「ニンゲン」なんですよー!」

「えっ、ニ、ニンゲンー?!」

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