カリーナの憂鬱
「な、なに?」
「私も行かせてください」
「ダ、ダメよ」
「どうしてですか・・・確かに私はまだまだ未熟です。でも未熟だからこそいろんな仕事を経験してみたいんです!」
「うーん、そうね。理由か・・・。めぐの考えている通り未熟な人間を連れて行きたくないってのは正解。でもね、それ以上に私自身が尊敬される人間じゃないのよ」
カリーナは窓の外を眺める。空は曇っていて、今にも振り出しそうな雰囲気だった。カリーナの胸の中には懐かしさ以上に悔しさが募っていた。
カリーナはこのカフェで目を覚まし、数日経っても失敗続きだった。派遣を許され一人前に認定されてもあまり評判は良くなく、基本的に指名ではなくマスターに紹介されて仕事をこなしていた。しかし向かない仕事ばかり失敗続きになってしまい、心の天気はいつも泣き出しそうな曇り空だった。
「そんなことありません、ありません!カリーナさんは素晴らしい人です!私いつもラジオでカリーナさんお声を聴いてます。ゲストの方が緊張してても、どんなに微妙なお便りでも私が聞く限りカリーナさんのラジオが放送事故を起こしたことはありません!それはカリーナさんがいつも笑いに変えてくれているからです!」
「めぐ、だからこそ私は・・・」
「それに!尊敬される人間かどうかなんてされる側が決めることではありません!」
「めぐ・・・あんたなんでそんなに私にこだわるのよ。私以外にもいるでしょ、私より立派な人達が」
上辺だけは謙遜に聞こえる逃げるための理屈を少し上ずった声で並べ、めぐから視線を外すカリーナ。しかしめぐは折れない。現に目線を外されたとしても、めぐはカリーナの目を見続けた。ただただ真っ直ぐ、真白色の視線は憧れと一緒に燃えるような意思を相手に伝える。しかしこの視線こそカリーナが苦手なものである。
「そこらへんにしてもらおうかな」
「「マスター」」
めぐの背後からマスターが現れた。その表情は硬く、子を叱る親の目をしていた。反射的にマスターを見たカリーナにはこちらの目も痛かった。
「まったく流石似た者同士だな。でも行動にここまで差が出たのは意思の差かな」
「へ?」
「君たちは似た者同士よく失敗するところなんてそっくりだ。でもなお互い全く違う長所があるんだ。めぐは意思の強さと愛嬌。カリーナは・・・」
マスターはカリーナの肩をがっしり掴み、目線を合わせて優しく微笑んだ。
「カリーナ。君は声はもちろんだが思いやる気持ちはこのカフェの中で一番だ。でもそれが強すぎるあまりこんな風に誤解を招く。わかったか?」
「はい・・・次からは気をつけます・・・」
「いいさ、人間間違えるもんさ。むしろ間違えない人間なんて人間じゃない。だからね、私はうれしいのさ。カフェで笑うことはもちろんだが、君らがこうして言い合うこともうれしい。君らはみんな記憶喪失でここに来る。そんなみんなが笑顔過ごして、時に怒っている。きっと君らにはわからないものだろうけど、私はうれしいよ」
「「マスター」」
二人はマスターに抱き着き、めぐはこれまでの苦労が労われたと思い涙を流し、カリーナは自分の心の拠り所を見つけ涙を流した。
「それにカリーナ。君には既に夫がいるんだ。一人で抱える必要ないんじゃないか?」
「え?」
マスターの何気ないカミングアウトにめぐは呆けてしまう。
「そうですね、私にラジオの仕事を進めてくれたのはあの人だからって迷惑をかけないようにしてきました。結婚してくれた時に言ってたのにな・・・つらいことがあったら何でも話してって・・・」
カリーナの見つめた先の空で光芒が差し込んで一気に明るくなった。
「マスター、めぐを連れていくのは構いませんが・・・その服がメイド服しか」
「心配いらないさ、そうだろう?めぐ」
「これじゃ、メイド服と変わらないわね」
「綺麗ですよねこの着物。この前のリアさんの随伴の時にもらったんです!」
「そうね、綺麗ね」
道行く人が二人を見る。しかし、カリーナの顔は明るい。それはラジオ局に着いた後も変わらず、収録が始まった。目立ってしまいややファンに囲まれたがめぐによって追い払われた。
めぐは慣れない着物で何度か崩れてしまいそうになったが、そのたびにカリーナが笑いながら直していた。はたから見れば姉妹のように映ったのだろう。
ウェルズマンは読み手を止めた。
「なんだ?時系列があるのか・・・?でも、普通に読んでいるだけだぞ?」
周囲を探してもほかにそれらしいものはなく。首をかしげて日記をぺらぺらとめくると答えが見えた。
「ページをすっ飛ばして書いてやがる・・・なんて面倒な」
とりあえず、このまま読み進めることにした。