私の名前はめぐです!
様々なお花が咲き乱れ、舞い散る桜に胸が躍る季節。
仲の良い友人と花見をして一緒に過ごせばきっと充実した時間を過ごせることでしょう。
しかし、花は強い風が吹けば儚く散りゆく定め。
きっと散らない花というのは標本化と量子化を経たデジタルなものなのでしょう。
この時代にデジタルはなく、連続した世界の中で私たちは健気に生きています。
デジタルなど夢のまた夢。この国では機械が禁止されています。
訂正します。
マスターさんにお聞きしたところ国の認可が必要で一般的に禁止という解釈でokなようです。
こうして日記にまとめると何か気付を得そうです。
いえ、自己暗示をしていこうと思います。
さて、きっと今世紀で最も重要な気づきを得たところで私が初めてこのお屋敷に来たと時の話を振り返りながら書いてみようと思います。
きっと誰も読むことはないでしょうけど。
なぜ私のような品のなく言葉遣いすら怪しい推定庶民がこの由緒正しきロイヤリティを表すような立派なお屋敷にメイドとしてご厄介になれたのか。
それは1年前に遡ります。
当時の記憶は今でも不明瞭で非常に薄くはっきりしたことは分かりませんが、嵐の晩にお屋敷の前で倒れていた私を見回りに出たマスターさんが見つけたそうです。
最寄りも街にはパピルスの手配書のようなものは一切なく、遠方の街にも手がかりはなかった上に、身元を表すものは所持していなかったとのことです。
この時の私は意識がなく、気づいたのは薬品の匂いが染みついた医務室のベッドの上でした。
「ここはどこ・・・?私は何を・・・」
「あっ、起きたね。体を起こしても大丈夫?どこか痛いところはない?」
雨が窓を強く叩く音が気になり体を起こした時に声をかけられました。
非常に優しく母性溢れる声で思わず。
「お母さん?」
「えっ?え?えっと・・・大丈夫かな?やっぱりしっかりしたお医者様にお見せした方がいいのかな?」
言い逃れできない大失言でした。
自分が正常であると伝える前にポンコツさが発揮されたのです。
いえ、そもそもみなさん経験があると思います。
学び屋などの昼下がりにうとうととしていて話しかけられたら家族と間違えるようなことが。
きっとあるあるだと思います。絶対あるはずです。よく小説などでも見かけませんか?「お父さんお醤油とって~はっ!ごめん、間違えた~」みたいな会話を。あるでしょう。あるでしょう。つまり私はポンコツでもなく・・・いえ、ポンコツですけど。
ポンコツさを発揮した私が落ち着くようにとその方はお水を持ってきてくれました。
しかし、私の視線が吸い込まれるように釘付けになったのはその方の着ている服でした。
「ありがとうございます。えっと、その服すごく可愛いですね。エプロンで可愛らしさを残しながらも黒を使うことで落ち着いた雰囲気を出していますね。まさかその服・・・」
「うん、メイド服。私のハンドメイドだからそんなに褒められると嬉しい。そうだ、私もみじといいます。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
名前を傾げるだけでここまで可愛いものなのかと驚く私に、あざとく首を傾げ、メイドらしい仕草をしたもみじさんは少し顔が赤くなっていました。
今思えば普段しないことを私が少しでも不安にならないように気を遣ってくれたのだと思います。
振り返ると1年ではもみじさんのようなメイドにはなれない。むしろその凄さがわかった1年でした。
「は、はい、えっと・・・あれ?」
ここからはよく記憶していますが自分の名前を思い出そうとしているのにまるでロックされているみたいに思い出せませんでした。
今でも本当の名前を思い出せません。
自分の名前がわからず、なんとか思い出そうと頭を悩ませているとノックが聞こえました。
もみじさんが「どうぞ」と言うと男の人が現れました。
「もみじ、ありがとう。様子はどう?」
「マスターさん、お疲れ様です。今お気づきになりましたがどうやら記憶が曖昧なご様子。ご自身の名前もわからないようです。いかがいたしましょうお医者様にお見せになるべきでしょうか?」
「そうか、いや大丈夫だろう。そうか名前で・・・えーと君、ちょっといいかい?」
「えっ?はい、どうぞ」
「私はマスターと呼ばれてる。この屋敷の主人から屋敷を任されている身だ。ここのメイドを統括している。怪しくないから安心してくれ」
このように接することに慣れている理由はこの後分かることでした。
マスターさんは信用も信頼もできます。
この後何度も助けてもらったのに、どうしてか裏がある気がしています。
どうしてそのように思うのか理由は分かりません。優しい人には裏があるものなのでしょうか?
「名前が思い出せないなら、仮の名前を付けるのはどうだろうか?呼ぶたびに君とかそこのじゃ不便だろうし、どうだろうか?」
「異論はありません。でも名前だけでなく自分が何者なのかも分かりません。このお屋敷を出たらどこに行ったらいいのかも」
マスターさんともみじさんは顔を合わせ、少し笑った後。マスターさんが提案してくださいました。
「ここでメイドをしてじっくり思い出せばいい。ここなら衣食住、全てを提供できる。元からメイドの雇用も任されているから安心してくれ」
こうして私はこのお屋敷でメイドをすることになりました。
成り行きでメイドになりましたが悔いはありません。
自分の運とマスターさんともみじさんに感謝しています。
一つ問題があるとすればいまだに過去を思い出せないことでしょうか。
「名前はそうだな・・・この前シロツメグサ、あー。四つ葉を見かけたからをめぐでどうだろう。呼びやすいし」
「また適当に・・・この前だって・・・」
「めぐ、私は、めぐ・・・はい!私はめぐです!」
しかし、これでもいいかなと思っているので特に危機感はありませんでした。
むしろこのままここでいつまでも過ごしてもいいかなと思っています。
停滞していますが、観測する今という私がいなければ過去も未来もありません。
ならば知らない過去は観測できないのだから観測しないという選択を取ってもいいのでないのかと思います、そもそも見えないのですから。
知りうる限りの過去だけを観測して私を確立したいと思います。