日記の在り処
他愛のない昔話を思い出しながら足を進め、夕方。ロイド邸に到着した。
周囲には人二人分ほどの柵が敷地内を囲み一切侵入できないよう出入口すらない。
ロイド邸内部以外に発電機の類はないため、防犯カメラがないのだけが幸いだ。
「翼でもあれば飛んでいけて楽なのに・・・さて、確か裏に背の高い木があったな。切られてないといいけど」
裏手には記憶通り、柵をゆうに超えるノッポな木が数本立っていた。
5年前調査した時にも利用した木で、先輩の探偵に教えてもらった。
その先輩はどこで何をしているのかわからない。
「あの時より随分大きくなっているな。ロイド邸より高いかも」
帰りの心配をしながら気によじ登って柵を超えてケガしないであろう高さで飛び降りた。
「痛っ・・・」
若干足が痛むがすぐに去る痛みだ。
足に手を当てながら地面を見つめる。
久しぶりにこの土地の土を踏んだ。
まさか依頼で来ることになるとは思わなかったが、少し懐かしかった。他人の家なのに元居た場所。
そう。実家のような安心感。
ここに入って思うことがこれか。
やっぱり当時の自分は相当入れ込んでいたようだ。
まだ何もしていないのに気持ちが高ぶって鼓動が早くなっている。
少し歩くと心地の良い風が吹く。強すぎず、肌をなでるようなそよ風。
「きっと当主のロイドもこの風が好きだったんだろうな。本当にいい風が吹く。このままここに住んでしまおうか」
普段口にしない冗談を交えながら屋敷の正面に立つ。
ノックすらせずにドアノブを開ける。
当時の救助隊により破壊されてカギはないようなもの。
「前言撤回」
屋敷の中は埃臭く、たまに焼け焦げた木材の臭いでせき込みそうになる。
手入れの行き届いていない民家は数年で果てるらしいが、不気味にもほとんど無傷
「当時働いていたメイドさんたちが見たら発狂する汚さだな。でもそのメイドさんが今でも掃除していたらきっと息をのんでしまうような綺麗さだっただろう。自分のような人間には縁のない世界だ」
あたりが暗くなってきて屋敷全体がホラー映画のセットのように不気味な雰囲気を醸し出していた。
「おっと、おどかすなよ・・・」
絨毯の上には虫が這い、それを追いかけるトカゲが見られた。
ここは生物たちにとっては半壊だからこその楽園になっているようだ。
「さてリオディ曰く、メイドの控室に隠し部屋があると。2階の突き当りの部屋だったと記憶しているが」
足を踏み出せば当時のことを思い出し、暗いのに迷うことなく自然とメイドの控え室にたどり着いた。
ここには何度か出入りをしたが手がかりになりそうなものはなかったはずだ。
それでもリオディはここにあると自信を持って言っていたのだから信じる他ない。
「実は本気の悪戯でしたとかないか・・・?」
ドアノブをゆっくり捻り、開け放つ。電気をつけて確認する。
幸い内部の電気は生きていたようだ。
「おお、ここは劣化がすくないな」
リオディが探しているメイド、「めぐ」の控室。
廊下に比べ虫も少なく、荒らされた形跡だけが残っていた。
せっかくの部屋がもったいない気もしたがそもそも自分のやっていることは不法侵入なので目をつぶった。
「で鏡のふち・・・に?」
鏡はひどく強固に固定されており、とても外せるものではなかった。
一見ふちも特に怪しい点はなく、鍵穴も見えない。
リオディの悪戯なのだろうと思ってしまった。
所詮は子供。
手の込んだイタズラだって十分あり得る。
「イタズラの方が・・・いや・・・待てそもそもこの鏡・・・」
固定されているビスも山にボンドがつけられて外せない。これでは工具があっても難しいだろう。
鏡の周辺を探してみるも何もなかった。
何か手がかりでもあればと下から鏡を見上げた。
「・・・?」
鏡の上部のふちに違和感を覚えた。
立ち上がり、ふちに力を入れて外してみる。
すると鍵穴が現れた。
「これは確かに気づくか怪しい・・・もしかしたら・・・本当に、本当かもしれない」
思わず唾を飲み、ポケットのカギを差し込む。
多少つっかりもしたがそのままひねることができた。
ズズっと重たい音を鳴らしながら鏡が置かれた机に本が現れる。
机自体に仕掛けがあって、鍵をひねると下から台が上がってくるのだろう。
「部屋というには少し小さいな・・・」
不自然なほどに綺麗な状態の日記帳だった。
1ページめくると、名前が書きこまれていた。
「megu・・・何か都合のいいような気がするけど。手掛かりには変わりない。失礼します」
日付は6年前。僕はページをめくり、読み始めた。