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第2話 高嶺の花




朝の通学路。


古臭いメモ帳風の学生証を手の中で弄ぶ。


最近ではカード化されているところも多いというのに、我が校ではアナログ全盛だ。

色気のない裏表紙に、学園での俺の立場が記述されている。


根津(ねづ)学園高等学校。


三年生。


東雲千明。


男子。


無味乾燥な文字の羅列。

学生証の頁をめくって校則一覧を斜め読みする。


『バイトは禁止、買い食いも禁止、外出時は制服着用で、夜は19時までには自宅に戻りましょう』


どこの大正時代か。


古典的すぎて半ば有名無実化している。今時遵守する生徒は少数派で希少価値、絶滅危惧種だ。

21世紀を生きるゆとり世代は意外にたくましい。建前本音を使い分け、二枚舌を三枚にして学園生活を生き延びる。


がたんごとん。


「…………」


視線を僅かに上げると、頭の上を厳めしい高架が一直線に走っている。世界に引かれた一本の黒い線のような。


ここは境界だ。


あらんかぎりを押し込んでごった煮にした暗がりが、街の意味を分断している。

右には騒がしく乱雑な新市街、左には開発から置いてけぼりをくった旧市街。


綺麗な線ではない。


かつて赤城連合が、旧市街を暴力で支配していた時代は終わった。そしてあちらに山が、こちらに谷が。でこぼこと新旧入り交じった地域の濁り汁が、得体の知れない空気となって左右の隙間に溜まっていく。


白でも黒でもない。

昼でも夜でもない。

右も左もない。


そういう曖昧な場所には、胡乱な輩が出入りする。


それは例えば、俺のような――――







校門付近は登校する学生たちでごった返していた。


ある者は知り合いと笑顔で挨拶を交わし、またある者は気だるげに肩をすくめながら、目立たぬように校門の端を足早に通り抜けていく。

そして俺も、鬱陶しい前髪を垂らしながら後者の列に続こうとしたとき、黒塗りのリムジンが静かに近づいてきた。


銃弾も弾き返しそうな重厚なボディ。ミニバス並のホイールベース。エンジンはかかっていても、止まっていても分からないくらいの静音設計。学生にはおよそ似つかわしくない車がスムーズな制動で、校門前に横付けされる。


「いってらっしゃいませ、お嬢様」


タキシードに身を包んだ白髪の紳士が後部座席の扉を開く。そして長い黒髪を手で押さえながら優雅に降りてきた一人の少女に向けて恭しく頭を下げる。


「ありがとう」


少女は艶のある唇をそっと動かし礼を言うと、颯爽と歩き出す。その動きは洗練されていて、淀みがない。


いつの間にか、周囲の足音やら喧噪が消え去っていた。俺を除く誰もが少女の一挙手一投足に意識を奪われている。


彼女の名は、葉山悠里(はやまゆうり)。この学園の生徒会長である。


彼女の父親は、日本有数の老舗商社、葉山物産の社長だ。

『ペン先からロケットまで』を扱うといわれる総合商社・葉山物産は東京都に本拠をかまえ、社員をあらゆる事業に展開してこの国の経済の根底に根付いている。


裏の道を歩けば赤城連合に当たり、表の道を行けば葉山に当たるといわれるほどに、その影響力は大きい。

つまり、俺がこの国で金と権力を動かす以上、〝葉山〟との対峙は避けて通れないということになる。


「か、会長っ、お、おはようございますっ!」 

「ええ、おはよう。皆さん」


葉山が挨拶を返すと、周囲の女子生徒から黄色い歓声が沸き上がった。


学業優秀、スポーツ万能、そして類稀な容姿に恵まれた彼女は、学生でいながら葉山物産の広告塔を務め、その名は全国に知られている。

ちなみにそれらは校則で禁止されているアルバイトではなく、無報酬かつ実家の手伝いだからという理由で特別に許可されているらしい。

権力や解釈によって法が歪められる良い例だろう。


「まるで可憐な花……朝からいいもん見た……」

「ああ……」


そして男子生徒諸君は、口を半開きにしながらその光景を遠巻きに眺めている。

一人娘を溺愛する葉山の父親も有名だ。悪い虫は叩かれるどころか消される恐れがある。誰も危険すぎる綱渡りを試したいとは思わないだろう。そうして高嶺の花という金看板ができあがる。


だが決して遠い未来の話ではない。いずれこの俺が――


「……踏みつぶしてやる」


顔を僅かに上げ、垂れ下がった前髪の隙間から葉山の顔を正視しながらそう小さく呟くと、俺は足早に校門を後にした。



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