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第4話 異世界へ

ご閲覧、評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。

「あれ何? 熊?」

「……たぶん違う。前にテレビで聞いた熊の声はあんなのじゃなかった」


 背中にぴったりと引っつく暁華を落ち着かせるように、宵花は声のトーンを落として返す。熊ならばとっくに姿を現しているはずだ。何より、数が多すぎる。正しくはわからないが、さっと流し見ただけでも10はいるだろう。群れを作らない熊が、動物園でもないのにこれだけの数が集まるのは、少なくともこの国ではあり得ない。

 宵花は気づいた。暗い木々からこちらを覗くモノの、頭らしき場所に生える角に。それは羊のように巻いており、後方に向いている先端は二股に分かれ、片方だけが細く伸びている。宵花にとって初めて見るモノだが、酷く、覚えのある角だった。


「暁華、リュックは持った?」


 確認をすれば、こくこくと頷く気配を感じた。


「こっちは見張っておくから、月の下の方、水平線の上を見てくれる?」

「水平線? え、なんで?」

「いいから! 何が見えるか教えて!」


 珍しく声を荒げる宵花に、暁華は急いで振り返り、目を凝らした。真ん丸に輝く月から、目線を落とす。水平線に触れるか触れないかという位置に、蒼く瞬く星を見つけた。


「な、なんかすんごい綺麗な星がある! 普通の青よりもずっと濃い蒼!」

「……マジか」


 んぐぅ、と、喉が潰れたような声で呻く宵花を、暁華は二度見した。


「何その声? どっから出たの?」

「そこ今気にするところ?」


 暁華の額を、宵花は振り向きもせずに手の甲で小突いた。


「その星は霊脈の蒼珠。風みたいに自由に世界中を流れる霊脈の始点とされている星よ。対になるのが霊脈の紅珠。蒼珠が隠れる夜に現れる、紅く光る霊脈の終点」

「……それ、前にも教えてもらったことあったっけ?」

「うん、教えた」


 宵花が振り向く。宵花の泣き黒子と暁華の泣き黒子が、触れ合いそうになるほど近づいた。


「ここ、夢で見た異世界だよ。ティマちゃん達がいる世界」

「……マジか」


 ぱちくりと瞬きをした2人は、海に向かって駆け出した。ズボンが濡れるのも構わず、波を蹴りながら進む。膝が浸かる深さまで走ったところで足を止め、獣達に目を戻した。


「ついてきてない。宵花の夢の通りなのかな?」

「確証はないけど、間違いないと思う」


 宵花が見る夢に時折出てくる、魔物、と呼ばれる獣達には珍しい弱点がある。それは、水に近づけない、というものだった。

 ティマ達が住む世界の陸地は凶暴な魔物に支配されており、人間は水中に逃げる形で暮らしている。しかし、陸に住んでいた時と同じ肺呼吸のままなので、空気を閉じ込めている場所から出ることは難しい。生まれてから死ぬまで、1つの町から出られない者もいるのだ。

 魔物が水を嫌う理由はわかっていない。夢ではその点に触れることができなかったからだ。だが現在の彼女達にとって、その一点を知れていたことで安全を確保できる術を得られた事実が重要だった。


「こっちに来れないとしても、私達もずっとここにいるわけにはいかないよ? どうする? てかどうやって異世界に来たの? どうすれば帰れるの?」


 暁華の質問責めに遭い、宵花は眉間をつまんだ。


「そんなのわかんないよ。でも1つだけ言えるのは……」

「言えるのは?」

「……私達がこっち側に来た理由は、シューリーさん達が原因じゃないってこと」


 自分達双子が、夢に出てきたシューリーがティマとクォトに命じていた、不自由をさせないように、という言葉の通りに喚ばれたならば、魔物が蔓延る陸地になど飛ばされないはずだ。別の人間達のことを言っていた可能性がないとは言いきれないが、口にしてしまえばそれか正解になってしまいそうで、宵花は唇を噛んだ。


「ともかく、朝が来るのを待とう。あと持ち物チェック。私のリュックにはござと寝袋とお菓子と、半分ぐらい残ってる水筒と、ポケットにスマホだけ。そっちは?」

「同じ内容マイナスござ。おにぎりは食べちゃった。それと……」


 スマホを入れている方とは反対側のポケットに手を差し込んだ暁華が、チャリ、と何かを取り出した。


「バイクの鍵、なんだけど……。……あれもこっちに来てるかな?」

「……どうだろうね」


 暁華が宵花をサイドカーに乗せ、海岸に続く公園の広場まで運転してきた、大型のバイク。双子が跨がるには似つかわしくないそれは父の愛車であり、大切な形見だ。

 バイク好きだった父が、独身時代から乗り回していた漆黒の愛車。それに跨がる父の姿に憧れた暁華が高校在学中に免許を取ったので、今は彼女の愛車となっている。


「見に行きたいけど、あいつらの間をすり抜けていくわけにはいかないし……。昼間ならどう?」

「陽がある方が魔物の動きは鈍そうだけど、絶対に大丈夫とは言えない。私達だけで行くのは自殺行為だね」


 そっか……、と暁華が項垂れる。


「でも、陽が昇る頃にはあいつらも諦めていなくなってるかもしれない。今は我慢しよう。ね?」

「……わかった」


 頷く暁華の肩を、宵花は強く抱き寄せた。

 月はまだ天頂に近い位置にいる。夜明けまでまだ数時間。2人は、波が強くならないことを祈りながら、魔物達がこちらに来ないよう見張り続けた。




 ◌◌◌◆◌◌◌




 陽が昇り、周囲の景色が見え始めた。遠くに連なる山々は牙のように尖り、その上を鳥とは異なる巨大な魔物が複数飛んでいる。


「やっと朝か……」

「長かったね……」


 双子は、あ゛ーーー、という濁ったため息をついた。宵花が2人分のリュックを両肩に下げ、暁華は腹まで海に浸かりながら胡座を掻いている。一晩中立ちっぱなしは流石に辛かったので、リュックが濡れないように交互に持ちながら、もう片方が休んでいたのだ。


「いなくなったね。あいつら」


 立ち上がり、服が吸い込んだ海水を絞りながら暁華が言った。


「あいつらは、ね。いなくなったけどさ」


 暁華が身支度を整えるのを待ってから、宵花はリュックを返す。


「あいつは残ってるね」

「残っちゃってるねぇ」


 木々の隙間から、枝分かれした角を持つ魔物1体だけが、無言でこちらを覗いている。他の魔物は夜明けと同時に去っていったのに、そいつだけが未だに残り、2人を見つめているのだ。


「あれってなんて名前かわかる?」


 暁華に聞かれた宵花は首を横に振る。


「あいつを夢で見た時、周りに誰もいなかったから名前まではわかんない。でも、他の魔物と違って結構大人しいと思う」

「そうなの?」

「うん。他の奴らが獲った獲物を取り合って喰い千切ってる間、あの種の魔物はぼんやり眺めてるだけだったから」


 奪いに行くでもなく、かと言って物欲しそうに眺めていたわけでもない。ただただじいっと眺める様は、今思えば知性があるようにも感じる。宵花は、意思の疎通が取れるかもしれない、と思った。


(こっちに対して敵意がないなら通してくれる、かな? ……いや、試すのは危険すぎる)


 父の、暁華の愛車を取りに行きたい気持ちはもちろんあるが、命を危険に晒すくらいならば諦めるしかない。自身も生きなければならないし、暁華を生かさなければならない。どちらかが欠ければ、残った方が気力を失うのは目に見えている。


「一端離れよう。姿が見えなくなれば諦めるかも」

「でもどこに? 隠れる場所なんてないよ?」


 不安そうに言う暁華の頬を、宵花は両手で包んで額をくっつけた。


「海の中を行こう。膝が浸かるぐらいの深さのところを、真横に歩くの。そうすれば溺れないから」

「……わかった」


 しぶしぶといった様子で頷き差し出された片割れの手を、宵花はくすくすと笑いながら握り、ゆっくりと歩き出した。




 ◌◌◌◆◌◌◌




 幅の狭い海岸は、少し歩くと崖を見上げる景色へと変わった。魔物の姿はとうに見えない。砂地だった足元もゴツゴツとした岩場に変化しており、暁華はふらふらしながら宵花の手にしがみついている。


「転けないでよ?」

「わかってるってば」


 そう返すも、暁華の表情は強張っている。好奇心旺盛な片割れだが、予想外の出来事には後込みしてしまう彼女にとって、この状況は辛いものだろう。岩をしっかり踏みながら歩き続け、海岸が完全に見えなくなる位置まで来ると、立ち止まった。


「ここでしばらく待ってみよう。寒くない?」

「ちょっと寒いけど、大丈夫」


 微笑まれるが、少し顔色が悪い暁華に宵花は不安を覚える。宵花からすればここは夢でよく見る知った世界だが、暁華にとっては初めての、異様以外の何物でもない場所。楽天的でいられるわけがない。

 宵花は崖の上に目をやった。朝の風に揺れる木の葉の他に、見える物はない。


(ここをよじ登るわけにもいかないもんねぇ……)


 崖の表面は凸凹しており、一見すると登れそうではあるが、ござやら寝袋やらを入れている重いリュックを背負ったままでは当然難しい。そもそも、上まで到達できるほどの体力が2人に残っているかも怪しいだろう。


(どこかに階段みたいになってるところがあれば……。……あ)


「やっば」


 崖の縁に見えたモノに、宵花は目を見開く。陽を避けて去っていった魔物の1体が、牙を剥き、涎を垂らし、こちらを見下ろしていた。


「宵花? どうしたの?」


 こぼれた宵花の言葉に反応した暁華が、片割れの目線を追う。魔物に気づくと、繋いでいた手を強く握り込んだ。


「ゴァァァァアアアアアアァァァァッ!」

「ひっ!!」


 咆哮を上げる魔物に驚いた暁華が、1歩後ずさった瞬間、宵花はぐいっと後ろに引っ張られた。


「ちょ、暁華?!」

「ぅわわわわっ!」


 握っていた手を、払うように離される。振り返った宵花の目に飛び込んできたのは、激しく跳ねる水飛沫だった。

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