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第3話 不安

ご閲覧、評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。

「あ、欠け始めてない?」


 ふと月を確認した暁華が声を上げる。2人同時にポケットからスマホを取り出して時間を確認すれば、ネットニュースに書かれていた皆既月食が始まる予想時間を数分過ぎていた。


「いい時間じゃん。お腹も膨れたし、なんか眠くなってきた」

「散々寝てたじゃない。ちゃんと起きててよね?」


 丸めたおにぎりのラップをリュックに突っ込んだ暁華が今にも目を擦りそうな宵花の頬をつまむ。はいはい、と返事をしながら、宵花はスマホをポケットにしまった。


「あれ? 宵花は写真撮らないの?」


 思い出として記憶に刻む自身と違い、忘れっぽい宵花はよく写真を撮ってはメモ代わりにしていることを知っている暁華は、両手を後ろについて月を見上げる片割れに首を傾げた。冷えてきた空気を、すぅー、と吸った宵花がちらりと暁華を横目で見る。


「あんたが覚えててくれればいいよ。どうせこの先1年ぐらいはしつこいぐらい話題に出させるんだから」

「そんなこと……あるわね」

「でしょ?」


 今まで散々思い出話につき合わされてきた宵花にとって、共有した出来事はわざわざ意識して覚えていなくてもいいもの、という認識になっている。特に今回のような、暁華に無理矢理連れ出されて得た情報、記憶などは片割れが鮮明に覚えている為、そちらに思い出してもらえばいい、程度の扱いなのだ。しかし、暁華との思い出はどうでもいい、というわけではなく、一緒にここへ行った、どんなことをした、という事実はとても大切にしており、当時を思い出したがら語り、笑う暁華を見るのを、密かに楽しみにしているのだ。


「月が完全に隠れるのはいつぐらい?」

「うーん、2時間かからないぐらいかな? 満月に戻るまで4時間いらないっぽい」

「結構長いね」

「天体ショーなんだから、短い方じゃない?」

「宇宙規模で考えると?」

「そうだね」


 欠けていく月を見上げる片割れに、ふーん、と返しながら、宵花も月に目を向けた。じわり、じわりと黒に喰われていく様に、宵花は少しだけ寒気を覚える。


(地球の影に隠れるだけってことは知ってるけど、得体の知れないナニカがこっちを覗いてるみたい……)


 月食の始まりは、瞼を閉じる動きに似ている。再び開かれた時、頭上で輝くのは月か、眼か。


(……阿保らし)


 自分のリュックを手繰り寄せた宵花は、月を見上げやすい体勢になるように形を整えてからもたれかかる。それを見た暁華も真似をして、同じようにリュックを背もたれ代わりに体を倒した。


「ねえ、賭けをしようか?」

「どんな?」

「宵花が月食の終わりまで起きていられるか!」

「お主、我が満腹だと知っての狼藉か?」

「起きていられたら明日のおにぎりの唐揚げ率2倍にしてあげる!」

「受けて立とう」


 いひひ、と笑う暁華に、ふふふ、と宵花が不敵に返す。


「寝ちゃったらどうなるの?」

「梅を2倍入れます!」

「あんたが食べたやつじゃん」

「思い出させないで。口が酸っぱくなる」


 梅肉に当たった時のように目を瞑る暁華の鼻を軽くつまみながら、こりゃ寝てられないな、と宵花は思った。




 ◌◌◌◆◌◌◌




「お前が寝るんかい……」


 10分と経たずに聞こえてきた寝息に宵花がツッコミを入れる。が、ささやかな風がくうくうという音を届けるだけで、返事はない。

 起き上がった宵花は両手を突き上げて背中を伸ばし、月を見た。先ほどよりも少しばかり欠けた月は、全て隠れるまでまだ時間がある。

 スマホを取り出した宵花はそっと立ち、海の方へ数歩歩いた。時間を確認して、ポケットにしまう。屈んで足元の小石を拾うと、ぽーん、と海に向かって放った。

 波に揺れる月が散る。だが、新しく寄せた波が欠片を集め、再び月を映し出した。


「これからどうすっかな……」


 波に濡れない場所に腰かけ、独り言つ。不安なのは、これからの生活についてだ。

 進学の為に上京しようとしていた宵花と暁華は、大学に通いながらバイトをして生活費と学費を工面するつもりだった。しかし、両親を亡くしてしまった以上、自分達で全ての生活費を稼がなければならない。両親が残してくれた貯えも多少はあるが、裕福とは言えなかった家庭故に、勉強に勤しむ時間が惜しい。

 宵花は、自身が稼いで暁華に進学してもらう、という方法を思いはしたが、駄目だ、とすぐに考え直した。立場を逆に置き換えた場合、その話を持ちかけられた段階で片割れの頬を引っ叩くことは目に見えているからだ。

 自分が嫌だと思うことは、暁華も嫌だと感じる。暁華が楽しいことは、自分も楽しい。双子という関係性の為か、お互いの好き嫌いを嫌というほどに理解し、把握している故に、暁華を傷つけることは自身を傷めることだと、宵花は知っている。


「とりあえず、お父さん達のお金はいざという時の為に取っておくようにして、まずはコンビニとか、短期のバイトを探すかな。本腰入れられる仕事は……、……資格を取らなきゃ就けないから、進学できない分自分で勉強しないと。いっそ家賃の安いアパートに引っ越すか?」


 なるべく出費を抑える為には、家賃は最も考えなければならない問題だろう。2人暮らしならば今住んでいるマンションは広いので、もっと安いところに引っ越せばその分余裕が持てる。家に帰ってから相談するか、と、宵花はあくびを噛み殺しながら思った。




 ◌◌◌◆◌◌◌




「暁華。きょーうーかー」

「んぁ……?」


 肩を揺すられる感覚に、暁華はうっすらと瞼を開いた。


「そろそろ時間だよ? 見ないの?」

「んん~……?」


 両目を擦りながらむにゃむにゃと呟く暁華の頬を、宵花が両側からつつく。


「月食よ。皆既月食。もうすぐよ?」

「んむ~……、げっしょくぅ~……? ……ハッ!」


 バッと勢いよく体を起こした暁華だったが、宵花は彼女を覗き込む位置にいた為に当然ーー


 ゴチン


 鈍い音が鳴った。


「「いっっっだぁ!!」」


 全く同じ悲鳴を上げながら、双子はぶつけ合った額を押さえながら仰け反った。宵花は涙を滲ませた瞳で暁華に睨みつける。


「あんたねぇ……、私がいる位置を考えなさいよ!」

「寝起きにそんなこと考えられるわけないじゃん! 絶対たんこぶできるってこれ!」

「んなもん私にもできるわ!!」


 悶え苦しむ暁華に舌打ちをしつつ、宵花はリュックから取り出した水筒のお茶でハンカチを湿らせる。それを勢いよく暁華の額に叩きつけた。


「あいたぁ! 今度は何……、ハンカチ?」

「それで冷やしなさい。少しはましでしょ?」

「あ、じゃあ宵花は私のハンカチ使って。リュックのサイドポケットに入ってるから」

「借りるわ」


 暁華のリュックを漁った宵花が目当てのハンカチを取り出して湿らせ、自身の額を冷やす。疲れたように息を吐きながら、宵花は暁華の隣に腰かけた。


「シミになっちゃうね」

「これも思い出でしょ?」

「うーん、痛い思い出は遠慮します」

「でも絶対忘れられない気がする」

「私も」


 宵花が言えば、暁華が頷く。ハンカチで冷やしながら顔を上げた暁華は、あと数分で完全に隠れそうな月に瞳を輝かせた。


「おおー! あんなに欠けてる! 爪じゃんあれ!」


 欠け始めの頃に眠ってしまった暁華は、細くなった月に興奮して宵花の肩をバシバシと叩いた。


「痛いっつーの。てゆーか神秘の天体ショーをそんな風情がない呼び方しないで」


 そう言いつつも、同じような感想を持ったことを宵花は口にはしない。

 2人が並んで見上げる中、闇に呑まれた月は赤銅色に染まった。周囲の星々も、わずかに輝きを増したように見える。風と波の音しかしない。やがて、長く待った天体ショーの終わりを示す輝きが射した。


「あれ、もう出てきたよ?」


 きらりと光る月光を指差す暁華に、見上げ続けていた首を右手で擦りながら宵花が返す。


「1時間以上も隠れてたのに、もう、はないんじゃない? いい加減首が痛いわ」

「私も痛い」


 左手で首を擦った暁華がリュックにもたれかかる。同じく自分のリュックに背中を預けた宵花は、仰向けの体勢で全身を伸ばした。


「明日図書館に行かない? 本を借りに行きたいんだけど」

「資格の本? 確かにいるね。お昼から出ようか」

「それもだけど、時短レシピとかの本も読みたい。料理のレパートリーを増やしたいんだ」


 明日の予定を話す双子を、月が照らし始める。そうこうしている内に、月は満月に戻り、天体ショーは終わりを告げた。


「よし、じゃあ帰るか」

「そだね」


 立ち上がった2人は、リュックを退けてからござの砂を払い落とし、丸め始める。寒かった時に着ようと用意していた寝袋を隅に追いやった宵花は、できた隙間にござを差し込んだ。


「寝袋はいらなかったね。今日の気温なら膝掛け程度でも……」


 よかったなぁ、と続けようとした暁華が黙る。突然黙った片割れを不思議に思った宵花がそちらを見れば、暁華は自分達が歩いてきた木々とススキの小道を凝視し、固まっていた。


「どしたの?」


 言いながら、目線を追う。暁華の無言の理由に、宵花もすぐに気づいた。

 木々の隙間に、目が光っている。猪のような低い位置ではなく、広がる枝葉と同等の高い位置に光るいくつもの目が、自分達を見つめている。

 認識した途端に聞こえてくる、低い唸り声。後ずさる暁華を庇うように立ちはだかった宵花は、目の主達を睨み上げた。

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