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第1話 歪み

ご閲覧いただきありがとうございます。

新作になりますので、隙間時間のお供に読んでいただければ幸いです。

〈例の子達は今どうしてるかしら?〉


 薄暗い、ドームのような円形の天井が広がる場所に柔らかな声が反響した。


〈可哀想に、両親に先立たれてふたりぼっちだ。地元に残ることを選んだようだけれど、仕事探しはうまくいっていないらしい〉


 初老と思わしき声が返される。ドームの中央に立つ人影は2つで、目深に被るフードから覗く口元は固く閉じられており、無言。会話する声は2人の頭上、天井付近から響いていて、そこには正三角形を描く3つの宝石が輝いていた。


〈こちらとしては好都合ではないか。父母を想って泣かれずに済む〉

〈そういうことは口には出さないものよ。少しは考えて物を言いなさい〉


 若者のような声を、最初に響いた声が窘める。


〈クォト、準備を進めておいて。決して不自由をさせないように〉

「御意」


 並び立つ人影の1つが答える。


〈ティマ、あなたは歳が近いから、2人と仲良くしてあげてね〉

「御意」


 もう1つの人影が頷いた。


〈では、そろそろ眠りましょう。今日は長く起きすぎたわ〉

〈そうだね。私ももう眠い〉

〈年寄りめ〉

〈そう呼ぶなら労っておくれよ〉


 その会話を最後に、頭上から降る声が途切れ、輝く宝石は闇へ溶けた。人影達は無人の空間に頭を下げて振り返り、歩き出す。クォトと呼ばれた人影が片手をかざすと、灰色だった空間の床から半円を描く光の輪が現れ、廊下に続く穴へと変化した。

 光の輪の外は内と同様に暗く、静かだった。しかし無音というほどではなく、耳を澄ませばコポコポと泡がはじける微かな音がする。光の輪は、2人がくぐり抜けたと同時に霞んで消えた。フードを脱いだティマが、ふう、と息を吐く。


「シューリー様、怒ってたね」


 あどけない顔立ちの少女が不安そうに俯く。隣に立っていたクォトは、フードを脱ぎながらティマの頭を撫でた。


「シューリー様とアージナーム様の不仲は3000年続いていると聞くからな。今さら簡単なことでは治らんさ。ゴーゼン様も叱りはしなかっただろう?」

「うーん、同じ空間にいなきゃならないこっちの身にもなってほしいわ」


 緊張で強張っていた肩をほぐすように、ティマはぐるぐると右腕を回した。


『シューリー・オル・ジェマニ様! シューリー・メイ・ジェマニ様!』


 長い廊下の向こうから慌ただしい足音と、どこかぼんやりした声が響いてきた。クォトは、ティマがパッと姿勢を正すのを確認してから指をパチンと鳴らす。瞬きの間に、2人が立っていた廊下は緑の多い広場へと景色を変えた。

 今までいた空間と違い、広場は明るかった。しかし、太陽の明るさではない。見上げた先の空に浮かぶ6つの光源が、広場を、そこを中心に広がる町を、余すところなく照らしているのだ。


「ああ! こちらにいらしたのですね?!」


 広場の端にいた白髪交じりの男が息を切らしながら駆け寄ってくる。途中躓いて転びかけたところを、クォトとティマが慌てて支えた。


「グンおじさん落ち着いて!」

「大丈夫か?」


 片膝をついたクォトが覗き込めば、グンは青ざめた表情で跳ぶように後ろへ下がり、指を絡めた両手と額を地面に擦りつけた。


「申し訳ございません! ジェマニ様方にとんだご無礼を!?」

「私達は大丈夫よ!」

「頭を上げてくれ。怪我がなくてよかった」


 呼吸の荒いグンを落ち着かせようと、クォトは震える両肩を優しく掴んだ。広場にいた人間達が、騒ぎを聞きつけて集まってくる。ティマは居心地が悪そうに周囲を見回した。


「クォト兄さん、みんなが見てるよ」

「仕方がないだろう? 場所が場所なんだから」


 嫌そうな顔をするティマを軽く叱ったクォトは、グンに目を戻した。


「グンさん、何があったんだ? 教えてくれ」

「は、はい。実はーー」


 声を潜めたグンが、クォトに耳打ちする。全てを聞き負えたクォトはため息をつき、立ち上がった。


「ティマ、西通りに向かうぞ」

「どうしたの?」


 ティマが首を傾げる。頭痛がするのか、クォトは強く眉間をつまんだ。


「水壁に歪みが出たらしい。急ごう」




 ◌◌◌◆◌◌◌




 上空に浮かぶ6つの光源の向こうに広がるのは青空ではない。流れる雲も、煌めく流れ星も、よくよく見れば小魚の大群とそれを追う魚の鱗の反射である。

 海底の町ロイヴレフト・シューリーは、海溝を見下ろす絶壁に沿うように造られた細長い町並みが特徴的な、世界に点在している水中居住可能地の1つだ。東西に伸びる町は、およそ海底とは思えないほどに青く繁る巨木を境に、東通り、西通りと呼び分けられており、その全てが巨大な水泡によって包まれ、人間や動物達の呼吸を可能としている。水壁と名づけられている水泡にわずかでも異常があれば、ここに住む者達全員に影響が出るのは当然である為に、管理や維持には細心の注意が払われ、またそれに割く人員も多くなるのは必然と言える。


「歪みを確認したのはいつだ?」


 人々が行き交う西通りを走りながら、クォトは先を行くグンに尋ねた。


「既に30分は経っています。賢者様方の元へ行かれている時間帯なので、西と東の広場を捜しておりました」

「そうだったんだ。気づくのが遅くなってごめんね?」


 一番後ろを走るティマが謝れば、とんでもない! とグンは返した。


「我々だけで対処できればよかったのですが、どうやっても修復ができずに困り果てておりました。ジェマニ様方に来ていただければ心強いです」

「そういう時はすぐに報告してくれ。俺達はその為に在るのだから」


 クォトの言葉に、グンは涙ぐみながら頷いた。

 やがて、クォトとティマは西通りの端へと辿り着く。そこはロイヴレフト・シューリーの中でも水壁に近い場所の1つで、そびえ立つ城壁の外には500メートルを超える幅の海溝が広がっており、暗さも相俟って対岸を目視することは難しい。同僚である水壁の監視員達と情報を交換し合っているグンの声を耳で拾いながら、ティマは瞼を閉じて周囲の気配を探った。


「クォト兄さん、歪みはあそこから広がってるわ」


 ティマが指差した方に顔を向けたクォトは、細めた両目に魔力を込めた。次第に見え始める、水壁の歪み。シーツの皺のようなうねりは、城壁と光源の中間辺りから上下左右に広がっていた。


「ずいぶん大きいな。これは修復に時間がかかるぞ」

「私からやるわ。クォト兄さんは待機してて」

「ああ、わかった」


 妹の申し出を素直に受け入れ、クォトは少しだけ距離を取った。再び瞼を閉じたティマは、胸の前で両手の親指と中指を合わせて円を作り、詠唱を唱えながらゆっくり息を吹き込んでいく。指の輪から生まれたシャボン玉はふわふわと浮かび上がり、歪みの元まで昇るとポンッとはじけ、細かな霧となって周囲に散った。

 霧は弱い光を放ちつつ、歪みの元へと吸い込まれていく。その光は歪みに少しずつ染み込み、水壁全体が淡く光り始めた。

 木の根のような複雑な模様が水壁に刻まれる。歪みの先端まで光が到達した直後、それは一際強く輝き、太陽が届かない海底を照らし出した。

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