1話
「流石にこれは自分で確認しないといけないわね。」
私はこの私立高校で生徒会長を務める椎名 悠花。本日は二学期のメインイベントである文化祭1日目だ。この日のために生徒会は一丸と頑張ってきた。しかし、クラスごとの出し物に関して文章だけでは理解できないモノが何クラスかあった。そんな場所には初日に抜き打ちで監査に入り、不適切な箇所を指摘して2日目の最も客入りの激しい土曜日に万全の体制で挑むという筋書きだ。
そして会長である私が直々に監査に来たクラスこそ2年1組「ナーロッパ風喫茶ギルド」だった。
「……ナーロッパっていうのは昨日調べて分かったけど、やっぱりピンと来ないわ。」
ナーロッパというのは、ネット小説に出てくるヨーロッパの中世風な異世界の総称らしい。正直、ネット小説を読まない私にとって何が出てくるのか全く想像出来ない数少ないクラスだった。2年3組の「厨二病喫茶 ~Underworld tea party~」と迷ったが書記の神崎君が行きたがったのでそっちは譲ってあげた。
「でもなんか人気みたいね。中は賑わってるわ。」
教室前で扉の窓から中を覗くと何名か一般客の姿もあり、話し声も聞こえる。私は1度深呼吸をすると意を決して中に飛び込んだ。
中に入るとケルト音楽が流れていて、教室はダンボールの柵で2分割にされていた。黒板側の上半分は奥に受付と書かれたカウンター、そして黒板にはクエストボードと書かれていて茶色く汚れた古紙に文字や絵が書かれ大量に貼り付けられている。そして何故か革鎧を着た男子や魔女の帽子を被った女子が黒板の前で何やら物色している。
「チッ、しけた依頼しかねーな! 今日は休みだ休み!!」
「1組の出店でキャベツ抜きの焼きそば1個を調達しろね。報酬は銀貨1枚か……まあお腹も空いてたしこれにしようかしら。」
理解不能の会話に困惑しながら近付いてみる。黒板前には一般のお客さんもいた。
「へえー3年1組はお化け屋敷なのか。このお化けと写真を撮るって依頼ついでに行ってみようか。報酬は銀貨2枚だし。」
「この金貨2枚の体育館ライブ飛び入り参加は??」
「なにそれ!? 俺を羞恥で殺す気なの??」
紙には様々なクエストが書かれていて他クラスの宣伝広告のようになっている。お使いの様な簡単なモノから、屋上で告白しろとか先生とツーショット写真を撮れなど難易度の高いものもあった。そして依頼には必ず報酬があり、難易度に応じて金額も上がっているみたいだった。ただ単位がよく分からない。私が紙を見ながら首を捻っていると後ろから馬鹿でかい声がかかった。
「どうした!! お困りかいお嬢さん??」
振り返ると革鎧に眼帯、そして何故か付け髭を蓄えた大柄な男子がいた。
「びっくりした。えっなんですか?」
「こりゃ失礼! 生憎と生まれてこの方ずっと荒くれ稼業なもんでよ!!それで何かお困りかいお嬢さん??」
「えっ荒くれ?お嬢さん? ……えっと、この銀貨とか金貨って何なんですか?」
「おっもしかしてお嬢さん、異界の迷い人かい??」
「異界の迷い人?? あなたさっきから何言ってるんですか??」
謎の下品な喋り方に知らない単語、私が困惑していると横から声が掛かった。
「たく昼間っからまたナンパかよ? 嫌だねーこれだからモテない前衛職の男は。」
「なんだと!! ビビりの後衛職は黙ってろ!!」
「馬鹿は何も考えず暴れられて羨ましいよ。こっちお前みたいな奴の子守りまでしてるんだから。」
声の主は白いローブに分厚い本を持ったメガネを掛けた細身の生徒だった。2人の口論が続くと何故か周りが盛り上がり囃し立て始める。
「いいぞ!やっちまえ!!ヒャッハー!!」
「眼帯に銀貨1枚かけるぜ!」
「じゃあ俺はメガネに銀貨2枚だ!!」
口論を止めるものなど1人もいない。それどころか賭け事まで始めている。流石にこれは止めないとそう思っていると口論している2人の前に教室の机をダンボールで包んで樽の模様を書いた物体が置かれた。両者が睨み合い指ポキポキ鳴らし、肩をぐるぐる回し始める。そして机に肘を乗せ中央で手を交わらせた。
「指相撲で俺に勝てると思ってんのか?殺すぞビビりメガネ!!」
「指力だけが強さじゃないんだよ。死ね筋肉眼帯!!」
「えっフィンガーデュエル?本当に何言ってんのこの人達??」
こんな茶番劇とは思えない周りの熱気に一般客も混じって汚い野次が飛び交う。そんな中、何故か袴に脇差という侍の様な格好の男がいつの間にか私の隣に腕組みして立っていた。
「うむ、両者なかなかの総指量じゃ。下手をすれば死人が出るやも知れんのぅ。お嬢さん、未指醒のあんたは離れた方が身のため……いや指のためじゃ。」
「えっ?いきなり何この人??ていうか造語が多すぎてまったく理解できない!」
侍の登場に戸惑っているといつの間にか指相撲が始まっていた。更に盛り上がるその様子に恐怖すら感じていると侍が解説を始めた。
「指力は圧倒的に眼帯が勝っている。しかしメガネは指速度と指知能で翻弄し、カウンターを狙っているようじゃ。楽しませてくれるのぅ。」
「やめて、あなた達の会話を聞いてると頭がおかしくなりそう!!」
……続く。
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