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第8話 この一撃にすべてを

「『――我が身を象るは、情熱と協調。

 清浄なる檻を憎み、世の不条理に異議を唱えし遣使。

 三明の始祖に誓い、契約の楔を打つ無礼を此処に赦す』」


 それは人の形をした精霊だった。

 見た目は俺と同い年くらいだ。


 夜空にたなびく彗星のような淑やかな銀髪を背に垂らし、透き通るような玉肌は純白だというのに温かみがある。

 藍緑色の瞳は希望の光で満ち溢れていて、すぅっと鼻梁の伸びた小さな鼻と桜色の唇は、彼女が確かに生きていることを俺に実感させてくれる。


 線の細い体躯に纏うのは、紺碧色と生成り色を基調とした東洋文化テイストの巫女服。

 その出で立ちは、まさに異様だった。



 足が朧げになっていないから幽霊ではない。俺の手を取っているから幻覚でもない。

 ヨナスの言った通り、人型の精霊は実在していたのだ。


 …………すぐに俺は、詠唱を継いだ。


「『――ならば己が命全てを費やし、我は汝の宿願を果たそう。

 例えこの肉体が灰燼に帰せど、魂の責は不滅なり』」


 重ねた手に光が宿る。

 具象化した魔力は空気中の水分によって散乱し、その衝撃で生み出された氣の波紋は空間を埋め尽くす。


 口にする呪文にも段々と力が籠ってくる。


「『――我は汝に傅かず』」彼女は言う。

「『――我は汝に理解を求めず』」俺は応えた。


「『――無偏を象る戒律は、星海を支えし針無き天秤。注がれた血は証となり、此処に盟約は築かれる』」

「『――盟友よ、再び問う…………汝、交わした契りに従うと此の手に誓うか』」


彼女は答えた。


「『――誓う。我が心は汝と共にあり。

天命の風止むまでの一刻、我が力を存分に揮うがいい、名もなき英雄よ』――――」


♦️


 その途端、俺は光に包まれた。


 こめかみが痛くなるような強い光ではなかった。幼子が母親に抱かれた時のような、安心感のある淡い光だ。

 頭も十分に回らなかった俺は、全身でそれを受け入れる。


 数秒後、俺を包んでいた光は消えた。

 そこで気付く。



「傷が……!」

 治っている。


 あれだけあった切傷も腫れ上がっていた骨折も、全てきれいさっぱり治っていた。

 痛みも倦怠感もない唐突な完全回復に、俺は少なからず困惑する。


 まさかこの精霊、治癒魔法を使ってくれたのか。

 だが、それにしては治癒時間が短すぎる。急速な治癒は対象者を疲労させてしまうはずだというのに、今の俺は寧ろ身体が軽かった。


 魔法ではない。

 それでいて、傷が瞬時に癒えたように錯覚する現象。


 そんなものがこの世にあるだろうか。


(……っ! 『戦闘義体』か!)


 精霊騎士たちが決闘で死なないために用いる、精霊使い専用の異能力。


 戦闘義体で致命傷を負っても本体へダメージが引き継がれないように、ボロボロになった本体であっても戦闘義体に換装すれば疑似的に万全の状態に戻ることは可能だ。


 傷が消えたわけではない。

 戦闘義体というヴェールで、俺は傷口を隠しただけなのである。



(……それでも、動けることに変わりはないよな?)


 目を凝らしてみると、遠くの方でヨナスが何か喚いていた。

 精霊が張ったと思しき魔力の障壁が突破できず、苛立っているようだ。


 圧倒的格下相手にトドメを刺せず、勝手に精霊と契約され、フラストレーションで隙だらけになった今の奴であれば……実力の乏しいカエルの亜人でも倒せるかもしれない。


 そう考え、俺は立ち上がる。



「……じゃあ、ちょっと行ってくる」


 剣を振りかぶる直前。

大した意図もなく、俺は隣に居る精霊に語り掛けた。


「――うん、りょーかい」


 ポンッと俺の背中を押すと、彼女は朗らかに笑って言った。


「――状況はよくわかんないけど、好きにかまして来るといいよ。

 思いっきりさ!」

「ありがとう……!」


 それだけ言うと、ついに俺は攻撃を仕掛けた。


♦️


 相も変わらず視界は狭い。

 でも、あのクソ野郎の姿はしっかりとこの目に映っていた。


 走る。走る。走る。


 脹脛に酸素を回し、指で力任せに石床を抉って蹴り、麒麟よりも速く地を駆ける。

 空気を圧し退けるたび、宙を漂う魔力の残渣は、胡蝶の鱗粉のようにちらちら煌く。


 金銀砂子と見紛うばかりの景色。

 その奥底で、俺はヨナスを射程に捉えた。



「予告通りだ……斬るぞ!」

「な――ッッ!」


 スピードは緩めなかった。

 現在の俺と奴の間合いは、もはや互いの剣先が触れ合う寸前。

 俺が見上げ、奴が見下ろす。

 人間さまに蛙が勝負を挑んでいるかのような構図だ。


 大きく剣を振りかぶった。

 限界まで捻った腰は、堅剛な発条と化す。血管が破れるほど強く柄を握る手は、ぎりと粛清の呪詛を唱え始める。


 今から使う片手技に小細工はない。

 全力で振るう代わりに精度を捨て、ただ敵を叩き斬ることのみに特化させた筋肉頼りの邪道剣だ。

 剣術もへったくれもあったものじゃない。


 でも、これこそが最適解。

 奴と斬り結ぶ余裕なんて、今の俺にはなかった。


 精霊と契約を交わしたことで、俺の魔力は底を尽き掛けていたし……何より、腐ってもこの男は精霊騎士。

 ここで隙を突けなければ、ほぼ自動的に俺の負けは確定する。


 ならば、一撃で勝負を決めるしかない。

 さらに半歩、俺は奴の懐に踏み込んだ。


 すると、


「――カエルがカエルがカエルがカエルがカエルがカエルがカエルがカエルが!」

「……!」

「この、カエルがァァァ!!」


 絶叫。発狂。

 その後、ヨナスは暴風を纏わせた剣を振り下ろした。くすみがかった緑色の魔力線(エフェクト)が軌跡を描き、鉄をも削らんとする凶刃が迫る。


 だが。

 あまりに愚直なその剣筋を俺はとっくに見切っていた。



 ギュパッ!


 素早く前後の脚を入れ替えた俺は、奴の右脇を駆け抜ける。


 勢いは殺さない。

 ヨナスの虹彩が反応するより先に足首を固め、奴の脇下めがけて大きく踏み込む。

 雷のような一撃は空振りに終わり、驚いた奴は目を見開くばかり。


 隙が、見えた。



「――――でやぁぁぁッッ!!!」


 捻った腰を引き戻すと、俺はあらん限りの力で水平斬りを放った。

 狂猛な一閃。それは敵の腎ノ臓へと確実に喰らい付き、衝撃は骨をも灼き焦がす。


 そして、次の瞬間。

 刃に全体重を乗せた俺は、最後のダメ押しとして軸足をもとに身体を半回転させた。

 振り抜かれた剣が、ヨナスの横腹を喰い破る。刃に付着した戦闘義体の構成因子は、辺りに彼岸の華を咲かせていく。


 皮を裂かれ、骨を断たれ、臓腑を潰される痛みを覚えたヨナスは、愕然とした面持ちで膝をついた。


 もう間違いない。

 俺はヨナスを斬り伏せたのだ。



(…………ッ)

 そこで集中が途切れたのだろうか。


 身体も精神も臨界点に達していた俺は、着地のことを考えていなかった。

 体幹のバランスは根底から崩れ、俺は肩から地面に体を強かに打ち付ける。


 辛うじて横目で見えたのは、覇気のないヨナスの後姿。


 戦闘義体を着込んでいたため、奴に実質的な傷はなかった。

 しかし、精霊騎士としての矜持を失った彼の背中は、哀れという他ない。戦火で自身の畑を燃やされた農夫のように、痩せこけた顔には皺が増えて老け込んでいた。


 少なくとも、今すぐに俺を殺しに来ることはないだろう。


 勝負は決着したのである。


(やった……あのヨナスに、ひと泡吹かせてやったぞ……)



 薄れゆく意識の中で、俺は契約を交わした精霊のことを想っていた。


 身体中傷だらけで瀕死だった自分に、快く力を貸してくれた彼女。

 カエルの亜人という存在を嫌悪せず、血だらけの自分の手に逡巡せず、そっと手を重ねてくれた彼女。


(……あいつ、なんて名前なんだろ。あとでお礼を言わなきゃな――――)


 そんなことを考えているうちに、徐々に視界は暗くなる。

 一つずつ感覚が浮き上がり、思考はまとまらない。オーバーロードした神経の瞬きも弱くなっていく。


 やがて血を流し過ぎたためか、脳内から灯りが消える。


 そうして何もかも投げ出した俺は、深い眠りにつくのだった。


 お読みいただき、ありがとうございました!


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 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

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