第74話 祝勝会!
「『――――以上の経緯により、式典直前にローラン卿が提案した企画は、まさに我々の度肝を抜く傑作となった。まさか挑戦者にカエルの亜人を起用するとは、いったい誰が予想しただろうか。
加えてその結末は、カエルが勝つという意外過ぎる展開だ。
これは、どのような弱者でも希望を持つことは赦される、という社会へのアンチテーゼである。とある関係者はそう語っている――――』」
夜。式典の後夜祭によって世間様が浮かれる最中。
つい先ほど上がったばかりの生原稿を、ラム兄は淡々と読み上げていた。
「『――――試合終了直後。普段より決闘を見慣れていないギャラリーに動揺が走った本作ではあったが、シナリオに秘められた真意の奥深さに感動したファンは多かったようだ。
史上稀にみる名作ドラマを披露した精霊騎士、ローラン・トリルバット卿へのインタビュー記事については六ページをご覧あれ――――』か。
さすがジャーナリスト、器用な言い回しをするね。感心したよ」
「……はぁ。どうも」
彼の向かいに座っていたのは、にゃーさんことニア・プレイスだった。
なぜか顔を曇らせている彼女は、不満げに固めのポテトチップスを齧る。
「ホントはもっと、直接的な内容にするつもりだったんですよ」
「うんうん、それで?」
「でも、上に止められちゃいまして。
スティーブンの活躍っぷりには、ぜーんぜん触れられずで……あーもう、悔しいにゃーっ!」
頭を掻きむしるにゃーさん。
荒れる彼女を、酒を呑みながらラム兄は嗜めた。
「所詮は娯楽を目的にした読み物さ。人々の手に取ってもらえなければ、いくら達文でも意味がない。
…………むしろ、今回の決闘は『ローラン卿の茶番だった』ことにして正解だよ。
暴徒と化したファンが、イオリ君を攻撃する事態も防げるからね」
「でもにゃー。貴族に忖度したみたいで、なんかフクザツだにゃー。
スティーブンの得ににゃるにゃら、私の留飲も下がるってもんですけれど」
「まぁ、少なくとも彼らにとっては好都合な記事なんじゃないかな」
苦笑するラム兄は、対角線上にいた俺を見ながらこう言葉を付け加える。
「…………今のイオリ君は、面倒事に立ち向かえるような状態じゃあなさそうだから、ね」
♦
クラウディアと別れた後。
にゃーさんたちと落ち合った俺たちは、盛り上がったその流れで祝勝会を開いてもらうことになった。
貸し切った場所は、例のごとくコープス・マーケットの肉食系レストラン。
宴会費用がカルザックさん持ちであることもあってか、半ば事務的に観客席にいた一般社員たちも多くがこれに便乗した。
おかげで、店内は大いに賑わっていた。
猫の獣人に森鬼、カエルの亜人にマナリア人が一堂に会する食事など、都会ではそうそう見られない光景だ。横長のテーブルに広げられたボリューミーな肉料理に舌鼓を打ち、ワインの飲み勝負で他の種族と親睦を深め、頻繁に席を移動しては歓談に耽る。
そんな愉快痛快な祝勝会は、へそ曲がりの俺でも十全に楽しめるものだと思っていた。
……が、しかし。
運命を司りし女神は何を思ったのか、俺にとんでもない呪いをかけていた。
「あ痛タタタタタ――あ、やばッ! 動けなッ――い、イダダダダ!!」
そう。
《原点回帰》の反動を負った俺の身体、その容体は数時間経って確実に悪化していた。
一応ラム兄の治療は受けたのだが、薬を塗られ包帯を巻かれても痛みが全然引かないのだ。
あまりの筋肉痛でフォークを持つこともできないし、セメントでも流し入れたかのように関節という関節が固まり、軋む。
腕を上げるどころか首を回すことすらできない俺は、一ミリも動けないまま痛みに悶絶していた。
へっぴり腰で椅子に座り、ゾンビのように両腕を前に突き出す。
……そんな、超絶カッコ悪い姿勢で。
「傷の具合はどうかな?」
ラム兄が軽く問診してくる。「やっぱり酷く痛むかい?」
「これ、どういうことなんだよ……戦闘義体はダメージを肩代わりしてくれるんじゃないのか? なんで傷が引き継がれてんだよ?」
「筋肉痛は脳のフィードバック機能による幻覚だと思うけれど、ダメージにも色々種類があってね。
――診たところ、君の魔力回路は内部から激しく損傷しているんだ。身体が動かせないほどの痛みは、おそらくそれが原因だろう」
「くっそ、知らなかった! 限界以上に魔力を流すと、こんなデメリットがあるのかよ…………治癒魔法でどうにかできないのか、アンタ医者だろ?」
「おすすめはできないね。人体の中でも魔力回路というのは、特にデリケートな器官なんだ。自然治癒力に任せてゆっくり回復させた方が、身体への負荷も少なく済むよ」
そう言って、白衣の彼はラム酒を呷った。
「――いい教訓になった、と思えばいいさ。これで次からは、慎重に『力』を使えるだろうからね?」
「授業料としては高い気がするけどな。おかげで水も飲めやしな……痛っ!?」
すると突如、俺の身体に電撃が走った。誰かに脇腹を小突かれたのだ。
Oの字に口を開けて痛みに耐えた俺は、ギギギと視線を左へ向ける。
「…………おーまーえーかー!」
「あっは、ごめん。反応が面白いから、つい」
俺を指で突いてきたのは、口の端に茶色いソースを付けたリリだった。
きっと筋肉痛によって全ての部位が弱点になった俺に、ちょっかいを出したくなったのだろう。ニヤニヤと笑う彼女は、おもちゃをパンチする猫のように何度も俺の脇腹を責めてきた。
「ちょ、おま、やめろっ!」
「へぇー、触られるだけで痛いんだー。なんかオジギソウ触ってるみたいで楽しいなー」
「お前ェ……あとで覚えてろよ?」
「ふふふふ」
そうして俺のリアクションを十分に堪能したのだろう。
いいところで筋肉痛弄りをやめたリリは、隣でビフテキをカットし始めた。
スッと入れられたナイフは分厚い肉を鮮やかに断ち、切り口からは透明な肉汁が溢れ出ている。柔らかな赤身が残る極上の焼き加減で提供されたそれは、照明の下でてらてらと照り輝く。
そこに薫り高いデミグラスソースを絡めると、リリはその一口大のステーキを俺に向かって差し出した。
「はい、口開けて」
「え?」
「腕が使えないんじゃ、満足に食事もできないでしょ。だから代わりに、わたしが食べさせてあげるよ。
――ほら、あーんしてよ、あーん」
ふざけんな、というのが第一の感想だった。
この宴会は、『俺たちが決闘に勝った祝いの席』だ。つまり、宴の主役は俺とリリであり、同席者からの目を惹きやすい状況なのだ。
そんな中で恋人でもない相手に飯を食べさせてもらう、ってどこの羞恥プレイだ。俺を殺す気か、コイツは。
わらわらと周りに人だかりができ始め、好奇の視線が首筋に集中するのを感じていく。
額を冷汗が伝った気がした。
「…………牛肉、嫌いなんだよ」
とりあえず俺は、テキトーな理由をでっちあげてみる。「なんとなく気分が悪くなるからな」
「えー。高級食材なのにもったいなーい」
「別に好き嫌いがあってもいいだろ、人間なんだからさ」
「……じゃあ、キミは何の料理なら食べるの」
「逆に、なんでお前は俺にものを食べさせたいんだ?」
一瞬、リリの表情が固まったように見えた。サプライズを見抜かれて動揺する子供のような、そんな目の泳ぎ方だ。
地雷を踏むような発言はしていないはずだが、俺に至らぬ点でもあったのだろうか。
不思議に思っていると、ぽつりとリリが口を開いた。
「……何というかさ。君には感謝してるんだよね」
「感謝って、恩を着せるような行為とかした覚えはないぞ、俺」
「そうじゃなくて……今日の決闘。何度もわたしのこと守ってくれたでしょ?
決闘の原因を作っちゃったのも私で、なんか申し訳ないしさ」
ごにょごにょとそう言って、リリは恥ずかしそうに顔を逸らした。
頬を赤らめ、唇を尖らせ、彼女はこう言葉を続ける。
「だからさ――――少しくらい、お礼させてよ」
♦
なんだ。コイツにも可愛げのあるところがあったのか。
意外な顔を見せる彼女に、俺はちょっとドキマギしてしまった。
白桃より淡い純情に中てられたせいだろう。しかも恩返しの仕方が食べ物関係なのが、憎めない性格の良さに拍車をかけている。
ここで彼女の頼みを断れるほど、俺は節度に欠けた人間ではない。羞恥心が消えたわけではないが、周りを気にして恩義の貸借関係を維持するのも後味が悪い。
……仕方ないか。
「なんでもいい」
「なんでも?」
「牛肉以外なら、なんでも食ってやるよ。
俺もお前には借りがあるんだ――お前の好きなように、食い物を俺の口にねじ込んでくれ」
「……! わかった!」
嬉しそうに返事をしたリリは、俺の取り皿へ料理を片っ端から積んでいった。
メガネ豆のマリネ、アロマ人参とルッコラのロワイヤル風サラダ、ヒカリマスのムニエル、サルトリ茸のフリット、カリカリバゲットのオリーブペースト添え……。
どうやら彼女は、俺の発言を真に受けて「牛肉以外で自分の食べたい料理」を選別したらしい。
肉やら野菜やらが山盛りになった皿を前に、俺は唖然としていた。まさかこれ、全部食わなきゃならないのか?
極めつけは、トマトやレタスに熱々の鹿肉ソテーが挟まったサンドイッチ。串を刺さなければ自立しないほどボリューミーなそれは、肉に目がない彼女の大好物に違いない。
がしっとジビエサンドを掴み取ると、リリはそれを俺の口へ近づけてくる。
「はい、あーん」
「……」
なるべく無表情を取り繕いながら、俺は差し出されたクラブサンドに嚙り付いた。
鹿肉のうま味がじゅわりと口いっぱいに広がっていく。新鮮な野菜と噛み応えのあるパン、両者のハーモニーも最高だ。
「美味しい?」
「あぁ……まぁ、それなりに」
「そ。なら良かった!」
俺の無難な返答に安心したのか、リリは嬉しそうに笑っていた。
…………と、背後が何やら騒がしい。
「ひゅー! 見せつけてくれるねー!」
「試合でも息ピッタリだったし、やっぱお似合いだよお二人さーん!」
おぉー、と周りではなぜか拍手が起こった。
讃えるように、羨むように、俺たち二人のやり取りを温かく見守っていたのだ。
野次馬たちに囲まれる中、俺はタマネギの甘味が効いたソースを味わい続ける。悪意が欠片も感じられないというのに、ひどく居心地の悪い空間だった。
……限界だ。
「だー、うるさい! 俺たちは見世物じゃないぞ、帰った帰った!」
声を荒げてキレてみせると、人垣は蜘蛛の子を散らすように崩れていった。クスクスと笑いながら、野次馬たちはそれぞれ酒を取りに席へと戻っていく
どうやら俺は、皆から面白い玩具として正式に認定されてしまったらしい。
実際ラム兄も頬杖を突いて、こんな戯言をほざいていた。
「――和やかな雰囲気じゃないか。ようやく君も皆に受け入れられた証拠かな、これは」
「弄りやすくなった、の間違いだろ。こっちはいい迷惑だ」
顔をしかめる俺に対し、しっとりと彼は言い聞かせる。
「でも、見ていて気持ちが良いのは事実だよ。
他人を馬鹿にし侮蔑する光景というのは、ご飯を不味くするだけで得がないからね。
君たちが初々しい反応を見せる方が、よっぽど僕らの心も温まるというものさ。熱い口づけがあったら、なお良しだ」
「……他人から親切にされるのに慣れてないんだよ。
子供の頃からさんざ虐められてきた奴が、今さら正常なリアクションをすると思うか?」
「ははぁ、なるほどね。つまり純粋な好意こそ、君の弱点であると。
まぁ、そういうことにしてあげるのも一興かな――――」
酒が進んだせいだろう。
レストランの至る所では、ほろ酔い気分の人たちによってどんちゃん騒ぎが起こっていた。
ある者はテーブルの上に立って下ネタの演説を始め、またあるグループは個室席で王様ゲームで盛り上がる。
さらにカウンター席ではシェフが自慢のフランベを披露し、店の看板娘はいかり肩の大男とビールのジョッキ飲み対決を繰り広げる始末だ。
全員酔い潰れない限り、収拾は付きそうにない。
祝勝会とは思えない治安の悪さを前に、ラム兄は笑っていた。
「――あぁ、そうそう忘れてた」
すると急に。
何かを思い出したように、ポンと彼は手を打った。
「イオリ君に渡さなきゃならない物があるんだった」
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