第73話 騎士の背中
「密談するには、まだ君の口は大き過ぎるってこと。
――ホント、そういうところは大雑把よね、君って人間は」
軽快に踵を鳴らして、クラウディアは俺たちの方へと近づいてきた。
そのまますれ違うのかと思いきや、真横まで来ると一旦彼女は立ち止まる。
「……とにかく、あのローラン卿に君たちは勝った。
これが事実である以上、君たちは多かれ少なかれ注目を浴びることになるわ」
まっすぐ前を向いた彼女は、諭すようにこう語る。
「――もう君は、弱いままじゃいられない。貫きたい道があるのなら、相応の力を身に着けるしかない」
「……」
「わかってるよね?」
「……あぁ」
わかっていた。わかっていたとも。
今日の勝ち星は、あくまでマグレだ。
俺の剣術は一流が相手では全く歯が立たなかったし、身体能力や戦略の面においても改善点は山積み。
そしてこの先、人型の精霊にして『鍵』であるリリは、より厄介な輩に狙われることになる。
世の不条理を撥ね退けるには、強さが必要だ。
そのために、俺はもっと強くならなければならない。
――守りたいものを、守る。
それが俺の目指す道だ。
一見するとそれは、あらゆることを制限されたカエルの亜人には、少し険しい道のりかもしれない。
だが、どんな障害が立ち塞がろうとも、文句を言いながら俺はそれを乗り越えられるだろう。
幸い、道の先には標の剣を持った彼女が見えている。隣には心強い味方もいる。
だから大丈夫だ――――絶対に俺は、この騎士道を貫ける。
そう思うと、胸の奥で自信が漲った。
そんな気がした。
「……まだ、お前の前に立つつもりはないよ」
俺は言った。
「今日の試合で、資格も実力もまるで足りないのが再認識できた。ここでお前に決闘を挑んでも、六年前と同じ結果になるのは目に見えてる…………」
「じゃあ、私との約束は反故にするって?」
「いや、最短距離で行く。自分に足りないものを見つけて、強くなって……さっさと俺たちも精霊騎士になる」
だから、と俺は視線をライバルの方へ動かした。
見覚えのあるコバルトブルーの瞳は、しっかりとこちらを向いていた。見どころのある人間に試練を与える女神のように、その視線にはひと摘まみの期待感が添えられている。
もったいぶる必要もないだろう。
地に足を着けた口調で、俺は宣言する。
「――――頂上で待ってろ。
すぐに俺が、決闘を申し込みに行ってやるから」
♦
「……!」
発言内容に予想外なワードでもあったのか。
ちょっと驚いたように、クラウディアは眉を上げた。そして、ふっと目元の緊を緩める。
微かにトーンを上げて話す彼女は、どこか嬉しそうな表情をしていた。
「頂上で、か。
……あいわかりました。期待しないで待ってます」
「大事なリベンジマッチだ。逃げたりするなよ?」
「あなたこそ、また負けてもベソをかかないように」
ついに試合の時間が来たのだろう。
間を置かずにそう言い返すと、クラウディアは俺から視線を切った。
歩き出した足に躊躇いの情はなく、精巧な人形のように整った横顔からは森厳たる威光が放たれている。その後ろ姿を、無意識に俺は眼で追った。
再び、彼女との距離が離れていく。
「……試合前に、君の顔が見れてよかった」
トンネルの向こう側へと抜ける間際。
ふと何を思ってか、クラウディアはこちらを振り返った。
伝え忘れたことでもあるのだろうか。空気を呼んで黙った俺は、漠然と彼女を見つめることにする。
俺と同い年である彼女は、やたらと挑発的な表情を浮かべていた。
そして。
物柔らかに唇を動かし、彼女はこう言うのだ。
「――――いつか、また遊ぼうね。ザコの三流剣士くん?」
「…………ッ!」
別れの言葉は、たったそれだけだった。
金陵を彷彿とさせる長い髪をなびかせて、クラウディアは前へ向き直る。
既に次のプログラムについて実況が開始されているのか、観客たちの歓声はここまで届いていた。
カエルの亜人が勝ったことなど、皆とっくに忘れてしまったらしい。会場全体が、彼女の登場を待ち侘びているかのようなムードだ。
栄光に満ちた戦場へと、クラウディアは足を踏み入れていく。
直後、場内で嵐のような喝采が沸き起こった。
【――さぁ、皆様も期待で胸が高鳴っていたことでしょう! いよいよ本日のメインプログラムがスタートします!】
マイクを齧る勢いで、実況者が語り始める。
【一部リーグ昇格を決めたクラウディア・セシルアローと、勝ち点同率で昇格権を争い合ったシャナ・カムラ。
……天賦の才を誇る彼女たちは、今日も我々に感動を与えてくれることでしょう!
皆さま、どうか盛大な拍手でお二人をお出迎え下さい――――!!】
謝肉祭さながらに活気づく闘技場。
鷹の精霊と合流した彼女は、空より注がれた清暉の奥へ消えていく。
騎士と呼ぶにふさわしい、堂々たる風格だった。
「…………やっぱ、かっこいいな。あいつ」
クラウディアの後ろ姿を見送った俺は、未練なく踵を返すことにした。
普通なら後学の為に、試合を観てから帰るのだろう。
だが俺は前に一度、彼女とヨナスの試合を観てしまっていた。そうして今回、彼女は俺とローラン卿の試合を観た。
つまり俺たちは、今の自分の実力を互いに一度ずつ曝した状況。
条件的に、俺たちはフェアな関係なのだ。
ならば、もうここにいる理由もないだろう。
「……帰るか、リリ」
「……そだね」
こうして。
人生で最も大変だった一日は、心和やか雰囲気で終わろうとしていた。足を引きずって、俺たちは控え室の方へ歩き出す。
通路を抜けるまでの間、観客席からは耳を劈くような大歓声が上がり続けていた。
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