第72話 ライバル・インタビュー
「――ちょっと。もっと自分の脚で立ってよ」
円型のフィールドから控え室へと繋がる通路にて、リリはそんな不平を漏らした。
「重いったら!」
リリに肩を貸してもらうカタチで、何とか足を引きずりながら俺は歩いていた。
戦闘義体が代わりにダメージを吸収してくれていたおかげで、現実の身体にはほとんど外傷はない。だが、《原点回帰》の反動はしっかり残っているらしい。一歩足を踏み出す度に激しい筋肉痛に襲われるのだ。何度も涙が出そうになり、歯を食いしばった。
……灯光石が十分に焚かれたこのトンネル内に、人の気配はひとつもなかった。
出場者がカエルの亜人なら手を抜いてもいい、という暗黙の了解によって、運営責任者が人件費を削減したのだろう。
闘技場のスタッフから、勝利の花吹雪のサービスをして欲しかったわけではない。しかし、保安上の関係で警備員くらいはいると思っていただけに、この静けさはどうにも落ち着かなかった。
通路の壁に卑猥な落書きでもしていきたいところだが、残念ながら今の俺にそんな余力など欠片もない。
まともに歩けない足に苛立ち、どうしようもなく俺はグロッキーになっていた。
「これでも精いっぱいなんだよ。身体に力が入らないんだ……嫌だったらその辺に転がしてってもいいぞ。夜までには帰れると思うし」
「そんなことしたら風邪ひいちゃうでしょ。
カルザックさんならおんぶしてくれそうだから、せめてそこまでは頑張って!」
「お前、カルザックさんを何だと思ってんだよ…………あ、しまった。そういや投げたダガー、回収し忘れてた」
「えー! まさか、取りに戻らなきゃいけないのー!? わたし嫌だよ、頑張ってここまで運んだのにさぁ!!」
「まぁ、清掃員とかに伝えれば拾ってくれるだろうし、後回しでもいいか…………んあ?」
しばらく歩いていくと、通路は卜の字に分岐していた。
霞んだ目を凝らしてみると、その交点には誰かが立っているようだった。右手にある階段を使って、精霊騎士御用達のラウンジから降りてきたのだろうか。
白銀の甲冑をスマートに着こなす彼女は、此方へひらひらと片手を振っている。
「クラ公……なんでここに?」
玲瓏の剣姫、クラウディア・セシルアロー。
百年に一度の天才と持て囃される、俺の好敵手がそこにいた。
心の底からたまげた俺は、回らぬ舌で矢継ぎ早に質問する。
「まさかこの後に試合があるのか?
だからここに来て……ってちょっと待て。まさか俺とローラン卿の試合も見てたのか!?
じゃあさっきVIPルームに見た影、やっぱお前だったのかよ!
のんびりお菓子食って、俺の醜態を肴に寛ぎやがって、ほんと貴族は性格が悪い奴らばっかだよな……!?」
疲労で頭がどうかしていたのだろう。べらべらと文句を捲し立てる俺に、リリは毅然と対応する。
「――落ち着いて。別に私は、ここに君を笑いに来たつもりじゃないの」
「……だったら、何しに来たんだよ」
「ちょっと君と話がしたかった、ただそれだけ」
自分の右手首を指差し、彼女は言った。
「ここの状態、もう確認した?」
「……手首がどうしたんだよ?」
「――《制約の刻印》。
正式な決闘をしていたんでしょう? 仮にもしそうだとしたら、ローラン卿の意志も印に表れるはずよ」
「……???」
とりあえず言われた通り、俺は自分の右手首を見てみることにした。
♦
鮮血流れる動脈上に浮き出ているのは、龍の頭を象った光の文様。
太陽でも食らおう大口を開けるそれは、俺とローラン卿の間で不破の契りが結ばれている証拠だ。
これがある限り、異形の仮面を被ったあの決闘の精霊は、俺たちの動向を監視し続ける。提示された条件を敗者が履行するまで、この印が消えることはなく、不埒者を永遠に呪い続ける……そう俺は解釈していた。
しかし、次の瞬間――――《制約の刻印》が、消えた。
霧のように跡形もなく、だ。
♦
「これって……!」
理解が追い付かない俺に、クラウディアがそっと説明を加える。
「その印、決闘の精霊が監視を止めたら、勝手に消えるようになってるの。
つまり君はもう、刻印の呪いから解放されたってこと」
「そっか……じゃあ、まだローラン卿の腕には残ってるのか?」
「約定をすべて履行し終えるまでは、ローラン卿の中に埋め込まれることになると思う。でも、心配は無用よ――あの人、とっくに覚悟を決めたみたいだから」
俺が提示した条件は、三つ。
カルザックさんの会社へ資金提供を行うこと。
リリを保護下に置こうとする行為を止め、彼女を自由の身にすること。
そして、ブラックマーケットの一斉摘発を一か月以内に終わらせ、これ以上やむを得ない犠牲者を増やさないこと。
いくら天才のローラン卿でも、これらをやり遂げるのは至難の業だろう。
ヨナスとの繋がりがある以上、新街道建設のいざこざは穏便に済ませる必要がある。
また、リリの自由を認めるということは、新世界への扉を開きたかった教会連中を裏切るのと同じ行為。
今日一日だけで、彼は多くの敵を作ってしまった。状況がひと段落着くまで、彼の仕事は多忙を極めるはずだ。
既にローラン卿は、次なる戦いに身を投じているのである。
「……一度や二度の摘発をしても、人身売買の市場が潰れることはない。
所詮はイタチごっこだって常識は、あの人だってわかってる」
けれど、とクラウディアはこうも言った。
「ローラン卿は、不可能を可能にする天才だからね。
悪を捌いて、他人を無償で助けることくらい、簡単にやってくれるはずだよ」
「そうだな。お人好しなあの貴族様なら、周りを正しい方向へ導いていけるかも……って、まてまてまて」
と、そこで俺は会話のおかしな点に気付いた。
――――なんで部外者であるはずの彼女が、俺とローラン卿が決闘をするに至った経緯まで知ってるんだ。
変だろ、それ。
「もしかしてお前……」
直感的な推論を俺は口にする。
「……俺がローラン卿に出した交換条件の内容。密偵とか使って、最初から全部知ってたのか?」
悪戯っぽく、くすっと彼女は笑った。
「…………さて、どうでしょう♪」
「おい!」
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