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第70話 決着と選択

「……とどめを刺してくれ」


 開口一番。

 薄っすらと目を開けたローラン卿は、そう言った。

「私の首を斬れば、決闘は終わる……そうすれば、晴れて君たちは自由の身だ」


「あなたは、それでいいんですか」

「…………勝者は生き、敗者は死ぬ。決闘とは元来そういうものだよ。戦闘義体で守られた身とはいえ、形だけでも潔く殺される。それが筋だ。

 私も慣例に倣わねば……ね」

「そう、ですか」


 剣を握る手に、俺は力を込めようとした。

 だが、《原点回帰》の反動だろう。蟇蛙色に戻った腕は、ピクリとも持ち上がらない。剣を振ることはおろか、物を書くことさえできないくらい、俺は疲労していた。


 これも運命というやつか。

 神を信じる気は毛頭ないが、この巡り合わせは俺にとって都合が良い。誰かを踏みつけにして得た勝利に、価値なんて見出したくなかった。

 リリに介護されながら、俺は鉄剣を鞘へしまう。



「――でも、残念です」

 いけしゃあしゃあと、俺は言った。

「今の俺じゃ、あなたを斬れません。だってまだ、勝負は終わってないんですから」


「……? どういうことだ?」

「あなたは戦意を喪失した。対して俺も、ほぼ戦闘不能の状態です。

 だから、この決闘――――勝敗はあなたが決めてください」


 意味が分からない、という顔でローラン卿はこちらを見ていた。

 肺を痛めながら、俺は自論を展開する。


「人気のある精霊騎士とカエルの亜人の一戦なんて、ギャラリーからすれば騎士が勝って当然なんです。

 俺がとどめを刺すことは、確かに可能だ……でも『カエルの勝利』なんて、彼らが意地でも認めませんよ」



 今回の決闘は、そもそもエキシビジョンマッチとして開催されたもの。

 記念式典を見物に来た客たちからすれば、これは亜人を笑いものにするだけの余興でしかないのだ。


 だというのに、ここで溝攫いがお似合いなカエルが勝ったとなれば、ギャラリーの怒りはそこら中で噴出することだろう。現在でさえ、観客席では下劣なヤジが飛び交っている状況だ。果てには、暴動だって起きるかもしれない。


 それに挑戦者は、社会的地位の低いザコなのだ。テキトーに理由を付けて、反則負けにしてしまうことなんて簡単にできる。


 となると、俺はローラン卿にとどめを刺してはいけない。

 なぜなら、俺には勝敗を決定できるだけの力がない。大衆から、それを許されていない。


 この決闘の結末を選択する権利を持つのは、この場でただ一人。

 純然たる精霊騎士である、ローラン卿だけだった。



「……私が、決めるのか?」

「そうです。あなたが勝敗を選択するんです」

「選べというのか…………幾度となく間違え続ける、この私に」


 何かを懺悔するかのように、ローラン卿は天を仰いでいた。

俺とリリは、静かに彼の回答を待つ。

 すると、



「――――だったら、あたしたちの勝ちよ! そうでなければ駄目なのよ!!」


 ついに堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 傍でずっと話を聞いてきたウェスタが、歯をむき出しにして口を挟んできた。

 激情のままに、彼女は批判気味に声のトーンを上げていく。


「――だって、マスターは本気で戦ってなかった!

 最初から上級魔法でバンバン攻撃していれば、あんたなんか瞬殺できてた! 

 こっちは適度に手心を加えて、客が盛り上がるように試合を組み立ててたのよ!

 それなのに、空気も読まずにあんたは本気を出した! こっちのシナリオも考えずに、試合をメチャクチャにしたの!

 しかも、さも自分が強いだけだって顔で、マスターを見下した上に交渉まで始めるなんて、驕るのもいい加減に…………ッ!!」



 言いかけたところで、ローラン卿が彼女の暴走を制止した。


「もういいよ、ウェスタ。君の想いはよく伝わった」

「でも、マスター!」

「試合後に相手を非難するのは、騎士として一番みっともない行為だ。それは君も知っているだろう?」

「うぅ……でも」

「初めから本気を出さなかったのは、単純に私が相手を侮っていたからだ。

 心の弱さが招いた結果なのであれば、私の実力がその程度だったというだけの話さ」


 そう言うと、ローラン卿は無理やり口角を上げて笑う。「悔しいけど、ね」


「……弱さを、認めるのね」

 しゅん、とウェスタは狐の耳を下げた。

「マスターが言うのなら、きっとそうなんでしょうね……熱くなってごめんなさい」


「君にはいつも苦労を掛ける。パートナーとして、本当に感謝しているよ」

 ありがとう、とローラン卿は優しく言った。


「少しだけでいい、私に時間をくれないか。彼と話がしたいんだ」

「……わかったわ」


 そう言って、ウェスタは契約者の隣に座った。

 今にも泣きだしそうな彼女の頭を小さく撫でると、ローラン卿はこちらへと向き直る。リリに肩を借りたまま、俺は黙って答えを待った。


 数秒後。

 情の波も立たないほど穏やかな顔で、ローラン卿はこう宣言した。


「――――私の負けだよ」



「実はね。顔を殴られるなんて、生まれて初めての経験だったんだ」

 照れくさそうに、彼は頬を掻く。

「しかも、決闘の場で殴られたとあってはね…………鉄壁の守りを誇る槍士として、これでは立つ瀬がないよ」


 はっきりともう一度、ローラン卿は安らかに言った。


「紛れもなく私の完敗だ。完敗なんだよ」

「……」



 俄かには、自分の耳を信じることができなかった。


 あのローラン卿が敗北を認めた。

 それも悩むことなく、あっさりと。

 勝利の実感がまるで湧かず、反射的に俺は訊ねる。


「……本当にいいんですか。俺は汚らしい亜人ですよ?」

「観客のことなら心配しなくてもいい。

 物の分別をわきまえている人間なら、私の敗北宣言をしっかり受け止めてくれるはずだ。暴動の対策も考える」


「でも。俺が提示した条件を全て呑むのは、さすがに難しいと思うんですが……」

「約束は守るよ。大切なことを気づかせてくれた、その『お礼』にね」


 ()()

 お礼とは何なのだろうか。


 そんな恩を着せるような行為を自分はしていないはずだ。むしろ恨まれるようなことしかしていない。

 それともお礼参りの方の「お礼」か? 

 だとしたら、やばい……命の危機を感じる。


 恐る恐るローラン卿の顔を伺ってみる。


 血に腰を下ろした彼は、憑き物が落ちたかのような表情をしていた。

 ――――子供の頃に憧れた騎士(ヒーロー)が、そこにいた。

 お読みいただき、ありがとうございました!


 「面白い!」「続きに期待!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや★評価をよろしくお願い致します!


 執筆のモチベーションに繋がりますので、どうか!


 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

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