第69話 限界を超えて
無事、合図は届いたらしい。
遠く後ろの方で呪文を叫ぶ、あいつの声が聞こえてきた。
「――――《防護魔法》!!」
瞬く間にバリアが展開された。
ドーム状となったその壁内に、俺とローラン卿が閉じ込められる。
これでローラン卿とウェスタは、完ぺきに分断された。バリアの外にいるウェスタは、投擲槍による援護を行うことが出来ない。
相棒のファインプレーに感謝し、俺は相手へと斬りかかった。
ローラン卿は、明らかに混乱していた。まさか貴重な防護魔法を「檻」として使うとは、夢にも思ってみなかったのだろう。呆気に取られた顔は、次第に焦りの色に塗れていく。
足元からは、例の炎渦が消えていた。
(このドームに熱の逃げ場はない……加えて、今の俺はローラン卿と同じだけタフだ!)
《虚栄魔法》で強化されたのは、なにも身体の頑丈さだけではない。火属性魔法への耐性も上がっていた。
きっとこれは、自分の力で身を焦がさぬための特性なのだろう。だからこそローラン卿は、燃える槍を握っても平気なのだ。
裏を返せば、今の俺に熱傷を負わせるのは通常の火力では不可能。
つまり、
「…………どうやら『自分ごと焼き尽くす』覚悟は、なかったみたいだなぁ!!?」
「――図に乗るなッ!!」
いよいよ闘いは、最終局面。
苦悶の表情を浮かべたローラン卿は、これまでで最も苛烈な刺突を放ってきた。
この槍は躱し切れそうにない。しかし、剣で受け止めようものなら、俺の動きは確実に鈍る。
活動限界まで、あと一秒。
(……まだ行けるッ!)
槍に向かって、俺は剣を振り下ろした。そして激突の刹那、わざと手の力を抜いてやる。
ガキィン、という金属音が響いた。
反作用で弾き飛ばされた鉄剣は、優美に回転しながら宙を舞う。
ローラン卿が眼を見開いた。
「――剣を、捨てた!?」
僅かに槍術の流れが淀んだ。
その甘さを見逃さず、俺は相手の懐へと潜り込む。
♦
……体力は、もう限界に達していた。
とっくの昔に足は棒になっていたし、腕の神経はまともに応答してくれない。内臓も五感もズタボロで、視界はどんどん狭まっていく。
活動時間の脳内カウントは、ゼロを表示して止まっている。
でも、俺は歯を食いしばった。
まだ俺は生きている。生きて地上に立っている。
ならば、ここで諦めるわけにはいかない。命を賭すと決めたのなら、死ぬまで意志を貫き通せ。
たった一度の決闘で、何かが変わることはないのかもしれない。だが、それが闘いを放棄する理由にはならないことを、脆弱な俺は知っている。
カエルを井戸から連れ出した者たちは、今も俺の背中を押してくれている。
「行け」という彼らの声援が、俺を鼓舞してくれているのだ。
遠くでリリが何か叫んだ。それが声援なのか罵倒なのかはわからない。
それでも最後の力を振り絞り、俺は強く拳を握る。
この手の内に、すべてを込めろ。
想いも感情も命でさえも、ありったけの重みを込めて振りかぶれ。
この空の先で、彼女が待っているんだ。精霊騎士になる道を進みたいのなら、くだらない常識なんて覆せ。
自分で決めた限界なんて、幾らでも超えられる。
だから。
(―――――踏み込め! あと、もう一秒!!)
遠慮はしなかった。
ローラン卿の顔めがけて、俺は拳を叩きつける。
血に塗れた蛙のそれは、無防備な彼の頬へとめり込んでいく。
「――――飛んでけぇぇぇぇぇッッ!!!」
「……! ……! ……ッ!」
左足を大きく前に踏み出し、全身の発条を使って腕を振り切る。
全身全霊を懸けた右ストレート。
拳に送り込まれた圧力は彗星の如く爆裂し、ローラン卿を彼方まで吹き飛ばした。
魔力障壁を破り、空堀を超え、フィールドを囲む壁に打ち付けられた彼は…………やがて、そこで動かなくなった。
♦
(勝った……のか?)
体力を使い果たした俺は、ボーっとその場に立ち尽くしていた。
今度こそ本当に限界のようだ。《虚栄魔法》が切れたのか足は痙攣しっぱなし。手の指は一本も動かせない。
ジョイントパーツが抜けた人形のように、その場でバラバラになってしまいそうな感じがした。
重心の置き場を失った俺は、ふらっと地面に倒れそうになる。
誰かに脇を支えられた。
「……リリ?」
隣に居たのは、気の置けない仲の相棒であった。
気持ち程度に肩を貸す彼女は、百合の小花のように可愛らしく微笑んでいた。
淑やかに、リリは唇を動かす。
「――お疲れさま、おバカさん」
「あぁ……お前もな」
互いに慰労の言葉をかけ合う。その後、俺たちは重い足を引きずって歩き始めた。
荒野を行き、剣を拾い、堀を超え、気絶している決闘相手へと近づいて行く。
場内の喧騒が遠くに聞こえる。
陽が傾き始めた凪の午後。
壁に背を預けたまま動かないローラン卿の前に、俺たちは立った。
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