第68話 蛙の剣
拡張された意識の中で、俺は剣を振るっていた。
不思議な感覚だった。
視野に入るものすべてがスローモーションのように見えるし、肌に触れた相手の感情は鮮やかに脳へと伝わってくる。深手を負ったはずの腕も、足も、驚くほど滑らかに動く。
まるで戦神が憑依しているかのような全能感。高揚する感情を糧に、俺は戦場を疾走する。
この強化状態は長く保たない。一秒でも早く、ローラン卿を討ち取らなければならない。
もう俺には、時間がなかった。
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「――があぁぁぁぁッ!」
心臓の奥から、無限にエネルギーが湧き上がるのを感じる。
身体が内側から弾け飛びそうだ。規格を越えた力の暴走が、徐々に抑えられなくなっていくのが分かる。循環する高濃度の魔力は、骨の髄から着実に神経を蝕んでいた。
命を燃やし、俺はローラン卿へと斬りかかった。
一気呵成の斬撃はギリギリのところで躱され、そのまま連撃の応酬へと縺れ込んでいく。
打ち合いの衝撃で、全身の筋繊維が悲鳴を上げた。
(それでも……っ!)
脚力をフルで活かすため、フィールドを目いっぱいに使って勝負を仕掛ける。
地面を蹴って加速するたび、動脈が切れるような痛みが全身を貫き、何度も脳幹が破裂しそうになった。
おそらく、肋骨や大腿骨はもうヒビ割れている。体表から漏れ出る魔力で空気抵抗は軽減できているようだが、やはり神速のストップ&ゴーは負荷が大き過ぎる技らしい。
でも。だからといって、この運動性を殺すわけにはいかない。
俺の速さに追いつけず、間合いが維持できなくなったローラン卿は、「一歩も動かない戦術」を止めた。
本気で応戦してくるようになったのだ。
攻守が目まぐるしく切り替わる高速戦闘になれば、どんな超人にも隙は生まれる。そこを貫く以外に、格下である俺が勝てる策はない。
迷うな。
臆すな。
躊躇うな。
身体が捩じ切れそうになる痛みくらい無視してしまえ。
ただひたすらに、この剣を振れ……
「――それくらいしかできないだろ、俺はァ!!」
碧色をした蛙の手で、何度も鋭く技を放つ。
風を切って奔る刃は、敵を一刀両断せんと哭いていた。死に物狂いになって冴えた剣は、ローラン卿の身をじわじわと刻んでいく。
だが、これではダメだ。
かすり傷を増やすばかりで、致命傷が与えられていない。うまく槍に攻撃をいなされてしまっている。
《原点回帰》という奥の手を使用し、捨て身の覚悟で挑んでも、なお戦況は互角。
こんなにも圧しているというのに、勝利にはもう一押し届かない現実。
(まともに動ける時間は、あと三〇秒ってとこか……凌ぎきられたら、そこで終わりだ!)
ならば、もっと攻めるしかない。
悪魔の囁きさえも寄せ付けない速度で、あの槍術を正面から打ち破るしかない。
さらに前へ踏み込む。
策を講じている余裕なんてない。体力も気力もすべて使い果たす気持ちで、圧縮させた魔力を足へと流す。
ここが正念場だ。
頭を砕かれても、腹に穴が開いても、絶対に走りを緩めてはいけない。次のローラン卿との剣戟で一気にカタをつける。
だから、止まるな。
動け。
動け。
動け。
「「――――あぁぁぁぁぁぁ!!」」
二つの絶叫がぶつかり合う。
金属質な光が交錯する度、辺りには構成因子が飛び散った。
すでにお互い死力は尽くしている。
いつ決着がついてもおかしくはない。この綱渡り、制するのは果たしてどちらか。
倒れ込みそうになる上体を引き起こして、俺はがむしゃらに袈裟斬りを打った。唸り声を挙げて振り下ろされた一撃は、予想通り槍によって巧みに捌かれる。
だが、ここで意外なことが起きた。
反撃に転じるローラン卿の動きが速かったのか、肩に乗っていたウェスタの脚が僅かに浮いたのだ。
隙が、見えた。
♦
「――そこだッ!」
振りの勢いを利用し、片手突きへと技を繋ぐ。
剣先はウェスタに向けていた。舌打ち混じりに跳躍したウェスタは、華麗にこの穿刺を避ける。ご主人様の肩から完全に足を離した狐は、俺から大きく距離を取る。
…………ローラン卿とウェスタの分断に成功した。
この機を逃すわけにはいかない。
頭の良いウェスタなら、すぐに魔法によってローラン卿を援護しにかかるはずだ。
現にローラン卿の足元では、熱風が渦を巻き始めている。おそらく獄炎を纏った例の竜巻で、仕切り直しを図ろうとしているのだ。
感覚的に見て、俺の動ける時間はあと一〇秒もない。
次に攻撃を仕掛けられるチャンスなんて、絶対に回って来ないだろう。
『保険』を切るなら今しかない
祈りを込めて、俺は相棒の名を呼んだ。
「――――リリぃぃぃ!!」
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