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第67話 攻守逆転

 ……たー……すたー。


 どこからか声が聞こえた。

 聞き覚えのある、艶やかな声。

 思い出の湖に浸かっていた私は、靄のかかった意識を鼓膜へと集中させる。



「マスター!!」

「……!?」



 ハッ、と私は気を取り直した。

 閉じていた視界が急速に甦る。


 闘技場にて、私は決闘をしている最中だった。


 どうやら軽い脳震盪でも起こしていたらしい。意識が軽く飛んでいた。

 ウェスタが肩口に呼び掛けてくれて助かった。今は戦闘のさなか。隙を見せれば殺られる戦場だ。それなのに注意を欠いてしまうとは、我ながら情けない。


 気を引き締めた私は、すぐに槍を握り直す。



(……! 左か!)


 ひりつくような殺意が肌を刺した。

 攻撃が来る。そう直感し、私は槍で受けの構えを取った。

 

 だが、僅かに反応が遅かったらしい。

 鉄剣による凄まじい一撃を受け切ることが出来ず、私は大きく体勢を崩す。

 視界の端で、蒼い閃光が走った。


(回り込まれる!)


 背面にいるであろう相手に向かって、私は咄嗟に得物を振った。

 同時に二本目の槍を生成し、素早く脇に構える。先の牽制で足を止めさせ、もう一方の槍で仕留めるつもりだったのだ。



 だが、


「――――ァァッ!!」

「な、にっ!?」


 弐つの尖槍を前にしても、彼が怯むことはなかった。


 雷獣の如く踏み込んだ相手は、一瞬にして私の肘当てを食い千切り、斬り抜けた。

 地鳴りと突風。それらの音が遅れて聞こえてくる程のスピード。斬撃の余波で腕が痺れる。


 無名の剣士と見くびった。

 これがカエルの亜人である、イオリ・ミカゲの本気なのか。


(速すぎる……眼で追えん!!)



 彼が使った身体強化術。その原理は知っていた。


 亜人の中でも限られた天才のみ至ることを許された、磨穿鉄硯の境地……《原点回帰》。


 全身の魔力回路を最大まで活性化させ、尚且つ魔力の生成量や循環量を底上げする絶技。

 一時的に自身のリミッターを解除する、いわば亜人の奥の手だ。


 精霊騎士が用いる奥の手としては、別段珍しくはない。

 なぜなら決闘界には、武の才能に秀でた亜人が必然的に集結する。個人によって熟練度に差はあれど、二部に出場できるレベルの亜人であれば、ほぼ全員この術が使えるのだ。


 つい先日戦ったシャナ嬢も、この術で鬼神のような剣戟を披露していた。

 そんな彼女と互角に渡り合ったばかりの私は、《原点回帰》という世界を熟知しているつもりになっていた。


 ――――だが、彼の《原点回帰》は違う。


 今の彼は、()()()()()()()()()()



(異常だ……あの加速力を完全に制御できているというのか!?)


 イオリ・ミカゲの姿は、奥の手発動の影響でかなりの変貌を遂げていた。


 蟇蛙のように土黒かった皮膚は、深い翡翠色となって精気が漲り。両の瞳は横に長くなっていて、手指の形状は更に蛙らしいものへと化している。


 まさに、恵みを象徴する雨蛙を彷彿とさせる姿。

 しかし無害な小動物と共通項が多いとはいえ、身軽でスマートな体躯はそのままだ。

 そのうえ彼の身体からは、蒼い光を放つ高濃度の魔力が溢れ出てきている。


 これがカエルの亜人の真の姿だ、とでも言うのだろうか。

 野性的でありながら神秘的な挑戦者の出で立ちに、私は圧倒されていた。



「――調子に乗るな! カエルの癖に!」


 そう歯ぎしりをしたウェスタは、《火焔槍》を連続射出した。

 広範囲に亘って張られたのは、穴のない烈火の弾幕。その威力は一個兵団を壊滅させるレベルのものだ。


 だが、網を張るにはあまりにスピードが遅すぎた。


 たった一歩で急加速した彼は、いとも容易くその弾幕を突破した。

 間合いに攻め込まれ、反射的に私は右足を退く。


(しまった! この距離では槍のリーチが活かせない!)



 刹那。

 彼の残像が一本の線に変わったかに思うと、八方から斬撃が襲い掛かってきた。


 高速のステップで周囲を跳び回る彼は、疾風怒濤の連続攻撃でこちらを追い詰める。ガードの上から斬り付けられ、防具や身体にダメージが蓄積していく。

 このままではウェスタを守るので精一杯。ジリ貧だ


「こ……こいつめェッ!」


 そう叫び、ウェスタは《火焔槍》による反撃を試みる。 

 が、これを察知した彼はすぐに連撃を中断。フィールドの端まで一挙に飛び退いた。

 あっという間に距離を置かれてしまい、ウェスタの一射は虚空を突く。


「なんて……速さだ……」

 こちらのアクションを全て無効化する、暴力的なまでのスピード。

 成す術が、ない。「……今まで戦った亜人と、強さの次元が違い過ぎる!!」



 ゆらり、と相手が前傾姿勢を取った。再び、あの連撃を繰り出そうとしているのだ。

 その予備動作に恐怖してしまったのだろう。


「――く、来るなぁぁぁ!」


 毛を逆立てた彼女が出現させたのは、百を超える投擲槍。

 頭上にて傘のように開いたそれらには、怯えの色が反映されている。全方位、いつどこから敵が来ても刺し殺せるような戦陣だった。

 だがマズい。

 これは悪手だ。


「止せ、ウェスタ!」私は必死に警告する。「すぐに槍を消すんだ!」


「え、でも……」

「――――彼に『()()』を与えるな!!」



 遅かった。

 テレポートと錯覚するほど一瞬のうちに、彼は間合いを詰めてきた。そのまま宙に浮く槍を踏み台にして、三次元的な機動戦闘へと移行していく。


 槍と地面の間を亜光速で動く彼、その軌跡は鉄条網となって私たちを逃がさない。

(また八方から斬るつもりなのか……?)

 視界すべてが蒼の稲光で染まり、塵旋風が巻き起こる。


 突如、上空から殺気を感じた。



「……くっ!」


 一閃。

 急降下した彼の剣が、私の右肩を切り裂いた。


 間一髪で身を引いたため、腕が切り落とされる事態は防げた。しかし、傷口はかなり深いようだ。岩肌より噴出する溶岩のように、構成因子がぐわりと辺りへ飛び散っていく。


 私の足元に着地した彼は、凄まじい戦意を持ってこちらを見上げていた。

 動揺が胸を衝く。


(これだけの高速戦闘を行えるとは予想外だ。

 脚力だけなら、あのクラウディア嬢と同等……いや、それ以上か?)



 悠長に傷の手当などしていられない。今の彼には私を倒す力があるのだ。


 槍の先端を相手の目に合わせる。緊迫感のせいか、寸瞬の時が異様に長く感じてしまう。

 闘いの主導権を取り返そうと、私は脳髄を絞った。


(間合いが一歩で潰されるのなら、遠距離攻撃はむしろ隙になる。

 ここは危険を冒してでも、近間で戦うしか――!!)


 迫撃ともなれば、生半可な攻撃では威嚇にもならないだろう。私も本気で攻めに転じる必要がある。

 つまり、守りを捨てる必要がある。


 これが正しい判断なのかはわからない。

 今までの自分らしくない積極的な攻撃へのシフト。絶対の自負を持っていた守備を捨てる選択。相手との間合いを自ら詰める覚悟。

 ……間違いでないことを祈るしかない。



「「――――ッッ!」」


 私は槍を突き出した。

 同じタイミングで、彼も剣を振り上げる。


 衝突した紅炎と蒼光は、火花を散らして激しく明滅した。

 お読みいただき、ありがとうございました!


 「面白い!」「続きに期待!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや★評価をよろしくお願い致します!


 執筆のモチベーションに繋がりますので、どうか!


 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

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