表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/79

第64話 原点回帰

「……」

「確かに俺は、井戸のどん底で暮らしてきた。

 外の世界は遥か遠くにあって、一生をかけて壁を這い上がっても、きっと俺は其処に辿り着けなかったと思う」


 だが、暗くて狭い世界に生きていたからこそ、俺にも知っていることがあった。


 ――この陰鬱で希望のない空間から抜け出すには、目の前の壁を越えるしかないこと。

 ――あの高き空を飛ぶ鳥と俺には、同じ生命が宿っていること。


 そして。


 ――井戸の外には壊滅的な思考をした物好きがいて、たまに此方を覗き込んでくること。



 俺の知らない景色が、この世には山ほどある。

 だから俺は壁に挑み、蔑まれるだけの世界から抜け出そうとした。あの青い空に、手を伸ばし続けた。


 傍から見れば無駄な行為だ。一匹の蛙に出来ることなど、たかが知れている。醜く踏み潰されるのがお似合いな亜人が、運命を変えるなんてできやしないのだろう。


 だけど。


「もしも、仮に外の世界に馬鹿な奴らがいて、井戸の中に向かって手を伸ばしてきたとしたら……その手を掴んだ俺は、このドン底から抜け出せるかもしれない」



 この街に出て来て、色々な人に出逢った。

 トラブルも多く起こったし、気分が悪くなる出来事もたくさんあった。


 けれど、外の世界を見られたことを後悔はしていない。

 おそらく家族以外の人間の情に、触れることができたからだろう。


 にゃーさんやカルザックさんとの出逢いは、俺にとってかけがえのない財産だ。世間にいるのが敵ばかりではないと、彼らは身を持って教えてくれた。


 俺には今、世界を見せてくれる仲間がいるのだ。



「――だから、ここで膝を折るわけにはいかないんだ。

 あの暗闇から引き揚げてくれた人の期待に応えたいから……この剣で何処まで道を切り開けるか、何処まで高みに行けるかを確かめたい。

 そうしていつか、あの空だって飛んでやる…………」


 ローラン卿は、眉間に皺を寄せる。


「……蛙に翼はない。そして君は、社会の最底辺で生きる亜人なんだ。身の丈に合わない夢を描くなどナンセンスにも程がある」

「――でも、もう俺は一人じゃない」



 ぽんっ、と柔らかく背中を押された。リリが俺に気合を注入してくれたのだ。

 キミは間違ってない。後ろには私が居る。そう静かに勇気づけてくれているような気がした。


 自分がカエルの亜人であるという現実に、昂然と俺は胸を張る。


「……理想は叶えるものだ。

 空を飛ぶって幻想も、誰もが幸せな世界を作るって机上論も……アンタを倒すって難い夢も叶えられるんだ。

 それを今から証明してやる」



 俺の親父は、二十四の時に『切り札』をものにしたと言っていた。


 そしてその数字は、現在のローラン卿と同じ。

 しかも精霊騎士である彼の場合、槍術を究めるために過酷な稽古を積んできているはずだ。

 身体の仕上がり具合は、()()()()()()()()()()()と見ていい。


 そうであれば理屈上、その強靭さがコピーされている俺も、親父から託された『切り札』を使用することはできる。


 ……これは一種の賭けだ。

 反動で死ぬかもしれないのは承知している。それでも、ローラン卿との圧倒的な実力差を埋めるには、この『切り札』を使うしかない。



 スッ、と持っていた剣を下げる。

 全身の力を抜き、心臓の鼓動を肌で聴く。


 髪の毛が逆立つと錯覚するほどの緊張感が、場内でとぐろを巻いていた。その重みに屈することなく、俺とローラン卿は互いの眼から視線を外さない。


 機は熟した。そろそろ始めるとしよう。


 身分も血筋も、人種も立場も関係ない、力と力のぶつかり合いを。

 この世の常識をひっくり返しかねない、純粋で狂気に満ちた決闘を。



「――――覚悟はいいな、ローラン・トリルバット。

 俺は今日…………アンタを超える!!」


「……!?」



 右手の人差し指を、頸動脈に突き立てた。

 身体中に通った魔力回路に、意識を張り巡らせていく。


(……残存魔力、循環開始。神経伝達物質との相補性、形成。魔力心核(コア)内部の圧力上限を引き上げ、全魔力回路をパッシブに)


 親父から教わった文句を、心の中で速やかに唱える。

 体の奥で大量に生成されたエネルギーが、濁流のように押し寄せてくる。

 魔力は腹の中で暴れまわり、活性化された電気信号で脳はぐちゃぐちゃにかき乱される。


 無制限に意識が加速していくのを、第三者的に俺は感じていた。


(……神経系は正常に機能中。戦闘義体へのストレスは許容範囲内。魔力の体内循環量、限界量へ到達、確認。生命活動に異常なし……全潜在能力、最大開放)


 千を超える魔力回路が拡張され、その内部を心臓で圧縮された魔力が濁流のように駆け巡る。

 痛みと心地よさを伴いながら、力は無限に溢れ出てきていた。今なら何だって出来てしまいそうだ。


 これが俺に託された切り札。

 理不尽を撥ね退けるための最終奥義。


 見てろよ、親父。

 俺は、俺の守りたいものを守るぞ。


 そうして俺は、詠唱の最後をこう締めくくる。



 ――――原点回帰、《蛙鳴若奏(あめいじゃくそう)》。

 お読みいただき、ありがとうございました!


 「面白い!」「続きに期待!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや★評価をよろしくお願い致します!


 執筆のモチベーションに繋がりますので、どうか!


 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ