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第59話 一方その頃、猫とトロールは

 しがない雑誌記者にして、猫の獣人。

 ハンチング帽がトレードマークのニア・プレイスは、心の底から驚愕していた。


「リリちゃん、すごい……あんな奥の手を隠していたにゃんて!」


 最上階の観客席にて、取材ノート片手に彼女は観戦をしていた。

 五人掛けのベンチに八人で詰めて座り、決闘の一部始終をメモとして記録する。足も伸ばせぬほど息苦しい空間でも、彼女は飽くなきジャーナリズム精神を発揮していたのである。


 だから、ザワつく場内の様子についても耳を欹てて、ニアはペンを走らせる。



「――なんで、あのカエルは生きてんだ?」

「ローラン卿の魔法を諸に受けて無傷って、信じられないわ……」

「攻撃が弱かったんじゃない、あの壁が硬すぎるんだ!」

「普通じゃねぇ……あの精霊、普通じゃねぇよ!!」



 庶民の反応をメモっていた彼女は、湧きあがる笑みを抑えきれず、顔を伏せてノートに顔を埋める。

 自分の友人が、百倍強い貴族相手に一進一退の攻防を繰り広げる、その事実がたまらなく嬉しかったからだ。


 くっくっ、と声を押し殺して笑うニア。

 そんな奇妙な行動が、周りの不安を煽ってしまったのだろう。



「――ニアくん、という名前だったね!」


 隣に座っていた大柄な男性が、彼女に話しかけてきた。「どうした? 筋肉痛か!?」


「あぁ、平気です。ちょっと笑いたくなっちゃっただけなので」

 目に溜まった涙を指で払いつつ、ニアは訊いた。

「カルザックさんから見て、今の戦況はどう見えますか?」  


 丸太のように太い腕を持った森鬼トロールにして、ガテン系の身であるカルザック。

 会社の部下を何人か引き連れた彼は、イオリのことを見守りに来ていた。


 しかし、決闘業界に疎いカルザックは、困ったように頭を掻く。


「戦いのことは、弱い僕にはよく分からん!

 でも、国一番の大工が指揮しても、あんな立派な壁は一瞬じゃ作れないね!」


「べた褒めですね。なら、リリちゃんから見習いたいことって何かあります?」

「そうだね! あの壁は真似できないだろうから……事務員の制服に、巫女服でも取り入れてみようか! うん!」

「あはっ、それいいですね! 今度、行きつけのコスチューム屋さん紹介しますよ!!」



 ジョークを交えながら、二人は愉し気に会話をしていった。


 人身売買の裏ルートを牛耳っていた黒幕と、新街道工事で他会社の割り込みを許した犯人が、著名な貴族であるローラン卿であった。


 たったそれだけの縁で知り合った仲ではあったが、やはりコミュニケーション能力が高いからだろう。

 早々に意気投合した彼らは、そろってイオリたちのことを応援していた。


 もう、ただの熱烈なファンである。



「……おっ、そういえば!」


 そうして、工事現場で起きたリリの大食いエピソードに差し掛かったところで。

 ふと思い出したかのように、カルザックはこんな質問をした。


「彼女が出したあの()。あれも魔法の一種なのかな!?」



 帽子の中で、ニアは猫耳をぴくりと動かす。


「そうですね…………たぶん《防護魔法》ってやつだと思います」

「ほぅ、ぼーご!」


「決闘業界の記事を書いてるので、そっち系の本は読んできたつもりなんですけれどね。

 あの魔法、実はほとんど記述が残ってないんですよ」


 使いっ走りのジャーナリストといっても、決闘関係の雑誌記事を書いているだけあるらしい。

 専門家よろしく、ニアはとうとうと説明した。



「上級魔法よりも難易度が高く、口伝で継承されるために詳細が謎に包まれている。

 もはや神が起こす奇跡に近い、人類叡智の最高到達点にある魔法。

 ――――《神代魔法》、と一部では呼ばれています」


「神さまかぁ! すごいスケールだぁ!」

 感心したのか、ほぅっとカルザックは息を吐く。

「でも、魔法としては『バリアを作っただけ』だよねぇ。簡単そうに見えて、そんなにスゴイことなのかな!?」


「スゴイどころの騒ぎじゃないですよ!」



 彼女の説明はこうだ。


 そもそも魔力障壁を発生させるためには、かなり面倒なプロセスを踏む必要がある。


 まず、『障壁を張る座標の設定』。

 次に、『障壁の形状と硬度の設定』。

 最後に、『障壁の形状を保持する時間の設定』。


 最低でも三段階。

 これらを呪文に変換し、丁寧に詠唱をしなければ魔力障壁はカスほどにも出現しない。

 しかも壁の面積を広くしようとすると、壁の硬度とのバランスを取らねばならず、難易度も魔力消費量も万倍に跳ね上がる。


 要はリリのように、『一秒足らずで三六〇度にわたって壁を張る』なんて芸当。

 熟練の魔導士でも到底不可能な妙技なのである。



「なるほどぉ! しっかし、わからないなぁ!」

 こんな説明にカルザックはうーん唸った。どうやら腑に落ちない点があるようだ。

「ローラン卿の槍だって呪文なしで呼び出せてるよね! あれも高度な技じゃあないのかい!?」


 待ってました、とばかりにニアは口を開いた。


「――あれは『無言詠唱』といって、心の中で呪文を唱えているんですよ。高等テクニックのひとつですね」

「ふーん! そんなテクニックがあるなら、天才さんも一瞬でバリアを作れそうなものだけれどなぁ!」


「……ビミョーですね。

 詠唱の隙を消すことばかりに執着すると、魔法の難易度がさらに上がってしまいますし。結局、現実離れしちゃうんですよ」


 だから、とニアは特別席を指差した。

 2部リーグ登録者がいる席だ。


 さすがに人目に付くからか、ええかっこしいな決闘者たちは澄ました顔を続けていた。

 だが、ティーカップを持つ者はおらず、寝る者も嘲る者もいない。ほんの少しだけ関心を示したように、彼らはただただ試合を静観している。


「ほら。彼らの顔を見れば、その凄さがわかるでしょう? 歴戦の猛者でさえ、あんなにも驚いていてしまっている……!」

「そうかぁ。あのバリアは、誰にも真似できない『不落の一夜城』というわけかぁ!」


「しかも、一言叫んだだけですからね……規格外ですよ、ほんと」

「そうなるとこの勝負、まだイオリ君が逆転する目もあるってわけだねぇ――!」



 すると。

 観客席へ上がる階段口の方から、カルザックの部下と思しき男性が腰を屈めてコソコソやって来た。


「……カルザックさん」

 上司に向かって、部下は耳打ちする。「お時間、よろしいですか」


「む! もしかして()()()()()のことかい!?」

「はい。指示通り、旗の用意はできました。人員も確保してます」


「ご苦労さま! じゃあ、すぐに準備に取り掛かってくれるかな!」

「わかりました。それでは」



 ぺこりと会釈すると、部下の男は再び群衆の中へ消えていった。

 会話に登場した謎ワードが気になったニアは、さっそく隣の大男へインタビューする。


「頼んでいた件がどうこう、っておっしゃってましたけど。何か企んでいるんですか?」

「ふふふ……ちょっとイオリくんのサポートをしたくてねぇ!」


 そう言葉を濁すと、にへらっと笑ってこう続ける。


「こんな僕でも、何かできることがあるんじゃないかと思ったのさ!

 ――ニア君も手伝ってくれないかなぁ!?」



 きょとん。

 唐突の要請に反応できず、ニアは固まる。


「……にゃんですと?」


 その間にも、場内中央にて試合はヒートアップしていった。


 お読みいただき、ありがとうございました!


 「面白い!」「続きに期待!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや★評価をよろしくお願い致します!


 執筆のモチベーションに繋がりますので、どうか!


 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

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