第5話 ヤギと悪党の取引
「――しかしまぁ、よくも手に入ったものだ」
そう言って、ヨナスは顎を撫でていた。
「このような伝説級の聖遺物を約束通りに届けるとは、やはり貴様らは有能だな」
ヨナスの横に立つタキシードの男は、いわゆるブローカーという奴なのだろう。
紳士的な振る舞いをする彼は、なぜかヤギの被り物をしていた。
「お褒めに預かり、光栄でございます」
着ぐるみのような頭を下げ、紳士は語る。
「――我々、《滑稽な配達人》としましても、ヨナス様は大事なお客。配達には細心の注意を払わせていただきました」
この紳士が言うところによると、どうやらあの石棺オブジェは、頭のボケたお年寄りから買い叩いた品であるらしい。
それが掘り出し物の美術品なのか、小国を滅ぼせる古代兵器なのか、それは不明だ。だが、少なくとも名門貴族の当主たるヨナスの目に留まるほどの値打ちものであることは確か。
金になること間違いなし。
他人を騙してまで、ヤギ紳士が卸そうとするわけだ。
「……そうか。これの価値が分からない俗物も居るのか」
すると、何を思ったのか。
靴音を鳴らしてオブジェに近寄ったヨナスは、外郭の一角に彫られた碑文を愛でるように撫でた。
邪悪のこもった薄ら笑いで、彼は言う。
「……愚民どもには分かるまいよ。
真正アルマ教会の神父であっても、生命の起源について言及された第六の経文…………この意を理解できる人間は、ごく僅かだ。
加えて、創造主の血を継ぐ『真実を語る者』は実在していた。
且つ不完全なこの世を高次元に導く道は、既に我々の手で形を結んでいる」
悪魔に取り憑かれたような邪気。
それを全身に帯びるヨナスは、天井に顔を向け、瞳孔をかっ開く。
「このことを知るのは、我々だけ。純粋な血統があってこそ、この真理は構築される。
……あとは鍵だ。新世界の扉を開ける、天からもたらされし鍵が必要なのだ。
しかし、この箱に秘められし精霊によって、その条件も揃った。
厳粛なる女神の降臨。
三千世界の統一。
マグノウアの樹の生誕。
ヒトの理想は全て叶い、天地は原始の姿を取り戻す……クハッ、そうだ、そうだとも!
儀式の完了は、いよいよ目の前なのだ――!!」
(…………何言ってんだコイツ)
頭の悪い俺には、到底理解できない内容だった。
連日の精霊決闘のせいで、ついに頭でもイカれてしまったのだろうか。
人材派遣業とギルドコンサルティング業で大成を果たした貴族が、まさか幻想世界にトリップするようなイタい男だったとは思ってもみなかった事実だ。
だが、ヤギ紳士はすべての事情を呑込めたらしい。
草食動物の骨皮の下から、風儀を重んじるセールスマンのように深みのある声が聞こえてくる。
「ご満足いただけて何よりでございます。
配送料につきましては、また後ほど請求させていただきますので、お手透きの際にご確認を」
「いいだろう。だが、その前に確認するが……棺の中身は、件の精霊で間違いないな?」
「左様でございます」
「よし。では、交渉に移るとしよう」
闇深き二人の会話は、まだ続いている様子だった。
書簡を交わし、血判を照合し、順調に取引を進める。その間、彼らは他愛もない話で親睦を深めていた。
怖気が走る光景だった。
吐き気を催した俺は、物陰でひっそりと舌を噛み、耐える。
「――しかし、貴方も悪いお人だ」
ヤギ紳士は言った。
「あのクラウディア嬢相手に、わざとお負けになるとは」
「向こうから賄賂を貰ったわけではない」
さもつまらなさそうに、ヨナスは荒っぽく鼻を鳴らす。
「先の敗戦で君の会社が儲けたのは、単なる偶然に過ぎんよ」
「なるほど、あの試合にて不正はなかったと……物は言いようですね」
「今後とも、貴様らと良好な関係を保てるのなら、私はそれで構わないのだよ。このように上等な精霊が手に入るルート、手放すにはあまりに惜しいのでな」
「私共も同じ気持ちでございます」
「そうか。ならば、良好な関係を保つためにも褒美を与えよう。何か頼みはあるか?」
では、とヤギ紳士は声を潜めた。
着ぐるみの眼に影を落とし、彼はこんな依頼を口にする。
「――狼人の幼女を一人、流して頂いてもよろしいでしょうか。現在、天然物をご注文されているお客様がおりまして」
「養殖では質が落ちることを知っているとは、金ヅルにしては舌が肥えているな……いいだろう、すぐにでも『狩人』を派遣する――」
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そこまで話を盗み聞いたところで、もう我慢の限界だった。
精霊を『モノ』扱いする発言に。
人々の憧れである、精霊決闘を穢す発言に。
亜人を売買することに、何の罪悪感も覚えない発言に。
もう俺の耳は耐え切れなくなっていた。
……だから。
迷いなく、俺は柱の影から飛び出した。
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