第58話 矛と盾
(嘘だろ……あの一瞬のうちに、新しく槍を生成したのか?
しかも斬撃の軌道まで読んでたって、マジかよ?)
絶望的な状況が飲み込めず、無様に俺は混乱していた。
刹那の間に槍を生成し、俺が全速力で放った一撃を防ぐ。これができるのだとすれば、いくら槍の懐に潜り、連撃を加えても意味がない。鮮やかに受け止められるのがオチだ。
たかが目潰しが効かなかっただけ、と思う者もいるだろう。実際、俺の脳内には、まだまだ槍術への対抗策がストックされていた。
……だが、今わかった。
俺ごときが用意した小手先の技術、小賢しい戦略など、正統派の槍使いたるローラン卿には通用しない。彼との間には、歴然とした実力差が横たわっていた。
勝機の光は、もうどこにも見えない。
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「ち……くしょぉぉぉ!!」
自棄になった俺は、敵に向かって考えなしに突っ込んでいった。スタミナ管理も忘れて跳び回り、力に任せて剣を振るう。
無論、攻撃は全て防がれた。
やがて、ローラン卿自身も防御に徹するのに飽きてしまったのだろう。
鍔迫り合いとなった際に、彼はふっと口角を上げた。
「――次は、私が攻撃する番だな」
「……!?」
ぞっと背筋に悪寒が走ったのと、ローラン卿が魔法を発動したタイミングは、ほぼ同時だった。
足元から熱風が立ち昇ったと思った、次の瞬間。
ローラン卿を中心にして、灼熱の竜巻が発生した。溶岩の滝を上る地底龍のように暴れ狂うそれは、俺に逃げる間も与えずに襲い掛かる。
竜巻の熱量は、槍の爆発の比ではなかった。
反射的に体表面に魔力を集中させ、マントに身を包んだおかげで消し炭にならずに済んだが……それでも威力は絶大。
豪快に吹き飛ばされた俺は、受け身を取ることも儘ならずに地面を転がる。
「はぁ……はぁ……!」
余力を振り絞って何とか跳ね起きるも、ローラン卿の攻撃は止まらない。
旋回して敵正面から逃げようとする俺より先に、彼は火炎による包囲網を敷いていた。
あっという間に両サイドを火の壁で固められ、俺の退路は前後二方向に限定される。
前方遠くに立つローラン卿は、既に槍を投擲する構えを見せていた。
「――私も観客の声に応えたいのでね。少々強い魔法を放つが……避けられるかな?」
ローラン卿が手元に生成したのは、巨人用かと見紛う程の重量感を携えた大型ジャベリン。
穂先から迸る業火で赫く耀いたそれを、彼は片手で易々と持ち上げる。
あれは火属性上級魔法のひとつ。
かつて、ローラン卿が隣国の城壁をたった一投で粉砕したとも言われる大技。
…………《朝有紅願・開闢之槍》。
あんな決戦兵器、まともに喰らえば命はない。
だが回避しようにも、左右に道は残されていないし、後方にある空堀へ避難するには距離がある。何より背を向けるのが危険だ。
勝機も逃げ場も断たれ、絶望的なこの状況。それでも、俺は剣を中段に構える。
足掻け。藻掻け。光明を見いだせ。
諦めの悪さこそ、俺が誇る唯一の長所じゃないか。
「――来いッ!!」
二部リーグ登録者が撃つ最大級の攻撃を、ただのカエルが受け止める。そんな妄想、自分だってさらさら信じちゃいない。
でも、降参して命乞いをするくらいなら、前のめりにぶっ倒れて惨敗した方が遥かにマシだ。そう俺は腹を括った。
そして。
いよいよ燃える大槍は投擲された。
夜明けを思わせる白い閃光が、俺の眼に飛び込んでくる。反射的に俺は鉄剣を振りかぶった……と、誰だろうか。
突然、俺の眼の前に人影が現れた。
青を基調とした巫女服を着た、銀髪の人間。
「――――じっとしてて!!」
「はい!?」
硬直する俺に見向きもせず、彼女はローラン卿との間に立ちはだかった。
そして両手を前に突き出すなり、リリは魔法を唱えた。
「――――《防護魔法》ッ!!!」
魔法の発動には、コンマ一秒もかからなかった。
瞬時に形成されたドーム状のバリアは、俺とリリを完ぺきに包み込む。
直後、この透明な魔力の障壁に、荒れ地を焼き焦がす勢いで大槍が衝突した。
鼓膜を劈くような爆音に、観客たちは耳を塞ぐ。
おそらく、決闘を観ていた誰もがローラン卿が勝利したと勘違いしたことだろう。
なんせ多額の血税を費やしたはずの隣国の城壁を、一投で破壊したとされるほど強力な魔法が直撃したのだ。一介の精霊の防御術ごときで、阻止できるはずがない。
そう彼らは思い込んでいた。
だからこそ、白煙立ち込める中で俺とリリが生きているのを目の当たりにした際には、観客共は発狂寸前。
口をあんぐり開ける者や、飲みかけのボトルを落す者、腰が抜けて倒れる者まで出るくらいだった。
……そうだ。
俺たちは生き残っていた。
リリが出現させたバリアは、なんとローラン卿の猛攻を防ぎ切ったのである。
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