第57話 格差の辛酸
「――むかしむかし。決闘は、身分の低い者のための裁判方法だった」
戦士たちの凄烈なぶつかり合いが、眼下で繰り広げられる中。
ちゃっかりVIPルームで寛いでいたラム兄は、ぼんやりと独り言を呟く。
「それが賭け事の対象となり、上流階級者の娯楽になり、最終的には貴族が決闘者として参加するほどの一大産業となった……か。
物事、どう転ぶか分からないものだね」
テキトーなその語りに対して、クラウディアはこう補足する。
「決闘で己の技を披露すれば、その分家の名を上げることができましたからね。
魔法や剣術といった教養、煌びやかな装備、ファンサービスを見せびらかせば、それだけで金と人脈が集まるんです。
広告にはうってつけの環境ですよ」
「今では決闘者の四分の一、リーグの上位者に至っては半分以上が貴族の出だ。
傷だらけになってまで戦う者たちを、劣等民族と見下していたのは誰だったかな……なんともまぁ綺麗な手の平返しをしてくれるよ、貴族って連中はさ」
「……ローラン卿も、それに該当する恥さらしであると?」
じろり、とクラウディアはラム兄に猜疑の目を向ける。
ラム兄は諸手を挙げていた。
「さぁてね。俗人の僕には判別不能な時代の流れさ。
ただ、誰かの為に身を粉にして働くのが生きがい、とか言っていたあの真面目くんのことだ。
彼もまたイオリ君のように、金や権力では解決できない難問を背負っているのかもしれないね」
「……」
一般の観客席の方では、動揺から来るどよめきが広がっていた。
決闘者両名が、熾烈な剣戟を披露していたからだ。
両生類如きが、なぜ正統派の槍士相手に食い下がれているのか。
庶民の味方であるローラン卿が、無知蒙昧な亜人をギッタギタに打ちのめす試合を期待していた観客は、カタルシスを得られず不満げな息を漏らしている。
「――それにしても、イオリ君は頑張っているようだね」
クリームチーズを塗ったスコーンを口に抛り込むと、ラム兄は言った。
「うまく自分の脚力を活かして、四方からの連撃で敵を追い詰める、か。
相手の反応速度を上回って、スキあらば背を斬ろうって魂胆なのかな」
「確かに突出した機動性だけは、評価をしてあげてもいいかもしれません。
駆け引きはあまりできていませんが、隙を見極める眼は養っていたみたいですし」
「つまり、今の戦況としてはイオリ君が有利だと?」
残念そうに、クラウディアは首を横に振った。
「いいえ……苦戦しています。それも間違いなく」
「うーん、やっぱりそうか」
ラム兄はため息を吐いた。
「ギャラリーは気付いていないみたいだけど、不利なのはイオリ君側なのか」
「剣術の基本を押さえている人間であれば、一目でわかりますよ」
つまらなそうに、不貞腐れたように。一切頓着のない表情で、クラウディアは戦闘を眺めていた。
まるで、自分が認めたはずの相手が不甲斐ない動きを曝している状況に、腹を立てているかのようだ。
「……何を焦っているのか知りませんが、あの程度の技術レベルで勝とうだなんて、戯れ言もいいところです。あれはもはや、私たちへの侮辱に近い」
「手厳しい言い方をするね。そんなに彼が気に食わないのかい?」
「期待があった分、失望も大きいということですよ……」
紅茶を一口飲むと、クラウディアはこう吐き捨てる。
「――『愚か者の自滅エンド』なんて、誰も見たくないものでしょう?」
「……! あぁ、なるほどね」
「このまま彼が突破口を手に出来ないようなら……数分もしないうちに、彼は負けますよ」
玲瓏の剣姫が危惧したことは、今まさに現実になろうとしていた。
♦
くそっ、くそっ、くそっ!
心の内で悪態をつきながら、俺は懸命に鉄剣を振るっていた。
前傾姿勢から伸びるように突進し、全力で相手の首を捕りに行く。
だが、刃が届くまであと数センチというところで、こちらの斬撃は燃える槍によって阻まれてしまった。
「拍子抜けだな……それが君の本気なのか?」
「くそったれ!」
槍はリーチの長い武器だ。
だから下手に間合いを取るより、近間で貼り付くように攻撃し続けた方が有利に動ける……らしい。
そんな古流兵法に従い、俺は乱撃戦に持ち込もうとしていた。
左足の親指、その母指球に全体重を乗せ、地面を踏み抜く。俺の中での最大加速。敵の反応速度を置き去りにして、三歩で死角へと回り込む。
金属同士がぶつかり合う音で、とっくに聴覚は麻痺していた。
だから観客共の罵声はもう聞こえない。ただ、敵を斬ることだけ考えていた。
背を向けたローラン卿は、まだこちらを振り返っていない。隙を突けると思った。腰の捻りを最大限生かして、俺は渾身の力で横薙ぎを放つ。
――ガィィンッ!
また、槍で防がれた。
「なっ……んで!」
「単調な攻撃だね。目を瞑っていても防御できそうだ」
いくら斬りかかっても、結果は同じだった。
雀蜂のように俊敏に跳び回り、蟷螂のように鮮烈な連撃を浴びせても、ローラン卿の鉄壁の守りを崩すことはできなかった。
その対応力の高さといったら、柔軟に藁を舐める神火の域。此方の動きに合わせて槍を持ち換え、最小限の力と流れるような動作でガードし、受け流す。
洗練された槍術の型に、俺は苦戦していた。
(しかも、それだけじゃない。この人……足捌きがエグ過ぎる!)
よく一般人は勘違いするのだが、総ての武術は「自分がどう動くか」にではなく、「相手をどう動かすか」を重視すると云われている。
つまり、「相手の動きを掌握し、斬られに来るよう相手を操って」こそ一流。
俺が読んだ剣術指南書には、そんな後書きが載っていた。
しかし、こんな無謀な教えを実行できる人間などいないと思っていた。机上の空論と疑っていた。
……間違いだった。
(さっきからこの人、初期位置から一歩も離れてない。わざと攻め手を握らされているのか、俺は!)
自分を中心に戦場を回す。
それが一流決闘者、ローラン・トリルバットの取った戦法だったらしい。
まんまと敵の術中に嵌ってしまった。このままでは、高速で動く俺ばかりが体力を消耗するだけだ。
(一か八か、やるしかないか……!)
密着した連続攻撃を止めることはしなかった。間合いを離せば、それこそローラン卿の思う壺なのだ。
俺が切れる手札の中で、唯一ローラン卿に肉薄できるのは速度だ。カエル由来の脚力をフルで発揮すれば、あの防御を掻い潜ることも可能なはず。
(だったら!)
ふたたび、俺はローラン卿に斬りかかった。
予想通り、ローラン卿は槍の穂先で斬撃を受け流そうとする。華麗な身のこなしという他ない。
だがローラン卿の槍術は、王家の人間が嗜んでいた「演舞用武術」の流れを汲んだ型だ。美しく魅せるための動きを追求した武術を参考にしているがため、実戦向きの技術じゃない。
そして、どんなに堅く積み上げたマッチ棒も、脇を突いてしまえば崩れるものだ。
「――このっ!」
「……!?」
鉄剣と短槍が交わった刹那。
宙返りの要領で、俺は地面を蹴り上げた。ブーツの底に引っかかった土くれは、早矢の如き礫となってローラン卿の眼球を直撃する。
ただの目潰し。それでも隙を作ることはできたらしい。
思わぬ攻撃に、ローラン卿は両目を閉じた。
肩に乗ったウェスタが俺を非難したようだが、そんな小言に耳を貸すことはない。
命が掛かった勝負に、卑怯もクソもあるものか。
「――ぜいやっ!!」
一寸の慈悲もなく、俺はローラン卿へ突進した。同時に、左から右へと剣を振り切る。
あまりのスピードに視界の端は赤く歪み、脳幹辺りは小さく震えていた。
がむしゃらに放たれた斬撃は、相手の中腹部を一閃。鉄板が折れるような音が鳴り、土埃を上げて俺は敵の脇を駆け抜ける。
ローラン卿からの反撃はなかった。
しかし、解せない。この胸騒ぎは何だ。
剣で切り抜けた時に鳴った、あの重く鈍い音。
鉄塊が骨にぶち当たった音にしては、あまりに金属質過ぎたような気がする。
だとしたら、まさか。
「……目潰しをして隙を突く、か」
爽やかな男声が聞こえてきた。
呼吸を乱しながら振り向いた俺の顔は、きっと青褪めていたことだろう。
…………例の地点から一歩も動かずに、五体満足でローラン卿は立っていた。
しかも驚いたことに、深手を負っている様子が微塵もない。
「私の槍が実戦に向いていないことに、勝機を見出したみたいだね」
飄々と、ローラン卿は口を開く。「発想としては悪くない」
だが、と彼はがっかりした口調で言葉を繋ぐ。
「惜しいな。
以前に私は、隣国との戦争に駆り出されていたことがあってね……現地ゲリラとの戦いで、その手の戦法は見慣れている」
彼の手元を見て、俺は眼を疑った。
そこには、二本目の槍が握られていた。
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