第56話 交差する鋭刃
【――さぁ、始まりました!
ローラン卿対カエルの亜人という、空前絶後の対戦カードとなったエキシビジョンマッチ!
解説役はわたくし、パッパ・ラパーが務めさせていただきます!】
開戦の合図と同時に、そんなアツい実況放送が場内に響いた。
先手必勝だ。
そう考えた俺は、相手に向かってまっすぐに走り出す。
僧帽筋のピストンによって血液を圧縮し、沸騰したと同時エネルギーを爆発させる。手入れを欠かさなかったブーツは、こちらの意図に呼応するかのように地面を捉え、前へ前へと足を運んでいく。
ローラン卿との距離は、まだかなり離れていた。
接近戦に持ち込むまでの間に、例の槍が飛んでくるのは避けられないだろう。
さっさと剣の間合いに入らなければ、何十という串ではやにえにされてしまう。
距離を詰める以外、選択肢はない。
「……ッ! 来た!」
有効射程距離に入ったのだろう。
背後に控えた兵団に指示を出すかのように、ローラン卿は軽く右腕を上げた。そのサインに応える形で、ウェスタは自身の頭上に火球を呼び出す。
魔術言語のベールに包み込まれた白き劫火。それは延伸し、装飾を施され、やがて大地を焼き焦がすが如き一本の名槍へと変貌する。
《火焔槍》だ。
(出現させたのは一本だけか……完全に嘗められてるな)
だが、これは俺にとっても好都合。
なんせ、あの槍の威力を確かめることができるのだ。
スピードを緩めず、俺は剣を右下段に構える。そして、槍が射出される瞬間を見極めようとした……が、相手の様子がおかしい。
ローラン卿は、槍の切っ先を俺へ向けていなかった。
少しだけ、俺の後方一〇メートル辺りを狙っている。その行動を不審に思い、俺は背後を振り返った。
驚愕してしまった。
「――ま、待って~~!」
そこにいたのは、走り疲れてへろへろになったリリ。
隠れていろと伝えたはずなのに、なぜ無防備を曝して後についてきているのだろうか。意味が分からない。
アヒルの雛かよ。
そう俺は内心でツッコミを入れる……と、そんな場合じゃなかった。
「――くそったれ!」
急速反転。
膝が軋むほどの強力な肉体負荷を感じつつ、俺はリリの下へと駆け戻る。
このままだと、鋭利な槍によってリリのどてっ腹に穴が開いてしまう。しかも、彼女に迎撃手段はない。
俺が守るより、他にないのだ。
「リリ!」
なんとか彼女の前に滑り込んだ俺は、すぐに腕に力を込めた。
全くの同タイミングで、ローラン卿が《火焔槍》を射出する姿が視界の端に映る。
説明している猶予はなかった。
「息、止めろ!」「……!」
はぷっと反射的に、リリは両手で口を押えた。
赫い光の軌跡を描いて迫る槍に、俺は渾身のカウンターを放つ。
――ズガンッ!
鉄剣と槍が交差した直後、《火焔槍》は盛大に爆発した。内包されていた熱が、刃の崩壊と共に一気に放出されたのだ。爆炎と爆風の渦に取り込まれ、俺の視界は真っ白になる。
客から見たら、俺たちが爆殺されたように見えたことだろう。
解説役は大喜びだ。
【おーっと、カエルが焼かれてしまったぞ! これは瞬殺コースまっしぐらか……ん?
いや、生きている! 爆心地に仁王立ちだ! いったいなぜだぁ!?】
♦
子供の頃から剣術に精を出しておいて、本当に助かった。
槍から炎が溢れ出す瞬間、咄嗟に俺は斬撃で風の流れを作って爆発をいなしていた。代償として手袋が少し焦げてしまったが、おかげで火炙りにされずに済んだ。
紙一重の防御が成功し、俺は詰めていた息を吐く。
……と同時に。
わざわざ敵の的になろうとしていた相棒へ、若干の殺意が湧いた。
「おい、リリ!」
喉が焼けていないことを確認するついでに、俺は相棒を詰問する。
「なんで隠れてないんだよ、俺ちゃんと言ったよな!?」
「きゅ、急に隠れろって指示されてもわかんないよ! 理由は?」
半ば呆れながら、俺は簡潔に説明する。
「一般的に魔法ってのは、精霊の力を借りるもんだ。
逆に言えば精霊を戦闘不能にしちまえば、騎士はロクに魔法も使えなくなる。
……『精霊を真っ先に狙う』のは決闘のセオリーなんだよ」
契約者が生きている限り、精霊が死ぬことは有り得ない。
なぜなら契約者が精霊の姿かたちを現世に留める楔の役割を果たすからだ。
ただし、精霊にも耐久値は存在する。戦闘義体と同じだ。
その身に致命的ダメージを負えば、彼らは一時的に虚無へと還ってしまう。そして、存在を維持する分のエネルギーを蓄えるまで眠りに就く。
復活するまでの時間はそう長くない。
問題なのは、この精霊の消滅が『決闘中』に起こった場合だ。頼りの相棒がいないと、精霊騎士が使える魔法は大幅に制限される。
相手からすれば、敵の首を獲る絶好のチャンス。
ゆえにローラン卿は、手始めにリリを攻撃してきたのだ。
「――ちょ、ちょっと待ってよ!」
そこでようやく、自分が置かれる立場を把握できたらしい。
青褪めた顔でリリは悲鳴を上げた。
「じゃあなに…………この場で一番危険なのって『わたし』じゃないの!?」
「だーから、隠れてろって言ったんだ! なのにこんなトコに突っ立って、どんだけ馬鹿なんだお前はァ!」
「だって、安全な場所って言われてもわかんないし、ひとまず君の後ろでお茶でも啜ろうかと思って……!」
「――――俺を盾にするなよ!!」
この仲間割れ漫才には、観客内からも冷笑が漏れていた。馬鹿な奴らだ、戦術の基本も知らないのか。そんな声も聞こえてくる。
本心としては嗤った奴ら全員を地獄に叩き落としてやりたかったが、無駄なことに費やしている暇や体力はない。
ハッと我に返った俺は、敵の次の動きを確認する。
空気を呼んで漫才が終わるのを待っていたのだろう。
俺と目が合った瞬間、ローラン卿は次なる《火焔槍》の生成に取り掛かっていた。今度の火の玉は、何十個と宙に浮いていた。
あの数は受けきれない。
逃げるが吉だ。
「ここじゃ撃たれ放題だな……外縁まで走るぞ!」
「え? え?」
「つべこべ言わず走れ! ちゃんと俺が守ってやるから!!」
額に疑問符を貼り付けたまま、なんとかリリは走り出した。斜め後ろを俺は追走する。
すぐに《火焔槍》の第二波がやって来た。
一発一発の間隔を開けることなく、凄まじい勢いで槍は降り注ぐ。熟練の弩弓部隊を相手にしているのか、と錯覚するほどに洗練された範囲攻撃には、容赦がなかった。
(着弾予想地点より前で弾くと爆発しない……時限式なのか?)
瞬間的に剣で軌道を逸らすことで、俺は何とか槍の猛攻を防げていた。
辺りは槍が足元で爆発したり、首筋から五センチの距離を掠めたりと阿鼻叫喚。爆発による轟音で飽和する戦場を、俺たちは必死に駆け抜けていく。
空堀まで、あともう少しだ。
「――あの割れ目に避難しろ! しばらくは狙われないはずだ!」
「キミはどうするの!?」
「俺は……」
ちらりとローラン卿を一瞥してみる。
相も変わらず彼は、神話上の勇者のような正義心を無意識のうちから身に纏っていた。力みなくゆったりと構えたその立ち振る舞いは、観客どころか太陽さえ味方につけてしまいそうなくらい美しい。
あの優面を倒す。それが今、俺に課せられている使命だ。
ならば、
「……あのスカシ野郎に、一泡吹かせる!」
防戦一方なんて展開ばかりじゃ、癇に障って仕方がない。このまま敵陣に斬り込んで、限界まで暴れてやる。そう決意した。
リリが小さく頷いた。
「わかった……気を付けてね!」
「――言われずとも!」
リリが急斜面を滑り降りるのを確認した俺は、即座に最大速力でその場から離脱する。
熱を持った心臓はけたたましく拍動していた。皮膚の下を循環する魔力は経絡との摩擦で火花を散らし、鋭敏化する感覚は視野を押し広げていく。
鉄砲玉のように疾走した俺は、ローラン卿との間合いを急速に詰めていた。槍の驟雨を抜け、相手の懐に入る。
毅然とした態度を貫くローラン卿は、眉一つ動かさない。
「――接近戦をお望みかな?」
「もち、ろん!!」
上体を発条のように引き絞って、俺は鉄剣を振りかぶる。
ローラン卿も槍を手元に呼び出し、反撃の構えを見せた。
……そして。
一ミリも折れ曲がることなく、真正面から、互いの得物は激突した。
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