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第55話 闘技場の中心で

 場内に流れる空気は、それはもう最悪だった。


 理由は簡単。

 観戦に来たほとんどのギャラリー、およそ五千人が、俺に牙剝き出しの敵意を向けていたからだ。


 最上階まで隙間なく埋まった客席から降り注ぐは、矢より尖った罵詈雑言の嵐。

 カエルの亜人を初めて見た婦人会の皆さんは、口元にハンカチを当てて嫌悪感丸出しのしかめっ面。

 社会的弱者を蹴りたい盛りの不良集団に至っては、俺に向かって物を投げ、中指を立て、卑猥な言動までして会場スタッフに注意される始末。


 ここにいる誰もが、俺の圧倒的敗北を待ち望んでいるのだろう。俺が無様な醜態を曝すものと、胸を高鳴らせているのだろう。

 そう考えると、ひどく気分が害された。



「――大丈夫かい。顔色が優れないようだが」


 感情が表に出ていたのかもしれない。

 決闘を開始するタイミングについて本部委員と協議し終えたローラン卿は、深紅のロングコートを翻してこちらを気遣う素振りを見せる。


 槍使いである彼は、一般的な剣士に比べるとかなり軽装備だった。

 肩や腰の可動域を広げるためか鎧の着用を最小限に抑えているし、丁寧に鞣された革のバックルには短剣の一つも刺さっていない。

 余裕綽々とした態度からは、素人の剣など一太刀も受けるつもりはないというメッセージが、暗に感じ取れた。


 これが、彼の戦闘態勢なのだろう。フードを脱いだだけで、いつもと恰好の変わらない俺とは大違いだ。

 俺は頬をひきつらせる。


「……寝不足なだけですよ。あなたと闘えることが嬉しくて、ね」

「ああいった観客の声は、変に意識しない方がいい。

 酷いようなら、結界魔法の担当者に防音加工を頼むが……どうする?」

「結構ですよ。敵しかいない環境には、わりと慣れてる方ですから」


 突っ張った返事をしたが、確かに彼の発言も一理ある。

 やたらめったらにアンテナを張ったところで、結局のところ闘う相手はローラン卿なのだ。

 目的を見失わないためにも、自分が置かれた状況だけに焦点を当てよう。


 軽い瞑想をして気持ちを切り替えた俺は、すぐに周囲をざっと見回した。



(……今回のフィールドは、『荒野』か)


 豊穣の神でさえ見放してしまったかのように、カラカラに干上がった大地がそこには広がっていた。

 足元の土は風化が進んでいて表面が砂っぽく、所々に生えた枯れ木は苦悶を訴えるように幹をうねらせている。

 また、決闘に相応しいリングにしたかったのか、中央の主戦場は地割れをイメージした空堀で全方位ぐるりと囲われていた。


 身を隠せそうな岩がいくつか転がっているから、遠距離攻撃を掻い潜って近接戦を仕掛けることは可能だろう。

 月桂の冠のように配された空堀も、体勢を立て直す避難場所として機能させられる。

 フィールドとしては案外、戦略性に富んでいそうだ。


「戦闘義体への換装は済ませたかな?」

「できてます。見た目が変わらないので、あまり実感は沸いてませんが」

「よし。では、そろそろ始めようか」

「了解です……おい、リリ! こっち来い!」



 着々と決闘の段取りが整う傍らで、リリは観客席に向かって両腕を大きく広げて立っていた。

 民衆から讃えられる公国総帥のような姿勢で、彼女は恍惚とした表情を浮かべる。


「――――あぁ。ただ立っているだけで、こんなにも多くの讃頌を聞けるなんて。

 可愛いって、なんて罪なんでしょう……まーた、わたしの信者が増えてしまうわ!!」


 はっはっはー、と高笑いするリリに、俺は現実を伝えてやった。


「言っとくけどアレ、ほとんど俺たちへのブーイングと嘲笑だぞ」

「……ウソでしょ?」

「ホントです」


 どうやらこの彼女、自分が人型の精霊であることを忘れているらしい。珍しい生物が檻の中に居れば、それはもう見世物であるというのに。

 自分が崇め奉られているわけではないと知り、リリは愕然としていた。


「放心してないで、早くこっちに来い。決闘なんだぞ」

「……はーい」


 うだつの上がらない返事と共に、リリは俺の隣に立ち位置を定める。

 これで、役者は揃った。

 あらためて、俺はローラン卿と視線を交える。



「――用意はできたようだね」


 正面から対峙したローラン卿の瞳には、腹を空かせた獅子の如き紅蓮の闘志が滾っていた。

 圧倒された俺は、密かに手袋の下で汗を握る。


 ローラン卿の肩の上で、狐のウェスタがにやにやと笑っていた。


「……いよいよ公開処刑が始まるわね。逃げるなら今の内よ?」

「馬鹿を言うなよ。今日は精霊騎士の皆さんも、いっぱい観に来てるんだぜ?」


 額に汗を流しながら、俺は言ってやる。

「このチャンス、ものにしてやるさ……!」



 当然だが、個人で決闘代行業務を行う精霊騎士にも、ひとつの興行団体に所属する者として出席が義務付けられている記念行事というものがある。

 それが今回の式典。

 つまり現在、この闘技場には、「現役の精霊騎士が多く来ている」のである。


 さすがに一部リーグ登録者はいないだろうが、少なくとも二部リーグ登録者の大半は、特別席からこちらを見下ろしているはずだ。


 カエルの亜人というだけで地方大会に参加できず、公式記録を持っていない俺にとって、これは絶好のアピールチャンス。

 無名の新人がローラン卿を倒したとなれば、人々が俺を見る目も変わるだろう。うまく行けば、選抜試験の推薦状だってもらえるかもしれない。


 そう思うと、武者震いが全身を駆け巡った。



「――命を賭けた大勝負なんだ」

 闘魂注入とばかりに、俺は自分の胸を叩く。

「カルザックさんの報酬金。裏取引のルート潰し。

 そんでリリの自由も、俺の夢も…………勝って、全部手に入れてやる」


「まぁ! 傲慢なカエルだこと!」

 声を殺し、ウェスタは笑う。

「賭博屋が出したオッズは、一〇〇対一だっていうのに!」


「妥当な値だろ……むしろ、一対〇になってないだけありがたい」

「大口を叩くのだけは得意なのね。吐いた唾は吞めないわよ?」


 挑発的にマズルを上に向け、ウェスタはこちらを見下してくる。

 俺は顎を引いた。


「……勝つよ。俺たちは」

「ふん。強がりな男ね、せいぜい後悔するといいわ」



 そこでちょうど、地味な服装のレフェリーが木箱を携えてやって来た。どうやら本格的に決闘が始まるようだ。

 木箱からスターター用のコインが取り出される。


 呑気におしゃべりする時間は終わったらしい。ルールに則って、俺は闘技場中心から十三歩分だけ距離を取る。

 最後に、ローラン卿がこんなことを訊いてきた。


「事情が事情とはいえ、正式な決闘だ。私もそれなりの力で行かせてもらうが、いいな?」

「とうに覚悟はできてます。天下に名を轟かせた至高の槍術……打ち破ってみせましょう」

「ははは。やってみるといい」


 レフェリーが決闘者たちの間に立った。彼は例のコインを掲げた後、それを親指の上に乗せてコイントスの体勢を取る。

 俺は背負った鞘から、鉄剣を引き抜いた。



「緊張してないか、リリ」

 隣の相棒に、俺は体調の具合を聞いた。


「……ちょっとしてるかも」

 へにょっとリリは口元を歪ませる。


「安心しろよ、前でバカスカ闘うのは俺だけだ。

 お前は安全な場所に隠れて、時間いっぱいまで生き残っていればいい」

「うん……わかった」


 エキシビジョンマッチの開始を待ち望む観客たちのおかげで、嵐の前のように場内は静まり返っていた。

 しかし小声で話す者がいるからか、あるいは観客たちの興奮が秒刻みで膨れ上がっているからか、流れる空気はザワついていて小煩い。


 今にもレフェリーはコインを弾こうとしている。

 ふぅっ、と俺は短く呼吸した。


「…………行くぞ」



 やがて、コインは投げられた。表裏を回転させながら綺麗に放物線を描くそれは、落下運動によって加速し、ぐんぐん地面へと近づいて行く。


 そして。

 豪快にコインは爆ぜ、決闘は開始された。

 お読みいただき、ありがとうございました!


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 執筆のモチベーションに繋がりますので、どうか!


 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

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