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第50話 決闘前夜

 「精霊決闘」とは、互いの了承を持って適用が認められる裁判制度である。


 勝った者は賭けた条件すべてを獲得し、負けた者は一切の抗議を許されない。

 その前提に納得した上で彼らは剣を交える。


 裁判としては単純明快で合理的。

 取引が破談になった際の最終手段としては、非常に便利な制度である。


 魔法技術が進歩した現代でも、このゼロサムゲームが評価される理由は、まさにそこにあった。



 ところで。

 仮に決闘を行わなければならない場合、当の決闘者がどうしても不安に思ってしまうことがある。


 ――決闘の勝ち負けは、誰が決めるのか。


 ――仮に自分が勝った時、相手はちゃんと協約を履行してくれるのか。


 こういった問題だ。



 前者の質問については様々なケースがあるため、一概には答えられない。


 だが、大抵の場合は以下の3通り。


「戦闘義体が完全に破壊された場合」

「決闘者のどちらかが降参した場合」

「決闘者同士で審議し、決定される場合」


 この3つだ。

 あくまで決闘者たちの騎士道精神を重視しているのが、精霊決闘の面白いところだろう。



 では、後者の質問について考えよう。


 よく一般人に勘、闘いに負けたとしても条件を呑まずに遁走をこいてしまえばいいじゃないか、という短絡的発想は、残念ながら精霊決闘には通用しない。


 なぜか。

 それは、「()()()()()()()()」だ。



 順を追って説明しよう。


 そもそも精霊決闘を成立させるには、とある精霊の立会いが絶対に必要だ。

 そして、その精霊はとても特殊な存在であり、試合中の不正を絶対に赦さない。


 『決闘の精霊』。

 そう一部界隈では呼ばれているらしい。


 この精霊には契約者がおらず、常に第三者の立場から決闘者たちを監視しているとされている。

 実体はなく、魔力も帯びていない。

 謎多き精霊なのだ。



 実際、ローラン卿と正式に決闘の約束を結んだ際にも、どこからともなく決闘の精霊は現れた。


 異形の精霊だった。


 宙に浮いたそいつには、顔以外のパーツがなかった。

 しかも肝心なその顔も、島国の先住民が作るような泥土の仮面で覆われていて、表情はほとんど読み取れない。


 仮面には闇より黒いボロ布が纏わりついており、まるで見た目はおどろおどろしい悪神そのもの。

 壁に留められているわけでもないのに微動だにしないそいつは、形容しがたい不気味さを垂れ流していた。


 そして、仮面に描かれた幾何学模様を変化させて、決闘の精霊はこう質問を投げかけてくるのだ。



 ――汝、自らの宣言に偽りはないか。

 ――自らが下した選択、先で手にする結末に異議を唱えぬか。 


 沈黙をもってこれらに答えると、精霊は決闘者の手首に《制約の刻印》を残していく。

 その紋様は、線と丸で抽象化された龍の頭に近い形。ヒカリゴケのようにぼんやりと光りながら、龍は此方を睨みつける。


 しばらくすると、刻印は皮膚の奥底に溶け込むように見えなくなってしまう。

 だが、消えたわけではない。たしかに刻印は、その腕に刻まれている。


 これは決闘者が協定を反故にしようとした際に、対象者を殺す一種の呪い。

 もちろん、刻印を解除することは不可能だ。


 そして。

 この呪いの対象者は、「決闘者本人」と「決闘者が最も大切に思っている人間」の二つ。


 だから、俺はもう勝負から逃げられない。

 なぜなら……



「……俺が逃げれば、『家族』が死ぬ」



 小机の上に置いているのは、ランタン状の装置に嵌められ光る、蠟燭代わりの灯光石。

 その薄明りを眺めながら、俺はぽつりとそう零した。


「闘うしかないんだ、俺にはもう……」



 例の安宿『ナベの蓋』の一室に、俺はいた。


 外はすでに真っ暗で、開いた天窓からは何百という星々の海が見えている。

 宿の入り口に面した細道に人気はなく、下階からは旅人たちの他愛もない会話が床を伝って聞こえてくる。


 そんな深夜。

 椅子に座って寛ぐ俺は、ひとりで物思いに耽っていた。


(――街に出ていった兄貴や姉貴も、こういうトラブルに巻き込まれたんだろうか)



 出稼ぎをしに家を出たのは、兄弟の中で俺が三番目に当たる。


 カエルの亜人でも雇ってくれる職場を探し、身を粉にして働いて、雀の涙ほどの給料を仕送りとして包み、村へ送る。

 俺と同じ道を、兄も姉も当の昔に歩んでいたのだ。


 ただ、一つだけ気になることがあるとすれば……兄も姉も、街に出て一年以内に消息が不明になっていることだ。


 多忙過ぎて手紙が書けないだけだ。

 毎年、そう言っておふくろは寂しそうに目を伏せていた。


 神隠しの正体を知った今では、こんな嘘を吐いたおふくろの心境もよくわかる。


 きっと二人とも、社会の闇に呑まれたのだ。



(お人好しの兄貴は騙されてるとして、あの粗暴な姉貴が無抵抗でやられるとは思えないけど……連絡がないってことは、もう日の当たるシャバにはいないんだろうな)


 ただでさえカエルの亜人は、周囲から絡まれやすい存在だ。


 街を歩けば奇異の目で見られるし、遊戯感覚で暴力を振るわれるのはもはや常識。

 世の不条理を雨あられの如く受けてきた俺たちは、もしかすると事件に遭う運命にあるのかもしれない。


 街に出て一日目で殺されかけた俺も、この例に漏れなかったというわけだ。


(今、家族を守れるのは俺だけなんだ……親父からも託されてる……)


 クラウディアと決闘をして、六年前の雪辱を晴らしたい気持ちはある。


 だがそれ以上に、俺は家族の貧乏暮らしを変えたいと思っている。幸せにしてやりたいと思っている。


 そのためには金が必要だ。

 誰からも石を投げられない環境が必要だ。


 頼れる兄や姉は、もう現世にいないも同然。ならば、俺がやるしかない。

 ローラン卿との決闘を契機に、この腐り切った世界を変えていくしかない。


 一歩ずつでいい。

 いつか精霊騎士となった俺は、この手で未来を切り拓かなければならないのだ。



「…………さてと」


 ごんっ、と拳で額を叩く。

 気を引き締め直し、机へと向き直る。「……もっかい対策、立てるか」


 目の前に開いていたのは、萎びたページの折り重なった手帖。

 今までに盗み読んだ新聞や指南書の情報をまとめた、自分専用の戦術ノートだ。


 いつか精霊騎士になるためにと幼少期より書き溜めてきたこともあって、ノートはこの手帖で十冊目。

 節約を意識して使っているから、何度めくっても極小の字が端から端までびっしり並んでいる。


 要約してこの文字数。洗練された情報の量と質は、町立図書館の武術コーナー全巻に匹敵するだろう。


 そのくらい、この手帖の出来には自負があった。



「ローラン卿のページは……あった。これだ」


 何ページかめくり、手を止める。

 そこには槍を持った棒人間のスケッチと共に、箇条書きやコラムで纏められた攻略情報がずらりと書き記されていた。


 これは『炎帝』と呼ばれたあの人、ローラン卿についての攻略ページ。

 彼が使う槍術や魔法、戦闘中の思考などについて細かく載った、決闘者研究の集大成だ。


「……槍術は王宮派の色が強く、攻守がはっきりと別れている……活動的な立ち回りはしない、典型的なカウンター型か……」


 ローラン卿は槍術の達人だ。

 精霊使いにも槍を武器にする人間はザラにいるが、あそこまで美しく機敏に槍を振れる決闘者は現役にいないとされている。


 徹底的に無駄な動きを削ぎ落した彼の技巧は、見るもの全てを魅了する舞踊と化しており、決して相手に隙を与えない。

 ある記者は彼の戦いぶりを、「穂先から炎の花弁が散っていく様は、観衆の涙を誘うほどに儚く愛おしかった」と表現している。


 それだけ洗練された技の数々。

 槍術で彼の右に出る者はいない。


 二部リーグトップの名は、伊達ではないというわけだ。



「……しかも、国内指折りの火属性魔法の使い手か。厄介な組み合わせだな」


 ローラン卿が契約した狐は、火を自在に操る精霊であるウェスタ。

 実はこの狐、中々に手強いことで有名だ。


 特に彼女の用いる《火焔槍》は、これまで数多の剣士を沈めてきたメインウェポン。


 ――火を集束させ、物質化させた燃える槍を、弓矢と同じ速度で射出する。

 その後、着弾と同時に収束を解くことで、榴弾のように槍を爆発させる。


 紙に書き起こせば、たったこれだけの攻撃。

 だが迫撃を主体とする一般剣士にとっては、この槍を雨あられのように落とされるだけで戦意喪失しかねない。


 しかもこの《火焔槍》の魔力消費量は、見習い魔導士が使うレベルの《ショボい魔弾》と同等であるとも聞いている。


 持久戦では、絶対に彼らに勝てないだろう。



「……でもローラン卿が使う槍も、あの狐が魔法で出しているんだよな……だったら、こっちが触る余地もあるはず……爆発が時限式だといいんだけど」


 間合いが離れている時は《火焔槍》による弾幕を張り、接近戦となったら自慢の槍術で敵の胴を貫く。


 これがローラン卿の基本戦術。

 無名剣士である俺との戦力差は、まさに圧倒的であった。


「……だからこそ、勝機を探れ……あくまで槍術は、ギャラリーに見せるための演舞に近いんだ……実戦剣術ほどの対応力はないはず……」


 鼻を触り、考える。


 相手は火を使うのだ。

 ならば、可燃物に引火させて不意を突くか。装備に防火対策を施しておくか。

 自滅を誘うのもいい案かもしれない。


 正面突破が厳しいなら、敵を混乱の渦に嵌めてやればいい。


 生易しいことではないのは百も承知している。

 それでも俺は、この一夜の間に策を編み出さねばならないのだ。


 守りたいものがある。

 譲れないものがある。


 だから、闘う。

 そして、勝つ。


「…………今はそれだけ考えろ、俺」



 段々と夜が更けていく。

 月は天窓の上まで移動したようだが、雲がかかったせいか依然として部屋の中は暗い。


 灯光石の明かりを頼りに、俺は戦術ノートを読み込んでいく。


 ローラン卿の足捌きのクセ。

 槍を相手にする際の注意事項。

 インタビュー記事から推測される彼の性格。試合前に彼が行うルーティンの意図。


 エトセトラ。エトセトラ――――。



「――――わっ! まだ起きてたの?」


 いきなり、部屋の入口の方から声がした。

 考え事の邪魔をされた俺は、苦い表情のまま顔を上げる。


「……なんだ、お前か」


 タオルを首にかけたリリがそこにいた。

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