第4話 蛙であることは罪になるか
「ちくしょー。マジかよ、闘えないのか」
クラウディアに決闘を申し込み、即行で断られた後。
俺は闘技場北側にある『亜人専用サービスカウンター』に足を運んでいた。
自分の得物である愛剣を取りに行くためだ。
円型に繋がれた闘技場外縁部を歩くついでに、俺は柱の向こうに広がる広場を眺める。
陽の射し方の関係で建物の影に覆われた遊歩道では、無邪気に子供たちが鬼ごっこをしてはしゃいでいた。
その心和む景色と対照的に、俺はブルーな気分に墜ちる。
全部全部、クラウディアのせいだ。
「……『精霊騎士となった者は、特例を除いて一般の者と決闘をしてはならない』、か。
そんなルールがあったなんて、完全に盲点だった……はぁ」
精霊騎士には、皆それぞれに『スポンサー』がついている。
古参の武具メーカーであったり、大手の魔法薬製造会社であったり、情報技術系のベンチャー企業であったり。
それはもう多種多様な企業が、契約を交わした騎士たちを支援している。
ゆえにスポンサーの意向に従って、騎士たちはスケジュールを組まれることになる。
今日のクラウディア対ヨナス戦のような公式大会への出場から、企業間における問題解決のための私的決闘まで……社が利益を損なうことのないよう、綿密に行動を管理をされるのだ。
当然だが、スポンサー側の企業イメージを傷つけることは厳禁。
ましてや、契約企業の許可もなく一般人と決闘をするなど、言語道断だ。
――精霊騎士と闘えるのは、同じ精霊騎士だけ。
端から俺とアイツの立場には、天と地ほどの開きがあったのだ。
「…………まぁ、規則は守るもんだよなぁ」
断られてしまったものは仕方ない。
ここでウダウダ愚痴を言っても何かが変わるわけではないのだから。
気持ちを切り替えよう。
そして、考えるのだ。
――次はどうやって、クラウディアに決闘を取り付けてやろう?
「やっぱり、精霊騎士の選抜試験だけでも受けてみるか。
精霊と契約していない人間でも、素養があれば受験資格は貰えるって聞いてるし。
それなら、さっさと宿に帰って計画を……うぉっと」
次なる目的を決めているうちに、俺は例のサービスカウンターまで足を運んでいた。
石を切り出して作ったような無機質な空間には、無駄な物品が一切なかった。
そして受付担当のお姉さんは、呼び出しベルの向こうでにっこり笑って座っている。
預けていた私物を引き出すため、俺は彼女に近づいた。
「すみません」
「はい、どうされましたか?」
「観戦し終わったんで、預けてた剣を返してもらってもいいですか」
そう言って、数字のかかれたタグを見せる。
「これ、引き換え番号です」
「かしこまりました。少々お待ちください」
お姉さんがロッカールームから持ってきたのは、薄汚れた鉄剣だった。
鞘の布部分は所々色が剥げ、木の枝で擦れた傷がいくつも付いた剣だった。
その見た目は、蒐集家からは「みすぼらしい」と一蹴されること間違いなし。
だが、中古品だろうと俺の窮地を何度も救ってくれたこいつの手入れは、一日たりとも欠かしたことはない。
その刃は錆びを知らないし、刃毀れする度なけなしの金を注ぎ込んで砥ぎ師に修理を依頼してきた。
そんな俺の愛剣こそ、この鉄剣《無銘》だった。
「こちらでお間違いないでしょうか」
「はい」
「では、タグをお預かりして……はい、これで返却手続きは完了です」
「ありがとうございます」
そう言って、お姉さんから受け取ろうと手を伸ばした。
この動きがいけなかったのだろうか。
被っていたフードが僅かにずれ、俺は首元を晒してしまった。
「ご利用いただきまして、真にありが……ひっ!」
「――あ」
受付のお姉さんの営業スマイルが歪む。
すぐに原因を悟った。
首元まで貼り付いた蛙の肌。
ぶよぶよと気色悪い質感に、両生類特有の模様。マナリア人が本能的に忌避する、醜悪な肉体が目についてしまったのだろう。
俺が元々見下される亜人種の中でも最底辺の地位にいると知った彼女の顔は、生理的嫌悪感でひどく引き攣っていた。
「……なんか、すいません」
彼女の手に触れないように、そっと俺は剣を受け取る。
余程距離を置きたいのか、お姉さんは素早く手を引っ込めた。
差別されるのには、とっくの昔に慣れっこだった。
カエルの亜人に触れると病気をうつされるだとか。眼を合わせた女性はもれなく襲われるだとか。
そんな根も葉もない噂で叩かれる日々が十六年も続けば、反抗する気だって失せてしまうもの。
それに、周りから吹き込まれた偏見で怯えているこのお姉さんの方が、俺よりはるかに可哀想な境涯なのだ。
だから、心身が傷つくことはない。
ない、はずだ。
「……」
フードを深く被りなおした俺は、無言で剣を背負った。
これ以上悪戯に彼女を怖がらせる必要なんてない。早くこの場を立ち去ろう。
一礼して、カウンターに背を向ける。
歩き出した直後。
後ろからこんな声が聞こえてきた。
「……なんでカエルの化け物が来てるのよ……もうサイアク」
「…………ッ」
行き場のない怒りが、身体中を駆け巡った。
♦️
しばらくの間、俺は目的なく歩いていた。
前から来る障害物を避けながら、闘技場の外周通路をぐるぐると廻る。
言ってみればこれは、腹の虫がおさまるまでの暇つぶし。遠心力でストレスが分離されるまで、ただひたすらに歩き続けていた。
すると、競歩が三週目に差し掛かろうとした時。
視界の端で、俺は見慣れぬ通路を発見した。
「――なんだ?」
その小路は、一階北側から闘技場の中心へと延びていた。
さっき通った時はなかったはずだが、俺が見落としただけなのか。
それにしては、なんだかキナ臭い雰囲気だ。魔法か何かで隠匿されていたと考えた方がいい。
また、ほとんど日が当たらずジメジメしたこの北側通路には、現在俺一人が立つだけ。
他の観客たちは、みんな帰ってしまったのだろう。辺りには人気がまるでない。
静寂が支配する空間にて、俺は首を傾げた。
(……もしかしてコレ、『隠し通路』ってやつじゃないか?)
なぜ、そう思ったのか。理由は簡単。
小路の先で行き止まりを示すはずの壁が、若干半開きになっていたのだ。
(開く壁のある通路……人が来にくい北側という立地……怪しすぎるだろ)
誰がこの壁をこじ開けたのか。
そんなことは微塵も考察しなかった。
おそらく、苛立ちで正常な判断ができなかったのかもしれない。
……カエルの亜人というだけで嫌悪感を抱かれた。
俺自身は何もしていないのに、身体の構造が常人と異なるというだけで、肌の模様が気味悪いというだけで、存在そのものを否定された。
先ほどの一件で、俺は社会的立場がクソ以下であることを思い知らされていた。
「…………入ってみるか」
闘技場を管理する人に怒られるかもしれない。
理性的な考えが頭の隅をよぎったが、そんなの構うものか。
半ば自暴自棄になっていた俺は、壁の向こうへ足を踏み入れる。
灯り少なく謎多き小路を、肩で風を切って進んでいく。
もはや俺にとってこの探索は、一種の憂さ晴らしになっていた。
「地下へ続いてる……石材は古いけど、結構しっかりした造りだ」
壁の向こうに待ち受けていたのは、深淵へと伸びる螺旋階段だった。
迷わず俺は下りることにする。
(そういえば、闘技場に地下施設があるって都市伝説があったな……もしかして、これがそうなのか?)
方向感覚が分からなくなるくらい、深く深く下りていく。
すると、突然階段は終わりを迎えた。
広い空間に抛り出され、俺は足を止めてしまう。
照明設備があるせいか、視界はボンヤリと明るかった。
(拷問部屋じゃないよな……?)
神殿のような空間だった。
見渡す限り四辺の長さは同じくらい。天井や壁にはつるはしで削った跡が見られる。
六本の柱で支えられたこの空間は、人力で掘られた地下空間らしい。
(天井はかなり高いな。幅の広い通路もあるし……ここに馬車便で来る奴がいるのか)
分からないことだらけだった。
ここが荷物を搬入するための地下室だとすれば、なぜ闘技場そのものへ通じる馬道がないのだろう。
非合法の決闘場だとすれば、なぜ観客席を設けないのか。
宗教用の極秘施設?
大雨対策用の貯水槽?
それともやっぱり拷問部屋?
考えられる可能性無数にあったが、それらは全て頭の中で浮かんでは消えていくだけ。
どれもこれも憶測の域を出ない夢想だった。
……いや。
そもそもこの部屋の利用方法なぞ、然して重要な問題ではなかった。
それよりも俺の眼は、ある物体に釘付けになっていた。
(――――なんだ、あのオブジェ)
部屋の中央には、身の丈ほどもある四角い箱が定置されていた。
大理石でできているのか厳とした威圧感を放つその神璽は、鋼鉄の鎖で何重にも拘束されていて非常に不気味。
まるで何か、外に逃がすわけにはいかない魔神でも封印しているような、そんな決して穏やかでない見た目をしていた。
しかもそのオブジェの正面には、どこか胡乱な人影が数名分あった
(……誰だ?)
許可なく地下施設へ侵入したことがバレるのは困るが、この男たちが何をしているのかも気になる。
柱の陰に回り込み、俺は様子を窺ってみることにした。
(……こんな人目に付かない場所で会談かよ……怪しすぎる)
オブジェの前に立っていたのは、タキシードを着た男と三名の見習いっぽい剣士たち。
加えて今日クラウディアと壮絶な戦いを繰り広げた、あのヨナス・アルストマその人。
以上、五名だ。
(ヨナスがいる……あいつら一体、何を企んでるっていうんだ)
妙な正義感に駆られ、俺は聞き耳を立ててみる。
奴らはこんな会話をしていた。
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