第46話 聖人君子の裏の顔
やはり俺は、人を疑わなければ気が済まない性分であるらしい。
碌な理由もなく他人から敵意を向けられ、ぞんざいな扱いを受け続けてきた人生を経れば、それも仕方のないことなのかもしれない。
裏切りには慣れているつもりだった。
期待は周りが一方的にするもので、当人には一切責任がないと言うことも知っていた。
確かに俺は、ローラン卿に憧れていた。
子供の頃から、決闘界の最前線をひた走る彼の噂を耳にする度に心を躍らせていた。
強くてかっこいい正義の味方、というイメージを勝手にあてはめ、彼のような精霊騎士になることを目指していた。
だから。
だからこそ、容赦なんてしない。
あのヨナスと手を組み、人身売買という行為を手伝ったこと。
プラス、今回の新街道の事件。
そこに隠されているであろう、ローラン卿の真意。
何としても訴求してやる。
そう思った。
♦
「――――新街道工事について、気になったことは二つあります」
まず、俺はそう話を切り出した。
「一つは、新街道の道幅の狭さ。
あれじゃ二頭引きの馬車一台が通るだけでも難しい。街道としてあまりに使い勝手が悪すぎる」
街道は、山を最短距離で越えるよう『無理やり』通されていた。
計画書によれば、今回の工期は他の案件に比べてかなり短いものだったらしい。
そうなると、あまり開拓作業へ時間を掛けられない。
かといって、地固めの作業を疎かにするわけにもいかない。
だからカルザックさんたちは、わざわざ道幅を狭く設定したのだ。
そう思っていた。
「――でも、よく考えたらおかしいんですよ」
わざとらしく、俺は腕組みをする。
「現在使われている街道は、二頭引き馬車が行き交う横を人間二人が並んで歩ける……それくらいに幅が広い。
渋滞緩和と街~港間の交易路の新設が目的であるなら、少なくともこれと同等の幅員が必要なんです」
「そうだね。イオリくんの言う通りだ」
「なのに、ですよ。
――――新しい街道の方は、『一方通行がやっとの広さ』しか確保できてないんです」
「…………」
「気になることは、もう一つあります」
俺は言った。
「――『街道の規格が違う』って、急な掌返しをしたこと。
これの意味が分からないんです」
通常であれば、このような不測の事態に直面した場合、委託業者へ最新版の図面を渡すのが先決。
そして担当者同士で協議を重ね、最後に計画の軌道修正を行う。
それさえできてしまえば、いとも簡単に問題は解決するのだ。
馬車が行き交えないというなら、緊急用の退避場所を作るなり、信号機を導入するなり、幾らでも対策を立てられる。
しかもその類の設計ミスであれば、工事の序盤中盤の段階で責任者の手によって潰されているものだ。
街道の幅員減少などという致命的なミスであれば、依頼者側も視察段階で一目で気付く。
つまり、こんな事態が起こり得るはずがないのである。
納期が間近に迫ったところで、名誉挽回の機会も与えずに急に発注先を変更する、なんてことは。
「――仮にコスト面で責任のなすりつけ合いになったとしても、発注先を変えるなんてことはしないんですよ。
だって、急ぎの仕事として発注したのに、工事の引継ぎで余計に手間をかけていたら辻褄が合わないですからね。
……ほら、もうボロが出てきてる」
「…………」
「なんでだろう、って思いましたよ。これじゃあまるで、ローラン卿がカルザックさんたちの会社を陥れようとしているようにしか見えない。
自分の会社を使って、自分の会社を潰しているんです」
「そんなことをして、私たちに何のメリットがあるというんだ?」
「――そこですよ。俺もそこが引っかかってた」
だから、考えた。
親父の教訓通り、頭を絞った。
カルザックさんの馬車に揺られる間も。
ゲストルームでお茶をいただいている間も。
そして今も。
ずっと頭を使い続けた。
「――道幅は、二頭引き馬車一台分。
往復ですれ違うための時間がかかるうえ、アップダウンの激しい峠道であることを考慮すると、いっぺんに何十人も人を運ぶことは難しい。
品質が下がりやすいし、そうまでして取引する旨味が薄いから」
「……?」
「ならもっと、奴隷よりも荷が軽ければどうでしょう。
例えば、火をつけると幻覚作用のある煙を出す草、とか。
――――草の汁を乾燥させてできる中毒性のある黒い半固形物、とか」
「……何が言いたいのかな?」
「辿り着くのは、大陸全土へ物資を送れる海の玄関口。そこへ繋がるのは旧街道と新街道。
旧街道にはいくつもの検問があるが、作り立てで利用者ゼロの新街道にそんなものはない。
賄賂費用が浮くのは確実。しかも道の途中に宿場町がないから、人目に付く可能性は極低い。
……罪を犯すには、これ以上ない好条件です」
だとすれば、答えはもうわかったも同然だ。
つかつかと、俺はローラン卿に近づいて行く。
「それで一つの結論に辿り着きました。多分これが正解でしょう」
机を挟み、俺は相手と向かい合った。
辺りには緊張感が電流のように走っている。
尋常ならざる空気に怯えたリリは、腰に巻いてある俺のベルトをギュッと握り締める。
「結論、か」
当のローラン卿は、まだ羊の皮を被っていた。
万人を愛す司祭のように透き通った眼で、彼は訊ねてくる。「……それ、聞かせてくれるかな?」
しかし、議論の帰趨はもう明らかだった。
机に手を置き、身を乗り出して俺はローラン卿の顔を覗き込む。
そして。
できるだけニヒルな笑いを添えて、俺はこう話を結んだ。
「ローラン卿。
――――あなた、麻薬の密売ルートを作ろうとしてましたね?」
♦
アヘン。
密売ルート。
この二つの単語を聞いても、ローラン卿は冷汗一つかかなかった。
和やかな口調で、彼は言った。
「……物証はあるのかな?」
「はっきり言って、ないです」
でも、と俺は付け加える。
「自分は憲兵じゃない。だから、心置きなくあなたを疑えるんですよ」
「……なるほど。少し君を見くびっていたようだ」
ローラン卿の態度は、依然として優雅だった。
他人の上に立つ貴族としての立ち振る舞いが、身に染みついているといった感じだ。
付け入る隙が無い。
これ以上の追及は意味がないと判断した俺は、潔く攻めの手を引くことにした。
同時に、ローラン卿へ語り部のバトンを渡す。
「――次はあなたの番ですよ」
「うん?」
「どうして俺たちを付け狙っているのか、それを教えてくれませんか」
「……わかった。名推理を聞せてくれたお礼だ」
すると、ローラン卿は俺の後ろへと目を向けた。
いったい何を見ているのだろうか。一瞬理解が追い付かなかったが、ベルトが引っ張られる感覚で俺は悟った。
…………リリだ。
ローラン卿は、俺の背後にいるリリに焦点を合わせているたのだ。
「私はね」
静かに彼は言った。
「――人型の精霊である君を保護したいんだよ、リリアーナくん」
「ほへ?」
「君のことを守りたいんだ」
「……???」
万が一にも自分に話の矛先が向くとは予想だにしていなかったのだろう。
きょとんと目を点にしたリリは、ゼンマイの止まった機械人形のように呆けている。
だが、そんな思考停止中な彼女の反応に構わず、ローラン卿は言葉を続けた。
「人型の精霊は希少な存在だ。
そして特別な存在でもあるんだ……『伝承』でも、そう語られている」
伝承?
俺は自分の耳を疑った。
おかしい。そんな話は聞いたことがない。
ビジネス方面に強く、得意のコミュニケーション能力と仕事上で便利なスキルを多数搭載し、人間の隣で社会の発展に大きく貢献する精霊。
それが世間一般から見た、人型の精霊に対する認識だ。
人型はあくまで希少価値が高いだけの精霊。
レア物というレッテルが貼られているだけであり、特別な力を秘めているなんて話は初耳…………いや。
もしかすると、この手の話を聞くのは二度目かもしれない。
「――まさか、『新世界の扉がどうこう』って妄想と関係してるんですか?」
「へぇ、少し意外だな。イオリくんがあの伝説のことを知っているなんて」
「いやぁ、とある場所で小耳に挟んだもので……」
その場所とは、もちろん闘技場の地下。
情報源は、ヨナス・アルストマだ。
よくよく思い返してみると、確かにあのクソ野郎はリリが入っていた石棺に対して、「レド」がどうの「高次元」がどうのと意味不明なことを言っていた。
よもやあの戯言が、リリの内にある重大な秘密に紐付けられることになるとは。
人生、何が起こるかわからないものだ。
「あのー」
と、ここでリリが申し訳なさそうに手を挙げた。
「わたし、その伝説よく知らないんですけど……」
「あぁそうか。永く封印されていたのだから、知らないのも無理はないな」
そう独り言を零すと、ローラン卿は机の引き出しから一冊の本を取り出した。
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