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第43話 決断の刻

 半日後。

 俺たちは、ローラン卿が所有する豪邸に招待されていた。


 大理石と楓の木という異色のコントラストが魅力的な豪邸だった。

 床の建材はどれも繋ぎ目が少なく、廊下の壁には無駄な彫刻が一切ない。

 減点方式による閑寂な空間演出は、この館に比倫を絶するほどの美しさを付与している。やはり彼の美的センスは、派手好きな大多数の貴族と一線を画すものであるらしい。



 メイドさんに通された部屋は、二階のゲストルーム。


 そこには幅広いジャンルや地域から、ローラン卿によって選び抜かれた美術品が数点並んでいた。

 ネームブランドだけで時価何億という値が付く絵画から、極貧農村で細々と作られてきた伝統的な陶器まで。

 ローラン卿の嗜好が反映されているのだろう。どれもこれも質素な色使いで、品のある作風に仕上がっていた。


 落ち着きのある見事な画廊。

 高級品の数々に囲まれる中、ソファに座った俺はゆっくりカップに口を付ける。


 わざわざ冷やす一手間が加えられた黒い紅茶は、コクのある味わいで香りも芳醇だった。


「はぁ……これがセカンドフラッシュの威力、ってやつか」


 ほぅっ、と俺は感嘆のため息を吐く。

「ウマい。今まで親しんできた薬草茶がゴミの煮汁に感じるな、こりゃ」



 外では小雨が降りしきっていた。


 影も雷も落とさない薄曇りは、風に乗って東方へと流れていく。どうやら天におわします神様でさえも、この永輝街ラジエンス・エリアには凶事をもたらさないらしい。

 丁寧に研磨されたガラスの向こうには、穏やかな高級別荘地帯が広がっていた。


 各地の貴族が余暇を過ごす場所。

 高名な精霊騎士が住まう場所。


 呼び方は色々あった。

 が、とどのつまりこの広大な地域一帯は、特権階級共の聖域。

 文明都市ルベイルの中心街から距離を置いたこの土地は、「一般人が立ち止まって眺めること」さえ禁じられた一種の国だった。


そんな場所に、蛙の亜人はお呼ばれされてしまっている。

 この事実、俺はどう受け止めればいいのだろう。


(てっきり門前払いされると思ってたけど、案外すんなり入れたな……カルザックさんに引っ付いてたからか?)


 工事現場からここまで、俺は荷馬車に揺られてやってきた。

 俺が無理やり同行したことに対し、カルザックさんは何も言わなかった。


会社の命運がかかった直談判にアルバイトの亜人を連れて行くなんて、本来ならばリスクしかない選択のはずだ。

なのに、彼は玄関にいたボーイに言い訳をしてまで俺を屋敷の中へ引き入れてくれた。


 寛容の枠に収まりきらない、カルザックさんの篤信。

 先ほどまで彼が座っていた椅子に向かって、俺は深く感謝の念を送る。

 今頃、あの人はローラン卿と話をしているだろう。あの人の良さだ。相手から言いくるめられていないか心配だ。



(……でも、俺が通されたのには別の理由はあるはずだよな)


 自分をゲストルームに通したローラン卿の意図については、ある程度察しは付いていた。

 馬車で森の中を往く間に、現況の考察を進めることにたっぷり時間を費やせたからだ。


 そして、ヨナスが行っていた違法取引の一件と、新街道工事における一件を整理して考えた結果、俺はある仮説に辿り着いていた。


 確証はないし、その内容だって軽々しく口には出せない。単なる妄想、と片付けられてもおかしくない突飛な推理だ。


 だが一つだけ、この妄想から導き出せた正答がある。


 それは……



「――で。そろそろキミの言い分が訊きたい頃合いなんだけれども」


 そこで考察は一時中断された。

 背中側から覆い被さるようにして、リリが此方の顔を覗き込んできたのだ。


 滝のように銀髪を下に流し、彼女は不機嫌そうな声を挙げる。


「何の説明もなしに町まで連れ出すなんて、いったいどーゆー料簡なのかな?」



 朝早くに叩き起こしたせいだろう。

 目に見えて、リリは不満でむくれていた。


 一時の気の逸りで馬車に乗るのは結構だが、なぜ自分たちがローラン卿に会いに来たのか目的を明瞭にしてくれ。

 そう主張したいようだ。


「……料簡もクソもねぇよ」


 そう言って、俺は目の前にあった彼女の額を小突く。


「これでも俺たちは契約を結んでる仲だろうが。

 俺の行動に少しくらいお前が付き合ってもいいだろ。理由なんかなくてもさ」

「はぁー、マイペースな人だなー。

 情報を共有してもらえないと、なんかこう、心がモヤモヤするものでしょ。わからない?」


「なら訊くが、お前はこうなった経緯について全く推測が立ってないのか?」

「当たり前でしょ」


 顔を上げたリリは、さも偉そうに背筋を伸ばす。


「――――わたしはキミの不運に巻き込まれ続ける、悲劇のヒロインなの。説明役は性に合わないんだ!」


「あーそうですか。

 俺とは全く逆の考え方だな、感心したよ」

「……もぅ! もったいぶらないで教えてくれないかな」



 つかつかっ、ぼふっ。

 ソファの後ろから大きく回り、彼女は俺の隣で腰を下ろす。

 その動きはまさにエネルギーに満ち満ちており、寝不足な人間とは思えないほど勢いとキレがあった。


 敵地にて余裕をぶっこいている相棒の姿。

 それを見て、少なからず俺の気も緩んでしまう。


「にゃーさんから、話は聞いたか?」

 俺は訊いてみた。


「うん、ちょっとだけ」

 そう言うと、リリは顔を曇らせる。

「……悪いことしてるかもしれないんでしょ、あのローラン卿が」


「そうだ。ヨナスの違法取引への加担、それをアイツはしているらしい。

 お前だって売られかけたんだ、他人事じゃないんだぞ」


「でも、まだそうだと決まったわけじゃないんだよね。

 だって、にゃーさんから()()()()()()()()って聞いただけなんだからさ」

「……そうだな」


 先ほどまでは、俺もリリと同意見だった。

 自分の憧れていた精霊騎士が罪を犯していなければ良いと思っていた。


 だが、今は違う。


(あの人を疑うことしかできない……あまりに気になることが、有り過ぎるから)



 懸念はあった。

 それはヨナス卿の違法取引の件においてではない。


 …………新街道工事における大胆な発注先の変更の件。

 あの一件において、俺は誠に遺憾ながら違和感を覚えまくっていた。


 さっき言いかけた仮説も、大半はこの違和感を一緒くたに煮詰めて得た産物だ。


 だから、わかる。


 ――――きっとローラン卿は、俺と顔を突き合わせて話をしようと考えているのだ。



(もしかしたら、始めから俺に会うつもりだったのかもな)


 背もたれに首を沈める。

 リラックスできる体勢を取ってみたが、ちっとも心労は拭えなかった。


 そうする内にも、勝手に思考は回っていく。


(……部屋に通すだけ通して、拘束もせず見張りも置かない。こっちが逃げることは想定していない、ってか)


 高位な人間である彼が、クズ亜人である俺に目を付けるのも無理はない。


 なにせ、此方には人型の精霊であるリリが居る。

 希少価値の高い存在でありながら、友人が図らずも逃がしてしまった精霊。そんな彼女を再び手に入れられる、まさに絶好の機会が今なのだ。


 ローラン卿がみすみす俺たちを逃がすわけがない。

 現に彼は、俺の脚にとんでもない杭を打ち込んでいた。


 その杭が何なのか。

 あっけらかんとした顔でリリは言った。



「――それにしても意外だよねー。

 まさかローラン卿が『()()()()()()()()()()()』なんてさ」


「そうだな、亜人からすりゃ奇跡に近い展開だ」

「何でなのかな?」

「……そりゃ挨拶をしたいからだろ、俺やお前と」


 違う。


 ローラン卿の狙いは、あくまでリリの確保だ。

 談笑して俺たちとの仲を深めようとする気など、枯葉の先ほどもないだろう。


 面会を許諾したのは、単に俺が逃げないようにするため。人質のようなものだ。


 眼と眼を合わせて話をしたがってる、こちらの心理状態。

 それを正確に読んだうえで、ローラン卿はこんな提案を仕掛けてきていたのだ。


 俺は小さく歯ぎしりしてしまう。


「……さすがだよ、あの騎士様は。

 こっちが悪事をほっとけない性格だ、ってことを知ってて動いてる」

「どういうこと?」


 首を捻る相棒に、俺は軽く説明を加える。


「にゃーさんのリンチの一件を耳にしてたらさ。

 怒った俺がリンチ二人組をボコったことも、漏れなく向こうに伝わってるだろ」

「あー。目の前で傷付いた人の仇は取る、ってタイプだと認識されてるんだ、キミは」


「だからこそ、あの人は待ってるんだ――――『新街道工事について』、俺が一言申し上げるのを」

「……え?」


 手刀を作って、リリは身構えた。

「まさかキミ、ローラン卿にまで喧嘩を売るつもりじゃないよね?」


 飄々とした態度で、俺は言い返す。


「……まぁ、ひと悶着あるかもしれないよな」

「やめてよー!

 ただでさえヨナス卿に喧嘩を売ってるってのに、ここで無意味に敵を増やす必要ないじゃん!」


「わかってる。

 単に俺は、あの新街道にまつわる不思議の答え合わせがしたいだけだ。殴り合いたいと思ってるわけじゃない――」



 だが、思い通りにいかないのが人生というもの。

 万が一のことを考慮しておいても損はない。


 なにせ俺の不用意な発言が引き金となって、ローラン卿やその取り巻きが剣を抜くような事態になる可能性はゼロじゃないのだ。


 俺一人であれば、この豪邸から脱出する自信はある。

 ただその場合、リリはどうなるのだろう。

 俺が置いていってしまうと、やっぱり彼女はローラン卿たちの道具となり果てるのだろうか。


(……)


 頭を動かし、天井画を見上げる。

 彩度が控えめな天使が描かれた天井はモダンな造りをしていて、鬼灯色のシャンデリアとはかなりの親和性があった。

 その妙な魅力に憑り付かれたのか、俺はボーっと頭を空っぽにさせていった。


 やがて。

 全身の力を抜いて、俺は投げやりに呟いた。


「決めたよ、リリ」

「何を?」


「いざとなったらお前…………ひとりで逃げろ」


 この発言がそんなに面白かったのだろうか。

 ぽか~ん、と彼女は呆気に取られていた。

 お読みいただき、ありがとうございました!


 「面白い!」「続きに期待!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや★評価をよろしくお願い致します! おねがいします!!


 執筆のモチベーションに繋がりますので、どうか!


 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

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