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第42話 新たなる敵

 びっくりして跳び上がった俺は、窓に駆け寄って声のした方を見る。


「……誰だ?」


 事務所の前には早馬が一頭止まっていた。おそらくルベイルの街から駆けて来たのだろう。

 馭者を背に乗せた馬は、焦げ茶色の皮膚にびっしょりと汗をかいている。


 どうやらこの馬は、カルザックさんと危うく接触事故を起こすところだったらしい。


 実際、悲鳴の上がった地点ではカルザックさんと馭者が無限に謝り合っていた。

 つまり、両者ともに相手の存在に気付かないほど、馬は速く走っていたのだ。


 そんな二人乗りの鞍を積んだこの早馬は、誰をこんな辺鄙な森の中まで運んできたのだろうか。


 ガラス戸を上げて、俺は窓から身を乗り出した。

 そして、()()を見つけるのだ。


「……ッ!」


 脊髄反射によって次の行動は決定された。

 するっと二階から飛び降りた俺は、何事もなかったかのように着地する。


 目の前には、見覚えのある女性が居た。

 彼女の名前を俺は呼ぶ。



「…………にゃーさん!」


「あっ! スティーブン!」



 ハンチング帽を被った小柄なジャーナリストは、今日も通常運転で俺の名前を間違える。「よかった、会えたー!」


 多分、馬から降りた拍子にバランスでも崩したのだろう。

 にゃーさんの右半身は、可哀想なほどに泥だらけだった。

 灰色のカジュアルジャケットに汚れはべっとりと付いていて、頬の部分にも跳ねた泥が雫模様を描いている。


 だが、彼女が自分の醜態を気にしている様子はない。


 それどころか彼女の顔は、まるで終末の予言をスクープしてしまったかのように焦燥感で埋め尽くされていた。


「こんなとこまで来るなんて、何かあったのか?」


 捻りのない質問に、彼女は激しく頷く。


「そうにゃんだよ! 一秒でも早く、君に伝えたい情報が手に入ったんだ!」

「情報?」


 確かに以前、俺は彼女に情報収集を依頼したことがある。

 ラム兄と別れた時のあのワンシーンにおいて、だ。


 しかし、俺が欲したのは「今後行われるであろう剣士の地区大会の日程、及び参加条件について」だ。

 身近な人間の訃報だとか、内乱が勃発しそうだとか、そういったショッキングな情報を伝えろと言った覚えはない。


 だというのに目の前の彼女は、手負いの熊に追い詰められたような絶望の表情を浮かべていた。


 ……嫌な予感しかしない。


 ツゥッ、と熱を持った震汗が頬を流れる。



「落ち着いて聞くんだよ?」


 そうにゃーさんは前置きをした。「にゃあも(にゃに)(にゃん)だかさっぱりで、すごく混乱してるんだ」


「重大なニュースなのか」

「うん。君の今後にも関わってくる情報なんだ」


 深呼吸を挟み、にゃーさんは言った。


「――にゃあがリンチにあった時に言ったこと、覚えてる? 

 ヨナスの不正取引には、バックにもう一人精霊騎士がいるって」

「あぁ。言ってたな」


「……そいつの正体が分かった」

「うそだろ、マジか!?」


「確かにゃ情報筋からのタレコミだよ。

 ウラも取ったから間違いにゃい。しかもそいつの名前は、君もよく知っている人物だ。あまりに有名過ぎるからね」

「誰だ……誰なんだよ!」


 亜人を、精霊を、モノ扱いして売り捌いていた屑野郎。

 それと結託して利益を得ていた人でなしが、未だこの世に存在する事実。


 感情が昂って当たり前だろう。

 他人を見下して、食い物にして、自分だけが至福を味わう人間のことを赦すことなんて、器の小さい俺には到底できない。


 一刻も早く名前を聞きたかった。

 不正取引の売買ルートを確保した、塵にも劣るそいつの名前を。



「そいつの名前にゃまえは……」


 にゃーさんが口を開いた。

 緊張で肌がひりつく。脈拍が早くなる。経絡中を気が狂奔した。


 一拍。

 二拍

 そして、三拍置いた後。


 にゃーさんは、答えを述べた。



「…………ローラン・トリルバット」


「――!?」


「ローラン卿だったんだよ。あの事件の黒幕は……!!」



 茫然示寂という言葉は、こういう時のためにあるのかもしれない。


 目を剥いた。

 耳を疑った。

 槌で頭を衝かれでもしたかのように、俺はその場で棒立ちになっていた。


 衝撃的過ぎて何も考えられない。

 ずっと憧れていた人間が自分の一番嫌いな種類の人間だったなんて、精神的にクルものがあったのだ。


 だが、だからといって何もしないわけにはいかない。


 黒幕の正体は知れた。

 そいつのことを俺は赦すことができない。ぶっ飛ばしてやりたいとさえ思う。


 だったら、やるべきことは一つ。


 ――――乗り込もう。



「カルザックさん」

「んぅっ?」


 まだ極太の腕を持った現場責任者は、その場に留まってくれていた。


 にゃーさんの告白に興味があったのだろう。

 ローラン卿の裏の顔を知ってしまったカルザックさんは、苦い林檎を齧ったかのように顔をしかめている。


 そんな彼へ、俺はとある質問をした。

 上手く働かない言語野を力いっぱい絞って、宙に文章を綴っていく。


「カルザックさんは街へ、どうやって行くつもりなんですか?」

「どうやって、って……荷馬車を使うつもりだけどもっ?」


「それなら、俺たちも連れて行ってくれませんか」

「連れて行くっ? どこへだいっ???」


 カルザックさんは小首を傾げた。

 然有らぬ態度で、俺は真っ直ぐ彼を見射る。


 従容として、俺は言った。


「連れて行ってください。

 俺たちを…………()()()()()()()()()()


 お読みいただき、ありがとうございました!


 「面白い!」「続きに期待!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや★評価をよろしくお願い致します!


 執筆のモチベーションに繋がりますので、どうか!


 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

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