第3話 再会と皮肉り合い
「――で。なんで三流剣士くんが、こんな場所に居るのかしら?」
関係者以外立入禁止の進路を塞ぐようにして立った俺を見るなり。
控室から出てきたクラウディアは、困り果てたような表情を浮かべた。
心外な反応だ。
まるで俺が厄介者みたいじゃないか。
腕を組み、俺は彼女の質問に答えてやった。
「決まってるだろ。お前に会いに来たんだよ」
「会いに来た、って通路の警備員はどうしたの」
「……撒いた」
「簡単に言うなぁ」
クラウディアは、小さくため息を吐く。「まぁ、君らしい行動ではあるけどね」
「――元はと言えば、お前が呼んだんだろうが」
棘のある言い方が癪に障った俺は、懐から一枚の紙切れを取り出した。
それは観戦チケットだった。
書かれた対戦カードは、先に行われたヨナス対クラウディア。
場合によっては何十万という値段で取引されるほどの価値がある紙切れを、ずいっと俺は見せつける。
「これウチに送りつけたの、お前だろ?
『一部昇格を決める大事な試合だから、ヒマなら観に来れば』、って手紙にも書いてあったぞ」
「別に『会いたい』とは書いてないでしょう?」
「ギャラリーが感想を言いに来ちゃ、ダメなのか?」
「他人様に迷惑をかけて欲しくないだけよ。主に警備員の方々の、ね」
歯切れのいい皮肉だ。俺は苦笑してしまう。
「はぁ……六年ぶりに面と向かって話すってのに、ずいぶんと辛辣な言い様だな」
「君の悪評なら、村長さんから山ほど聞いているわ」
目の色を変えず、クラウディアは嫌味を吐く。
「他所の庭でトマトを齧ったりとか、書庫に忍び込んで古書を漁ったりとか。
あの村の管理責任を負ってる身としては、強く当たらない理由がない」
「……ほんと、貴族の娘って可愛くないよな」
「実利が取れるなら、可愛くなくて結構です」
すると。
この会話に割り込む者が一羽、現れた。
「――おいクラウディア。この男は何処の誰なんだ」
そう口を挟んだのは、クラウディアが契約している鷹の精霊であった。
見目麗しき契約者の肩上で、偉そうにふんぞり返っている。
その眼光は凍てつく風のように冷ややかで、爪は防具を着ていなければ肉を貫通しそうなほど鋭利。
THE・猛禽類という見た目をしたこの鳥は、思春期男子の心をがっしり掴むカッコイイ系オーラを醸し出していた。
ただひとつ、彼の口調が小姑みたいな癇に障るものでさえなければ……そうでなければ、俺も尊敬の念を抱いたのだろう。
そんな残念な性格の鳥だった。
「――彼の名前はイオリ・ミカゲ」
半ば保護者の様な立ち位置の鷹に、箱入り娘のクラウディアは俺のプロフィールをこう説明した。
「私と同い年の剣士でね。前に果たし合いをしたことがあるのよ」
名前を憶えてくれていた。
六年も前のことを憶えてくれていた。
一方的に好敵手認定していたものだから、俺としては少しうれしい。
そう思ったのも束の間。
続けて彼女は、こう情報を付け加える。
「あとは……私がコテンパンにした亜人でもあるかな」
「おい。その情報は今じゃなくてもいいだろ」
「でも事実でしょ?」
「他人の恥をむやみに曝すなよ、恨むぞ」
そんな風に言い合っていると、また鷹の精霊が口を挟んできた。
「ほぅ、亜人か。何の亜人だ?」
嫌味な言い方だった。
鷹に見下されているような気がして、反射的に俺はムッとする。
俺より強いクラウディアから見下されるのならいざ知らず、この鳥にまで馬鹿にされる筋合いはない。
質問をガン無視してやろうか、と俺は心のなかで毒づいた。
しかし、ここで正体を隠す意味なんてない。余計に話がややこしくなるだけだ。
吐き捨てるように、俺は答えてやることにした。
「――――『カエル』だよ。
両生類で悪かったな」
心から嘲るように、ファルクは眼を細くする。
「なるほどなぁ。
しかし、その割には姿も顔も人間と変わらんな。ちょいと亜人の要素が少ないんじゃないのか? キャラが甘いぞ?」
「いや、人語を喋る鷹に言われたくないんだけど」
そう反論してみたが、この生意気な鳥の指摘も半分以上当たっていた。
♦️
…………ぶっちゃけて言うと、俺はそこまでカエルではない。
顔は何処にでもいる普通の青少年。
頬にちょっとした痣があるくらいで、一目見ただけでは東部地方からの出稼ぎ労働者にしか見えないだろう。
それに背丈だってクラウディアより高く、170センチくらいはある。太腿だって本物の蛙みたいにぶっくり太いわけじゃない。
身体付きが細く見えるのは、ちゃんと筋肉で引き締めた成果。おまけに髪の毛もサラサラだ。耳だってしっかり付いている。
この大陸を治めた、見た目が普通な人間……『マナリア人』と違うところがあるとすれば、それは二つ。
ひとつは、ぷっくり膨れた吸着力のある指先。
もうひとつは、肌に沈着した蟇蛙とも蝦蟇蛙ともつかない茶褐色模様。
蛙指については手袋を装着して対処しているし、肌模様については首元までしかないから、服装にさえ気を遣えば簡単に隠せる。
マントを羽織るなりして下を向いてさえいれば、意外にもカエルの亜人だとバレないものだ。
だから。だからこそ。
亜人が差別されるこの現代社会でも、俺はこうして堂々と試合を観戦しに来ることが可能なのである。
♦️
「――カエルと言えば、人界では醜さの象徴だったな」
優位に立ったと思い込んだ鷹は、徹底的に俺を小馬鹿にしてくる。
「亜人種内でも虐げられていると聞くが、実際はどうなんだ? 地主のご機嫌取りのために、ちゃんとゲコゲコ鳴けるのか?」
「……鳴かねーし鳴けねーよ。亜人の人体構造ってのは、魔物と違って純粋なヒトに近いんだ」
礼儀を欠片ほども見せない精霊に、さっきから俺は一回皮肉をぶつけてみたかった。
というわけで、ズバリ罵倒語を浴びせてやる。
「……ははーん。それともあれか。
こんな常識も知らないなんて、さてはお前、ただの珍獣だな?」
カッチーン。
全身の羽毛を逆立て、鷹は怒りを露わにした。
「――失礼な! その口噛み千切るぞ、両生類!」
「――ホントよく舌が回るトリだなぁ、油でカラッと揚げてやろうか!?」
体格差が何倍もある者同士で、亜人と精霊という関係で、俺と鷹はバチバチ睨み合った。
すかさず、両者の間にクラウディアが割って入る。
「やめなさい、二人とも。喧嘩なんてみっともない」
「…………お前さ、もう少し自分の相棒を躾けておけよ。こんな喧嘩腰で来る精霊、初めて見たぞ」
「でも、喧嘩を買ったのは君の方でしょ」
そう言って、彼女はデコピンを喰らわせてきた。「両成敗よ」
ヒリヒリと痛むおでこを、不本意そうに俺は擦る。
やっぱりこのクラ公、俺のことなぞアウトオブ眼中らしい。
実際、カエルの肌について冗談でも言及することはなかったし、指で俺へ触れることを躊躇いもしなかった。それらが何よりの証拠だ。
変な話だが、貴族であるはずの彼女は、最下層民の俺に対してひとつまみの差別意識すら持っていなかったのだ。
見下すのが仕事となる身分なのに、だ。
やはり、コイツの感性は普通じゃない。
「……さてと」
デコピンをした指を引っ込め、手を腰に当てたクラウディアは、小首を傾げるとこんなことを言った。
「気を取り直して訊くのだけれど――こんな部外者立ち入り禁止のところまで、いったい君は何の用で来たの?」
用事というほどのものはない。だが、伝えなければならないことならある。
それを今、告白しよう。
「――――約束を果たしに来た」
ふぅ、と俺は肺を楽にした。
足裏全体で地面を踏むように重心を修正し、クラウディアと正対する。
……あの日。あの場所で
俺は三流剣士と馬鹿にされた。
煽った相手は目の前にいる。
剣を携え、精霊を肩に乗せ、静かに言葉を待っている。
この機を逃すものか。
汚名を返上する機会を、彼女に恥をかかせる機会を、ここで逃して堪るものか。
器が小さいと言われても構わない。
この六年間抱いてきた目標を、ここで達成できるかもしれないのだ。
泥を被り続けてきたこの名前に、今さら傷なんて付きやしない。
「……」
息を吸い込んだ。
相手の眼を見た。
そして。
意を決し、俺は言った。
「――――決闘してくれ。俺とお前で、今すぐに」
即座に、返事は戻って来た。
「――無理かな、それは」
「へ?」
「ごめんね」
申し訳なさそうに、クラウディアは両手を合わせていた。
そんな彼女の前で、魂が抜けたように俺は棒立ちになる。
…………秒で、断られてしまった。
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