表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/79

第38話 絆深くとも、二人の距離は未だ遠く

 あの時。


 絶対的悪とした立ちはだかった二部リーグ登録者、ヨナス・アルストマに俺は挑んだ。


 そして、圧倒的実力差を見せつけられた。

 疾風と撃剣で滅多打ちにされた末、ボロ雑巾の如くあのオブジェに叩きつけられた。

 轢き殺されたカエルの成れの果てを、彼女はしっかり見ていたというわけだ。


 瀕死の重傷を負った人間が自分の寝床に寄りかかっていたら、誰だって驚いて然るべき。

 ずぶとい神経を持つリリであっても、これについては例に漏れなかったのだろう。


 心拍数だってそれなりに上がったはずだ。



「じゃあ、お前が契約を交わしてくれたのは、単純に怪我人を見捨てられなかったからなのか?」


「全身打撲に血を流してる人がいたら助ける。

 そんなの通りすがりの天才なら、当然の行為でしょ」



 自分の目の前で誰かが死んでは寝覚めが悪い。

 だから、彼女は俺に力を貸し与えてくれた。


 ただそれだけ。


 偶然、俺が契約の呪文を知っていて。

 偶然、オブジェの扉が開いて。

 偶然、目の前の怪我人を助ける手段を彼女が知っていただけ。


 たったそれだけのことだったのだ。


 すべては神の気紛れ。

 怪我をしていたのが俺でなくとも、そこら辺の一般人。

 にゃーさん、ラム兄、カルザックさん。

 果てはヨナスであっても、彼女は契約の手を差し伸べていたのだろう。


 特別な理由など、初めからなかった。

 現実なんてそんなものだ。


「……ちょっと残念だな。人生ってのがこうもドラマ性に欠けてるとは」


「嘘を吐かれるよりはマシでしょ。

 あなたに無類の才能が秘められていたから摺り寄りました、って言われてキミは嬉しい?」

「確かに、詐欺師のやり口は好かないな」


「でしょ? だったらわたしは正直に生きるよ。キミに気を遣ったりなんかしない」

「あー、さいですか」



 手元に残っていたカブの茎を口に詰め込む。

 特に美味くもなく不味くもなく、難溶性食物繊維は腹に溜まっていく。


 別にショックを受けたわけじゃない。

 むしろ変に持ち上げられなかっただけマシ。

 他人からの評価に敏感な亜人は、盛られたお世辞も嫌いなのだ。


(……もっとも。少しでも言い方を工夫してくれたら、こっちのストレスも減るんだけどな)


 俺は、クラウディアと同じ土俵に立つために。

 リリは、己の命を保証するために。


 二人は契約を交わし、こうして肩を並べている。


 薄い繋がりだ。

 吹けば飛ぶほど軽い絆だ。

 今も彼女が俺について来てくれていること自体、奇跡みたいなものだった。



 ――なにせ、精霊は契約者の鞍替えができる。


 現在のパートナーであるAよりBと手を組みたいとなった時、精霊側は手間なく再契約を結ぶことは可能。

 俺がリリを選んだように、リリも相手を選べるのだ。


 俺たちの仲は、人命救助の過程で知り合った程度だ。

 いつ彼女の気が変わって、第三者と再契約したいと言い出してもおかしくは…………?


「あれ、おかしくないか?」

「え、何が」


 ふと鼻を撫で、俺は考え事に没頭した。

 不可解な点に気付いたのだ。


 今明かされたリリの言い分。

 リリが取ったこれまでの行動。


 それらすべてを反芻してみると、ある矛盾が浮かび上がる。


「なぁ」

「うん?」

「ちょっと質問なんだが……」


 闇夜の静けさと月光の輝きが同居する下。

 俺は矛盾を追及してみることにした。


 お題は、『なぜ今も俺と契約を継続しているのかについて』。


 慎重に詮索のナイフを入れていく。



「――死にかけてた俺を戦闘義体を与えることで延命させようとした、っていうならさ。

 ラム兄に治療してもらって、こっちの無事が確認できた後は、何時だって契約を取り消すことはできたわけだろ?

 俺を助けるための一時的な契約だったんだからよ」


「……」


「その後にもチャンスはあったよな。

 宿に泊まって、街に出て、工事現場に来て。人を選べる環境は何時だってあった。

 でも、お前は再契約のそぶりも見せなかった」


「……」


「契約の鞍替えは、お前の方から勝手にできたはずだ。

 なのに、どうして今もお前は俺と組んでくれて――」



 純粋な疑問。

 この場で知っておきたかった相棒の心根。


 あーだこーだ文句を言いながらも俺に付いてくる、そんな彼女の動機を俺は訊ねようとする。


 だが、その質問を言い終えることはなかった。

 リリが質問を遮ったのだ。



「――――それよりさ!!」


 ぱんっ。

 そう軽く手を叩いて会話の主導権を奪取した彼女は、スススと滑るように此方へと近寄ってきた。


「わたしもキミに訊きたいことがあるんだ」


 ざっと見て、その距離は俺と肩が触れるか否かというくらい。

 小突くには腕を振り辛く、手を重ねるには肘が回らない。

 近いようで遠いこの横並びは、俺とリリの心的距離を表しているように思えた。


 そうだ。

 きっとまだ俺は、この精霊の信頼を勝ち得ていないのだ。


「……何だよ、訊きたいことって」


 変に気が抜けてしまった俺は、彼女の好きなようにさせることにした。

 微妙な距離感を保ったまま、俺は相手の反応を待つ。


 リリは言った。


「前から思ってたんだけどさ」

「うん」

「キミが精霊騎士を目指す()()()()とか、そろそろ教えてくれないの?」


 あー、と俺はこめかみを抓む。


 すっかり忘れていた。

 自己紹介こそしたが、俺は俺の過去を相方に話していなかったのだ。 


「話す必要あるか、それ?」

 俺は尻込みした。

「一銭の価値もないぞ。俺の話なんて」


「だってキミ、やけに決闘について詳しいし、ローラン卿さんの話が出た時は興奮してたからさ。

 精霊騎士の何がキミをそこまで駆り立てるのかなー、ってこっちまで気になっちゃったんだよ」

「まぁ、隠すことでもないか……」



 いつかは話さなければ、と覚悟していたことだ。


 自分が蛙の亜人として、どんな扱いをされてきたのか。

 父親から何を教わったのか。


 自分が抱いた野望とは何だったのか。

 永遠のライバルと出会ったきっかけは何だったのか。


 それらを白状するのが億劫になる前に、面倒事は片付けておこう。


「少し長くなるぞ。いいんだな?」

「もちろん。ちゃんと最後まで聞くよ」

「わかった。

 じゃあ、そうだな。あれは六歳頃のことだったんだが…………」


 やがて。

 月光る星空の下で、俺はクラウディアと因縁の関係を結ぶに至った経緯をつらつらと話し始める。


 梟の叙情的な鳴き声が優しく木霊する。


 本日の夜も、無事平穏に更けていった。

 お読みいただき、ありがとうございました!


 「面白い!」「続きに期待!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや★評価をよろしくお願い致します!


 執筆のモチベーションに繋がりますので、どうか!


 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ