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第34話 ブラック的リンチ

 ドカッ。

 バキッ。


 近くでそんな鈍い音が鳴っていた。


 まるで湿った土をぱんぱんに詰めた袋へ、遊びで金槌を振り下ろすかのような。

 寄生虫が付いてしまった豚の腸を、金にならない腹いせに踏みつけるような。

 そんな重くて不快な音だ。


 いったい音の発生源は何なのか。

 朦朧とした頭で、俺は考える。


 そして、答えを理解した。


(……あぁ、そうか)


 殴られているのは俺だ。

 踏みつけにされているのは俺だ。


 鈍くて重くて不快な音は、俺から発せられていたのだ。



「おい」

「……?」

「まだへばんなよ?」


 目の前の男はそう言うと、また拳を振るった。

 凶器と化したそれは勢いを殺すことなく、見事に俺の腹へとめり込んでいく。


 胃を圧し潰すほどのボディブロー。

 思わず呻き声が漏れてしまった。


「おいおい、もうギブアップか? 早すぎるぜ」

「やっぱ雑魚いなー、カエルの亜人は。まだ殴り足りねってのにー」

「あーだめだ、まぁたストレス溜まってきたわ」


 地に倒れ込んだ俺を取り囲むのは、道路舗装の仕事を担当している作業員の三人組。


 きっと後先を考える力に欠けた連中なのだろう。

 他人が来る可能性が大いにある場所、廃材置き場近くで彼らは私刑に興じていた。


 処刑の理由は、そこに亜人がいたから。

 ただそれだけ。

 吹けば飛ぶような薄っぺらい動機の下で、彼らはスポーツ感覚で暴力を振るう。


 この場に止める者などいない。


 そこにいたのは醜い肌をした社会的弱者と、免罪符を持った馬鹿だけだった。



「――こちとら朝から晩まで肉体労働に励んでんだよ」


 三人組の中でもリーダー格と思しき男は、いきなり俺の胸ぐらを掴んだ。

 威圧するように顔を近づけてくる。


「その分テメぇは良いよな」

 唾を吐きかけるなり、彼はこう言った。

「見回りって名目でサボれんだから……よッ!」


 言い終わるや否や、男はまた蹴りを繰り出してきた。狙いはもちろん、当てやすい腹部。

 もろに一撃をくらった俺は、盛大に廃材の山へと倒れ込む。


 そこにあったのは黴の生えた木片、折れて歪んだ車輪のフレーム、穴の空いた鍋や古くなった大小さまざまな未分別のゴミ。

 即席の打楽器と化したそれらは、派手で豪快な騒音を辺りいっぱいへ響き渡らせた。

 そのまま俺はゴミ山の一角に埋もれてしまう。


 亜人の醜態を見て、男たちは嗤っていた。

 さも愉快そうに大口を開けて、開けっ広げに嗤っていた。


 いったい何が面白いというのだろうか。

 こっちは最低な気分だ。



「いやー、やっぱ良いことすると気持ちいいわ」

 俺を殴った男は、清々しそうに髪をかき上げる。

「亜人の分際で()()()()()()()()()()なんて特例、見過ごされていいはずなかったからな」


 確かに俺は、亜人用の給与相場よりも何倍も高い給金で雇われている。


 だが、別にこれは特例なんかじゃない。

 それどころかカルザックさんの方から提案してきた、一種のパフォーマンスに近い。


 マナリア人と亜人の間の貧富格差を埋めんとする、カルザックさんの経営方針。

 周囲からの圧力もあって中々広げられなかったその網に、たまたま俺と言う丁度いい実験体が引っかかっただけなのだ。


 俺の方から摺り寄ったり、脅したりは一切していない。

 より信頼の厚い外面を手にいれるため、カルザックさんは亜人の給与を相場よりも高くした。

 その結果、俺はより多くの金を貰うこととなった。

 悪気なんてない。


 しかし。

 少なくともこの男三人衆は、それを理解していない。

 する気もないのだろう。


 現に男たちは、口々に被害妄想を吐いていた。


「――ほんと特例とか、マジ許せねぇわ。俺たちの金を横取りしてるようなもんだぜ、こいつ」

「炭鉱で雇われてる亜人なんかは、一杯の酒を得るだけのために足枷付けて働いてるって聞くぜ。それが普通なんじゃねぇのか?」

「金使う機会もねぇクセに、人様から給料貰ってんじゃねぇよ。そう俺は主張したいね」


「つーか、亜人なんて厄介事を呼び込むだけの疫病神だろ?

 なんでこんなやつ、この世に蔓延らせとくのかねぇ。上の奴らの気が知れんわ」

「町の犯罪率が増加した原因は亜人だ、ってどっかの学者も言ってたぜ?

 まさか評議会の連中、治安の悪化に気付いてないとか?」

「――まぁ、その辺は俺たち一般市民がどうにかするしかねーんじゃね。

 実際、亜人ヤロウを殺しても罪には問われねぇし、正当な理由がある私刑は裁判所からも黙認されてるからな」


「不浄をもたらす亜人は死すべし! ってか?」


「それ、亜人排斥派のババァのセリフだろ」

「違いねぇ」「違いねぇ!」


「……」「……」「……」


「「「ハハハハハッ!!」」」



 三人は楽しそうにお喋りを続けていた。

 俺はそれを黙って観る。


 傾きかけた陽の光は眩しく、擦傷に沁みて痛かった。


「でも、暇潰しにもそろそろ飽きてきたな」

 そのうち、三人の誰かがそんなことを言った。

「他に面白れぇことってないのか?」


「そういや、デブ助の帰りが遅いな。なにやってんだろ」

「デブ助なら、あの件で交渉中なんじゃないか? ここ何ヵ月かはあいつが『受け取り人』だろ、確か」

「仕事が遅ぇ奴だなー。どっかほっつき歩いてるんじゃねぇの?」


「あの野郎……ナンパとかしてたら、ただじゃおかねぇぞ」

「ま、誘いを断られるまでがテンプレだけどな、あいつの場合」


 と、ここまで噂を立てていれば、今この場に本人が登場したところで誰も違和感を抱かないだろう。


 つまりはフラグ。

あるいは前置き。

 登場のための雰囲気は、三人の手によってとっくに整えられていた。


 だから。

運命は収束し、デブ助なる男は林の奥から現れるのだ。



「おーい」


 ドスドスと地鳴りを引き連れてやって来た彼の男は、三人衆に向かって手を振っていた。


「買ってきたぜー、例のブツをよー」


 三人の意識が、一挙に俺からデブ助へと移行する。


「おっ、やっとか!」

「遅ぇんだよ」

「早くアレ渡せよ、早く早く!」


 エサに群がる小鳥のように、男たちは口々にデブ助を急かしている。

 何をそんなに慌てているのか、俺にはよくわからない。


 正直、見ていて気味が悪かった。


「まぁまぁ落ち着いてくれ、まずは交渉と行こうじゃないか」


 おやつ代わりの焼きイモリをしゃぶりながら、デブ助は相手を宥めた。

 同時に、手に持っていた小包の中身を、ちらっとだけ三人衆に見せつける。


 ……紙に包またそれは、ただの黒い結晶体だった。


 黒曜石のようにも見えるし、タールに漬けたゴムのようにも見える。

 そんな脆く乾いた物体。


 正常な世界で生きた人間なら、ひと目見ただけでは何も分からないだろう。

 少なくとも、俺のいた村では見たことがないアイテムだ。

 この距離では香りも嗅げないから、それが苦いのか甘いのかも不明。

 そもそも価値があるものかどうかすら判断できない。


 だが。

 それでも「用途」はわかった。


 村にいた他の亜人に比べ、幼い頃から外界に興味を持っていた俺は、その物体のこともよく知っていた。


 ……()()()だ、あれは。

 お読みいただき、ありがとうございました!


 「面白い!」「続きに期待!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや★評価をよろしくお願い致します!


 執筆のモチベーションに繋がりますので、どうか!


 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

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