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第33話 平和な天国。不穏な地獄。

「――ここの工事はね。旧街道の渋滞緩和と管理・運輸コストの削減、って目的で始まった国家事業の一つななのよ」


 そう言って、お姉さんは茶に口をつける。


「で、この仕事の全権を委任されたのが、あのローラン卿ってわけ。だから資金を集めたのも、人員を集めたのも、この会社に委託してきたのも、ぜんぶ彼の仕業なの」


「じゃあ、カルザックさんが所属してる会社って……」

「そう。いつも事業を流してもらってる恩があるから、()()()()()()()()()()()()なんだ」



 腑に落ちる回答だった。


 ここの労働環境が妙に良いのも、新たな街道の整備なんて大仕事を回してもらえるのも、こんな森の中でリリが牛乳を飲めるのも。

 全て、気が利くローラン卿の手配が行き届いた結果なのだ。


 精霊騎士における偉大な先輩の懐の深さに、俺は盲目的に感銘を受けてしまう。

 そんな空気を感じ取ってか、同じ卓を囲んでいたおばさんも戯曲を吟じるかのように口を開いた。


「……よくできた人さ。まだ二十四と若いのに周りがよく見えている。

 私たち下々民への配慮も忘れないし、酒宴や鹿狩りみたいな貴族の嗜みより目前の仕事を優先するんだ。

 躓きそうな小石は、全部拾っていく。貴族なのに、傲慢さがひとかけらもない。

 だから皆、彼の後ろに着いていくのさ」



 なんという求心力。

 市民からの信頼をこれだけ勝ち得た人間なんて、歴代の裁判長や国王にいったい何人いただろうか。


 ましてや彼は、庶民から恨みを買われやすい貴族の一当主。

 かび臭い地下室で暗殺計画の一つや二つ持ち上がってもおかしくない立場だというのに、彼に不平不満をぶつける野郎の噂はとんと耳にしない。

 真摯な姿勢が評価されている証だ。


 そんな無敵の男の話をずっと聞かされたせいだろう。

 大げさに身を仰け反らせ、リリは驚いた顔をしていた。


「ひぇー、ホントに凄い人なんだ!」

「だから何度も言ってるだろ。精霊騎士の鑑なんだよ、ローラン卿は」


「実の息子さんみたいな言い方するね、イオリは」

「尊敬してるんだよ。あの人からは学ぶことが多いからな」


「……じゃあ、キミも見習ったら?」

「はい?」


 俺の頭上に疑問符が点灯する。


 リリの奴、こんなタイミングでいきなり何の話だ。

 見習うも何も、ローラン卿の戦型なら足さばきから個人戦術まで、村で手に入る情報を基にずっと研究を続けている。

 あの大先輩の技能についてであれば、同じ精霊決闘マニアを二分で論破できる自負があるくらいだ。


 だが彼女が言いたかったのは、そういう見習うではなかったらしい。


 人差し指を立てたリリは、上から目線で説教を垂れた。



「だって、『ロリ卿』だか『ローリング卿』だかは優しいんでしょ? 器が大きいんでしょ? 冷静なんでしょ?

 そーゆー性格なり処世術なり、キミも勉強しておいた方がいいと思うのだけれど」


「……え、そっち?」


「すぐ頭に血が上る性格とか、わたしに乱暴な言葉遣いするところとか、性根から直しなさいよ。

 でないとキミ、死ぬまで本物の騎士になれないと思うよ、うん」


「ぐ……!」


 さすが交渉上手の人型の精霊、痛い部分を突いて来やがる。


 俺自身、己の器が小さいことは自覚していた。

 ヨナスに喧嘩を吹っ掛けたり、にゃーさんリンチ組に一泡吹かせたりした動機も直情的なものだったし、リリに気を遣った記憶は一つもないと言うのが現状だ。


 だから、彼女へ言い返すための手頃な武器弾薬はゼロ。

 打つ手なしの詰み状態の俺は、口を噤んでただただ黙る。


 そして、俺への熱い風評被害はこれだけでは終わらない。


 他二人の女性陣が口を挟んできたのだ。


「そうそう、こんな可愛い女の子がパートナーなんだろう?」

 お節介焼きのおばさんはニヤリと笑う。

「優しいイケメンにならにゃ、すぐに他の男に取られちまうよ」


「女の子はね、君よりもう少し大人な男性が好みなの」

 経験豊富なお姉さんも的確なアドバイスを投下した。

「だから早く心身ともに成長なさい。

 でないと、カノジョに逃げられてから泣く羽目になるかもよ?」


「ぐ……う……」


 反論の余地がない今の俺にできたのは、野良犬のように唸ることくらい。

 恥ずかしくなり、顔を背け、俯き、汗を掻く。


 一刻も早くこの場を離れたい。

 そう思ってしまった俺は、懸命に喉から声を絞り出した。


「…………み、見回り行ってきます」


 踵を返し、テントを出る。

 背後では女性たちが何か言っていた。


「およ、逃げちゃった」

「あっはっは、やっぱり思春期の男の子っていいわねー」

「ウチの相方がヘタレで、どうもすいません……」


 視界の端で、リリが深く頭を下げるのが見えた。



 森の空気は得も言われぬほど澄んでいた。

 「男」として評価された緊張を解き、俺は存分に息を吸う。


 テントの中からは、小鳥の囀りに似た高い笑い声が漏れていた。

 きっと先ほどの彼女らが、ガールズトークに花を咲かせているのだろう。リリがここの職員と仲良くやっていたのは、幸いなことだ。


 仮にも人型の精霊であるから、常人ばかりのグループ内では浮いてしまうのではと心配していたのだが……杞憂に終わって何よりである。

 あのおばさんも、あのお姉さんも、二人とも善い人でよかった。


(……まぁその代わりに、俺の性格にケチを付けられることになるとは思ってもみなかったけど)


 今思い返してみると、あれはかなり理不尽な流れ弾だった。

 自分の敬愛するローラン卿。

 彼が俺の万倍も優れた人間であることくらい、俺自身がよく知っている事実だ。


 それをわざわざ言葉にしてぶつけて人格矯正を図るなんて、あの彼女たちの頭はどうかしている。

 他人から二言三言貰ったくらいで、俺の卑屈さが改善されるわけがないというのに。


 これだから女は嫌いだ――――とか思うから、俺は女子からモテないのかもしれない。


(くっそ。すぐにでも精霊騎士になりたいって時に、なんでこんなことで悩まなきゃいけないんだよ……!)


 ダーッ、と唸り声を挙げた俺は、足元の小石を蹴る。

 淡い苛立ちを乗せ、飛翔体は茶黒い大木にぶち当たり、落ちた。


 と、そこでふと気付いた。


 ……大木の陰に誰かいる。



「おい」


 誰かからそう呼びかけられ、俺は目線を上げた。


 大木の裏から現れたのは、言葉を交わしたこともないくらい関わり合いの薄い男たち。

 それが三人。


 全員、カルザックさんと話をしたあの執務室にいた奴らだ。

 俺に対して明確な敵意をぶつけてきた上、マナリア人だったからよく覚えている。


「お前、今ヒマだよな?」


 そのうち、リーダー格と思しき男が言った。


「……だったらなんだよ」

「そうか。なら、ちょうどいい」


 ヘラヘラ笑う彼らは、俺に用があるらしかった。

 廃材置き場の方角を顎で示し、男は言う。


「ついてこいよ。面白いことしようぜ」

「……」


 すでに両脇は二人の男で固められていた。

 どうやら逃げるという選択肢は、端から俺の手にはないらしい。


「……また、これか」


 不穏な空気を肌に感じながら、俺は黙って彼らの指示に従った。

 人気のない場所へと連行されていく。


 これから何をされるのか、もう俺には察しが付いていた。



 ――――そう。


 ()()()()()()()()()、というわけである。


 お読みいただき、ありがとうございました!


 「面白い!」「続きに期待!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや★評価をよろしくお願い致します!


 執筆のモチベーションに繋がりますので、どうか!


 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

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