第31話 魔物も亜人も似た者同士
『魔物』。
魔力を持った怪物のことを、何時からか人はそう呼ぶようになった。
扱いとしては『害獣』のそれと同じ。
人喰い熊や畑を荒らす狐、鹿、猪のように止む無く駆除を行う狩猟対象だ。
ただし、種に関わらず凶暴性が高い個体が多く、放っておくと人に危害を加えるケースが非常に多い。
そのため、正当な理由であれば役所の許可なく討伐しても良いことになっている……そんな生物だ。
くわえてコイツらは、陸海空の何処にでもいる。
魔物学の研究が進歩した現在でも毎週新種が発見されるくらいだ。
だから人間社会が発展して自然を開拓する際、必ずと言っていいほど「魔物と人との戦闘」が勃発してしまうのだ。
日常生活を脅かす邪魔者という意味では、亜人も魔物も同じである。
ちなみに先ほど森の中で出会ったチトゲ・ハサミムシも、世に憚る魔物の一種。
春ごろから活動を開始し、気温が高いうちは人気のない森の奥深くで慎ましく暮らすのだが……晩秋、短い繁殖期に突入して人を襲い始めるようになるのが厄介だ。
本来であれば、こいつも駆除の対象。
体液を撒き散らして他の魔物を呼び寄せるわけにもいかなかったから、今回ばかりはテキトーに甲殻を剥がして追い返した。
だが、再び街道付近に現れるようなことがあれば、俺も迷わず奴の命を絶つつもりだ。
防衛省の役人を呼んで駆除の正当性を証明しなければならないのが面倒だが、そこは手続き上仕方のないものと割り切るしかないだろう。
あのハサミムシと出会わないことを、俺は密かに願った。
…………ただし。
(美味いんだよなぁ、あの蟲の肉)
これは俺の経験談としての豆知識なのだが、鋏の付いた尻尾のあの部分。
あそこを弱火でじっくり焼くと、トウモロコシの甘みと鶏の胸肉のジューシーさを束ねたような風味になって、頬が落ちるくらい美味いのだ。
人を食っていない個体限定ではあるが、かつて我が家でも金のかからないエセ鶏肉としてよく食卓に並んでいた。
だから安全性もある程度保証されている。
(またあのハサミムシが現れたら倒すことになるんで、その時は焼いてもいいですか……とは言えないな)
イカれた要望は胸にしまっておくことにした。
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「――そうですね、思っていたより深刻ではなかったです」
近くに転がっていたペンを借り、俺はカルザックさんの地図に印をつけていく。
「念のため街道沿いを探索してみましたが、この谷に下りる道までのルート上に魔物はいませんでした。
以前見かけたと仰っていたハサミムシにも出会えましたが、単独でしたし足跡やマーキングの古さから推測するに、街道から離れる行動パターンになっています」
「つまりっ?」
「……おそらく開拓時の騒音を聞いて、自分の縄張りが侵されていると勘違いした。
よって一度は威嚇に来たものの、此方の数が予想以上に多いことに困惑。勝ち目がないと判断し、習性に従って縄張りを移動させた……蟲の思考としては、ざっとそんな感じかと」
「なるほどっ。じゃあ、もう蟲に怯える必要はないわけだっ」
「油断はできないですね。
異種同士でも共同で縄張りを作るケースもありますし、ハサミムシ以外の魔物がこの森に潜伏している可能性は否めないです」
川べり、洞窟、獣道など。
魔物が出没するかもしれない危険スポットを、俺は黒丸で示していく。
「……個人的には、この五か所に注意すれば大丈夫だと思います。
魔物が好む場所というのは、その辺にいる熊とあまり変わりませんから」
「へぇ、もうここまで探索してくれたのか。これはもう魔物ハカセと呼ぶしかなさそうだ、ねっ」
「昔取った杵柄ですよ。山でよく狩りをしていた時期があって、その時に親から色々と学んだんです」
山で生き抜く方法なら、親父から全て教えてもらっていた。
サバイバル術はもとより、動物の行動心理学や高値で売れるようにする毛皮の剥ぎ方、そして万が一の保険として「野戦の仕方」まで、ありとあらゆることを叩き込まれたのだ。
魔物狩りがうまく行っているのも、それら知識の一部を参考にしているからに過ぎない。
全て親父が仕込んだ教育の賜物だ。
しかも俺は、親父ほど才能に溢れた人間じゃなかった。
幼少期に胆力を鍛えるためと言って山に置き去りにされた時は大泣きしたし、毒キノコの見分け方は習得できず終い。
急斜面や木々を利用した模擬試合では、ポケットに両手を突っ込んだ親父に一太刀浴びせることさえできなかった。
そして、今でも俺は半人前で欠点だらけの凡人だ。
それでも過去の努力が報われるのは嬉しかった。
多才な親父から技術を継承できたことを、俺は息子として誇りに思う。
「一応、魔物の寝床になりそうなポイントは次の見回りで潰しておきます。
それでも魔物が道に出没しないようにするには、『此処から先は人間の世界である』という境界線が必要です。なので……」
「――木枝の切り落としと雑草の処理をして、より広い視野を確保するっ。
人間側からも魔物側からも互いに互いを視認できるように、だよねっ?」
「それがイチバンだと思います。コスト面で問題があったとしても、せめてこの地図の丸印周辺だけは手入れしておいた方がいいです」
「よーし、わかったっ。君の意見を参考にさせてもらうよっっ!」
信憑性の高いハザードマップを作成できたことに、カルザックさんは大満足なご様子だった。
メモが書き込まれた地図を手にした彼は、部下の一人に話しかける。これからの工事計画について相談しているらしかった。
手持ち無沙汰になった俺は、ふと部屋の反対側に目を向ける。
(……またか)
窓際奥の戸棚近くから、三人の男性職員がこちらを見ていた。
牛糞に集るコバエを見る目付き。
如何にも煙たそうな表情にぼそぼそと冷罵を零す口唇。
侮蔑の矛先は俺を向いている。
今に始まったことじゃない。
この手の視線は毎日背中で感じていた。
誰とでも対等に接しようとするカルザックさんの手前、それら負の感情が表立った加虐行為に発展したことはない。彼らにも理性のブレーキが付いていたというわけだ。
刷り込まれた差別意識。
人として理解できない恐怖から来る生理的嫌悪感。
偉大な先人たちが遺した高尚な文化は、尚も民草の価値観を縛り付けている。
ルベイルの街から何十キロも離れた山岳地帯でも突き付けられたこの事実に、俺はとっくに辟易していた。
「……すいません、カルザックさん」
「んぅっ?」
息が詰まるこの空気から早く逃れたい。
そう思ったおれは、部屋を出る口実を取り付ける。
「リリの奴、見ませんでしたか」
「あぁ、あの精霊さんかぁ……第二休憩所に居たと思うよっ」
「そうですか、わかりました」
机から離れる。
そして、外開きの扉へと歩み寄る。
例の男たちの視線はまだ俺を向いていた。
自分たちが過ごす空間から異物が退散することを喜んでいるのだろうか。
それとも何か企んでいるのだろうか。
彼らはニヤついていた。
そんな嘲りに対して、俺は何も言わない。何も反応しない。
「――では、失礼しますね」
一言だけ断りを入れる。
いくら消えることを望まれた身とはいえ、何の挨拶もなしに部屋を出るのは忍びないと思った。
挨拶代わりに、カルザックさんは軽く右手を振ってくれた。
「あーい! これからもよろしく、ねっ!」
「……」
ペコリと俺は頭を下げる。
余計な声は一切出さない。亜人の唾を宙に飛散させれば、周りに多大な不快感を与えてしまう。
これ以上、差別男共の神経を逆撫でしたくはなかった。
扉を開けて、廊下に出る。
「…………はんっ」
誰のものとも分からない嘲笑が、執務室の中から聞こえた気がした。
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