第28話 キョドるお兄さん(20代・自称医者)とのお別れ
「な、なに変なこと言ってるんだ君は!」
大の大人だというのに、ラム兄は挙動不審な動きを取った。
怪しい言動ばかりが、彼の口から飛び出てくる。
「死にかけていた君を無償で治療したのは、他でもない僕なんだぞ⁉ 女性に手荒な真似をするわけないだろう!」
「俺に恩返しを求めるのはいいが、にゃーさんの貞操については別問題だ。
…………俺たちのファン一号を《治癒魔法》でナニしてドウするようなら、地平の果てまでぶっ飛ばすから覚悟しろ?」
「そんな卑猥なことするわけないじゃないか! というか君、意外とそっち系に詳しいんだね⁉」
「社会の底辺で生きてれば、色々詳しくなるもんなんだよ。ちなみに俺は違うからな。
……で、結局のところ保証はできるんだよな?」
「当たり前だよ!」
なんなら、とラム兄は早口でこんな提案も述べる。
「――君たちも僕が匿ってあげるよ! そうしたら万事解決なんだろう⁉」
「お、おぉ……」
一理ある回答だった。
にゃーさんの身の安全も守れるし、何より俺とリリの安全まで守られるという、一石二鳥の欲張りセット。
いつもの俺であれば、この誘いを断ることはなかっただろう。
だが、
「…………いや、遠慮しとくよ。にゃーさんさえ守ってくれれば、それでいい」
「え、いいのかい? 君にとってもメリットのある話だと思ったんだけれど」
「金を稼がなきゃいけないんだ。こっちにも色々事情があるんだよ」
忘れてもらっては困るが、俺はあくまで『出稼ぎに来た亜人』だ。
身一つで街に下りてきた俺には、家族に仕送りを送るという重大な任務がある。
まだ精霊騎士になれない以上、こんな変態男のご厄介になっている場合じゃない。
そもそも論として、俺は働かなければならなかったのだ。
「……まぁ、今回だけはアンタを信用してみるよ。
あーだこーだ言ってても仕方ないし。よく考えてみたら、アンタには世話になりっぱなしだし」
「ふぅー、ようやく分かってくれたかぁ」
俺の理解を得られたラム兄は、ホッと胸を撫でおろす。
「じゃあ、各々急いで行動を始めるとしようか」
♦
隘路を出た頃には、すっかり日は暮れてしまっていた。
表の通りには最新式の街灯が煌々と点き、月夜の下に広がる大都市を明るく照らしている。
人間の活動が制限されるはずのこの時間帯でも通行人が減ることはない。
まだまだ人の多い路上では、レストランの客引き合戦やアコーディオンの弾き語りが始まっていた。
活気のある雰囲気を肌で味わいながら、俺たちは街の外に出る方角へと足を向ける。
「――俺たちはこっち方面だから、ここで解散しよう」
「そっかぁ、お別れかぁ」
にゃーさんは寂しそうに言った。
「密着取材、すぐにできると思ったんだけどなぁ」
「できれば、取材は俺たちが精霊騎士になってからがいいんだけどな」
「ダメだよ! 騎士になる前から私がツバ付けてた、って部分が大事なんだから!」
「あぁ、そう」
「……そーだ。亜人でも参加可能な地区大会の情報が手に入ったら、すぐに君たちに連絡するからね!」
「ありがとう、助かるよ。できれば交通費と参加費の少ない大会を頼む」
「あはは、資金はにゃあが工面するって言ってるのに……でも、了解! 君の希望通りの大会を見つけてきてあげようじゃにゃいか!」
「いいね、期待してる」
手帖の切れ端に連絡先を書いた俺は、それをにゃーさんに手渡した。
山のど真ん中が仕事場だから住所は不定だが、この街から仕事場までのルートは実質一本道。
迷うことはないし、すれ違うこともない。
この情報がヨナスに知られたら、俺やリリは仕事場で刺客に取っ捕まることになる。
だが、そんな心配は俺もリリもしていない。
いつの間にか俺たちの中で、にゃーさんは信用に足る人物になっていた。
「それじゃあ、またね! 二人とも!」
そう言って、にゃーさんは手を差し出してきた。
両手だった。
互いに顔を見合わせた俺とリリは、それぞれの手に応じることにした。
俺は右手、リリは左手。
そういう風にして、にゃーさんと別れの握手をする。
「――またな、にゃーさん」
俺は言った。
「もう無茶な取材はするなよ?」
「次食べるなら、わたし魚がいいなー」
図々しくリリは言った。
「……美味しい店、また紹介してね!」
にゃーさんとラム兄の姿を見送った後、俺とリリは踵を返した。
そして、酒を飲んで騒ぐ人々の間を縫うようにして、街の外へと進んでいく。
…………こうして。
山へと逃げきった俺たちは、それぞれ所定の仕事場で精を出して働くことになるのだ。
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