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第27話 やぶ医者の酒は傷を癒やす

 にゃーさんを一通り触診し終えると、ラム兄はこう結論を下した。


「あぁ、これは酷いね。身体中が傷だらけだ、かわいそうに」

「……治りますか?」


 恐る恐るリリは訊く。

 大仰に手を振ってラム兄は答えた。


「だーいじょうぶ、治る治る!」

 懐をごそごそとまさぐった彼は、銀色のスキットルを取り出す。

「ちょっと待っててね…………」



 ――――あれから。

 二人組との喧嘩が一件落着した後。


 にゃーさんが傷だらけになっていることを、俺はラム兄に包み隠さず話した。

 彼が医者を名乗るのであれば、道端に座り込んだ怪我人を放っておくはずがないと踏んだためだ。


 実際、彼は快くこの治療依頼を引き受けてくれた。


 気絶していたリンチ組については、茶髪の着けていたサスペンダーで縛り上げて地面に転がすことにした。

 巡回中の憲兵に向けた書置きを残してあるから、直に彼らは連行されるだろう。

 もう三発くらいお仕置きしたかったが、ラム兄に止められたため我慢した。


 そうして、街灯が点き始めた黄昏時。

 急いで俺たちは、にゃーさんが倒れている現場へと戻った。


 ラム兄の顔を見たリリは、案の定目を丸くしていた。

 昨日助けてくれた白衣さんがなぜココに?

 そう言いたげな表情をしていた。


 至る現在。

 平べったい形をしたスキットルの蓋を開け、ラム兄は治療法について説明する。



「……では、今から君に《治癒魔法》を掛けます。ちょっと驚くかもしれないけど、なるべく動かないでね」

「は、はい」

「じゃあ、目を瞑ってー……リラーックス、リラーックス」


 子守唄を囁くように、彼は患者の緊張をほぐしていった。

 同時にスキットル中に入った液体を、自身の口に含む。


 いったい何をする気だろう。

 一歩離れた場所で、俺はラム兄の動向を眺めていた。


 スゥーッと鼻に来る香りからして、あのスキットルの中身は明らかにアルコール度数の高い蒸留酒。

 多分、五十回は蒸留を繰り返しているであろう危険物だ。


 まさか島国のファイヤーダンサーみたく火をつける気じゃないだろうな。

 馬鹿馬鹿しい絵面が脳裏をよぎり、乾いた笑いが奥歯にこびり付く。


 ラム兄が頬に力を込めた。


「――ぷぅーっ、とな」

「……!」


 透明な酒が、ラム兄の口から霧状に散布される。


 ぎゅっと目を瞑るにゃーさんの全身に、それは所余さず降りかかった。

 思いのほか冷たかったのか、猫耳は反射的にピクピク震えている。


 青臭い良薬を舐めたように苦い顔をして、俺は状況を見守っていた。

 この白衣の男がもっと卑猥な顔をした時には、思いっきり後頭部を蹴とばそうと思い、監視していた。


 だが、これは杞憂だったみたいだ。



「……あ、れ?」


 目を開けたにゃーさんは、何かに驚いている様子だった。

 肩を回し、自分の胸や腹をぺたぺた触り、最後に顔を隈なく触る。


「――傷が治ってる」


 彼女は言った。「それも全部……?」



 額にあった切傷。手の甲にあった擦り傷。

 服で隠れた部分にあった痣。

 そういったダメージは全て、にゃーさんの身体から跡形もなく消えていた。


 怪奇現象でも目にしたかのように、彼女は口を半開きにする。


「うん、よしよし。《治癒》はしっかり効いたみたいだね」


 消毒用の酒が入ったスキットルを懐にしまうと、ラム兄は白衣のポケットから例のボトルを取り出した。

 そこに溜められた飲酒用のラム酒を、彼は一口飲む。


「熱っぽくないかい? まれに副作用が出ることがあるんだ」


「倦怠感はないですけど、さっきの……えーと……」

「ん? 何か質問かな?」


「……さっき、口から噴霧したのはいったい?」

「あー、ただのお酒だよ。液体を吹き掛けて魔法を発動させるなんて手法、使う人はそう多くないからね。汚いことしてごめんよ」


 戦慄が走った。


 ラム兄が酒を口から撒いたことに、俺たちが嫌悪感を抱いたからではない。

 彼の知られざる異次元レベルの実力を垣間見て、鳥肌が立ってしまったのだ。


(――魔法陣も詠唱もなかったのに、《治癒》を起動させた。

しかも治癒した瞬間も見えなかったし、魔力の揺らぎだって感じ取れなかった……そんなの、規格外すぎる!)



 魔法を使うには通常、魔法陣と詠唱が不可欠だ。


 これらは、ヒトの身体を流れる魔力に『命令』を与えるための操作。

 省略すればそれだけ魔法のコントロールは難しくなる。


 包丁を使わずに、水を使わずに、鴨肉料理を作るようなものだ。

 凡才にはまず真似できない芸当である。


 それをラム兄は、顔色一つ変えずにやってのけた。

 しかも治癒魔法が発動した瞬間を、にゃーさんの傷が治る瞬間を、俺は見切ることができなかった。

 それだけ、彼の魔法はスピーディーだったのである。


 そこでようやく、俺はこのヤブ医者の正体を察した。


(……こいつ『精霊使い』だ)


 人が日常生活に役立つような魔法を使うには、精霊の助力が必要だ。

 その常識は、この酒好きとて例外ではない。


 俺とリリが契約しているように、彼もまた超自然的な何かと契約を結んでいるのである。


 精霊の姿はどこにも見えない。それでもこの男が只者でないのは確か。

 おそらく、彼にはまだ謎がある。


(人は見かけと惰性によらない、ってことか……)


 創造神の粋な計らいに、俺は少し感心した。



 すると、


「さーて! 君のご友人の治療も終わったし、僕はこの辺で失礼させてもらおうかな!」


 そっとにゃーさんに帽子をかぶせたラム兄は、そう言うと俺の右肩を優しく叩いた。

 そして、俺の耳元でこう囁く。


「……帽子の彼女のことは、心配しないでくれ。僕が責任を持って、ヨナスから守るよ」

「守る……って、今なんて言った?」


 彼の一言に、俺は強烈な違和感を覚えた。


 ヨナスの人物像も彼が犯した事件についても、まるですべて見透かしているかのような口ぶり。

 どう聞いたって不自然だ。


 俺は反射的に、ラム兄の素性について深掘りする。


「――あの二人組は、丁寧にしばき倒した。あいつらが報復に来る可能性は、低いはずだ。

なのに、アンタ……にゃーさんの身に危険が及ぶって、なんで言い切れるんだ?」


 ラム兄は答えた。


「思い出してくれ。昨日、闘技場の地下に憲兵を連れて行って、ヨナスを取り押さえたのは僕だ。ヨナスの悪事については、僕だってよく把握してるのさ。

 ……そこの可愛い記者さんだって、おおかた事件に巻き込まれた被害者なんだろう?」

「そうだな」


「ヨナスは執拗な性格の持ち主だ。下っ端二人がやられたくらいで、自分の汚職を追ってる記者を見逃すはずがない」

「あぁ、地の果てまで追おうとするだろうな」


「君だって指名手配されてる一人だ。でも、あの記者さんは誰かが守らなくちゃいけない。

 ――だから、彼女は僕が保護する。そうすれば、君は心置きなくこの街から出られるんじゃないか?」


 確かに、ラム兄の言うことは間違ってはいない。


 裏取引の場をぶち壊した張本人である俺が連れ立っては、にゃーさんを逆に危険に晒してしまう。

 それならば、徒手空拳もできそうなこの白衣の男の方が、彼女の護衛役には適任だ。異論はなかった。


 ただし。


「――()()()()()()()()()()。にゃーさんの身体に手を出さない、って保証が欲しい」

「はい?」


「こういうときエロいことするんだろ、医者ってのは」

「何その偏見!?」

 お読みいただき、ありがとうございました!


 「面白い!」「続きに期待!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや★評価をよろしくお願い致します!


 執筆のモチベーションに繋がりますので、どうか!


 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

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